小さな少女スノウベル
「出てってよ……!」
少女が叫ぶ。
「あっちへ行って! あなたのお節介には、もううんざりだわ!」
王立学園の片隅、誰もいない書斎で、彼女は俺を睨んだ。
大きな瞳は、泣きそうに揺らいでいる。
彼女の持つ力は、学園中の人々に露呈してしまった。
せっかくうまくやっていたのに、予想外の事故が起こってしまったのだ。
スノウベルは魔女だとばれてしまった。
彼女は逃げるつもりなのだろう。
誰にも知られず、ここを抜け出して。何もかも敵に回すつもりだ。
「スノウベル」
足を一歩踏み出せば、少女は小さく瞳を揺らす。
馬鹿な幼馴染だ。
そんな簡単な嘘で、俺を騙せると思ってるのか。
全部一人で背負うつもりなんだろう。
ここまで一緒の時間を過ごしてきたのに。
そんなの、あんまり薄情じゃないか。
「俺も行くよ」
そう言うと、スノウベルは息を呑んだ。そんな彼女を、じっと見つめる。
「助けたいんだ」
どうやったら、伝わるだろうか。
格好つけたところで、しまらないのはよく分かってる。
でも、こんな馬鹿でも、出来ることがあるはずだ。
俺はそのために、ずっと準備してきたんだから。
「一緒に行かせてよ。俺たち、友達だろ」
俺がなんとか笑いかけると、彼女は目を見開いた。
大きな瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
ああ、やっぱり好きだなと思ったけど、ヘタレな俺は、それを口に出すことはできなかった。
*
俺がその記憶に気づいたのは、八歳の時だった。
父に連れられ、城で出会った女の子の顔を見た時、ふと衝撃が走ったのだ。
大きな広間には、たくさんの貴族たちがひしめいている。
向こうの親の背後に隠れ、おずおずとこちらを見つめている少女。
幼い令嬢、スノウベル。
俺はこの女を知っている、そう思った。
長い銀髪に紫の瞳をした、美しい娘。
だが俺の知っているこいつは、もっと年上だったはずだ。十六歳ぐらいの彼女が、冷たい瞳をして、この国を滅ぼそうとしている場面。
なぜそんなものを知っているのだろう、俺は考えに考えた。
じっと少女を見つめていると、彼女は小さく息を呑んで、とうとう親の後ろに隠れてしまった。
それと裏腹に、俺はすべてを思い出す。
俺は前世で日本人だった。
高校一年生の時、確か事故にあって死んだのだ。
クラスメイトの女子が、車に轢かれそうになったのを目撃して。たまたま居合わせた俺は、彼女を突き飛ばした。
そうだ。それが最後の記憶だ。
この世界に既視感があるのも納得できる。
俺には四つ年上の姉がいた。これはその姉がやっていた乙女ゲームの世界だ。
ゲーム自体はやったことがないが、床に転がっていた攻略本を読んだから知っている。
暇つぶしに見ていたが、こんなことならもっとちゃんと読み込んでおくべきだった、と後悔する。
問題は俺が攻略対象だということだ。メインの攻略対象は確か五人ほどいて、俺はその三番目ぐらいに推されているキャラだった。
カイン・エーベルト。それが俺の名前だ。
あの設定と同じ、黒髪に藍色の目だから間違いないだろう。
それにしてもなぜ乙女ゲーなんだ。どうせならギャルゲの世界に行きたかった。そこで可愛い女の子ときゃっきゃうふふしたかった。
あるいはソシャゲの世界でもいい。剣を極めて無双したかった。
はあ、とため息をつけば、目の前のスノウベルがびくりと肩を揺らした。
彼女はさっきから、親の後ろに隠れたり、顔を出したりと忙しい。
「スノウベル、挨拶しなさい」
相手の父親に声をかけられているが、スノウベルは恐々とこちらを見つめるだけだ。
大きな瞳は、どこか潤んでいるように見える。
まるでこちらを恐れているようだ。
これが本当に、あの冷ややかな女なのだろうか。






