二人で並んで犬の散歩
いつもの通り犬の散歩で自宅を出発すると、直接「犬の散歩道」には向かわず、少し迂回するような道を目指す。このまま進むと葉梳姫の自宅の手前の十字路に出る。十字路に辿り着くと葉梳姫とそらの姿を認めた。だが、もう一人おり、大学生ぐらいの男が葉梳姫につきまとっていた。一貴は軽く舌打ちする。
(この前の雨の日の服装を見ていたのか)
たぶん近所に住んでいるのだろう。
「永嶺さん!」
一貴は大きめの声で呼ぶ。葉梳姫の親が気付いても構わなかった。一貴の姿を認めた葉梳姫がそらを連れて一貴に小走りに近づき、彼の後ろに隠れる。追い縋って来た大学生風の男と一貴は対峙することになる。
葉梳姫が一貴の袖をぎゅーっと握る。相手は一貴よりも身長も体重もあり、一貴を威圧してくるが、決して目を逸らさなかった。
(ここは引けんなあ)
数秒だったかもしれないが、一貴には長く感じられた。そのうち、焦れたこむぎが吠え出す。近くの家で窓を開けるような音がした。男はチッと舌打ちして、そそくさとその場を立ち去る。男が通りを曲がって見えなくなるまで、一貴は目を離さなかった。
「大丈夫?」
一段落して、一貴は葉梳姫に振り返った。
「うん。慣れてるから・・・」
葉梳姫は頷いた。
「知ってる人?」
「ううん」
葉梳姫はは今はほとんどなくなったけど、何年か前はよく口説かれたりコクられたりしたことを告白する。
「コクられているみたいだったけど、勝手に追い払って問題なかった?」
「問題ない」
葉梳姫はコクリと頷いた。
「・・・しかし、永嶺さん、モテるなあ」
「そんな・・・全然話したことのない人にコクられても・・・困る」
その後、近所の人の目が気になるのか、「犬の散歩道」に入るまではそそくさと歩く。「犬の散歩道」に出た途端、安堵したように同時にため息を吐く。思わず目を合わせた二人は笑いあった。
犬の話とか、犬どうしのコミュニケーションを取ったり(そらの腰を引けていた。頭突きの影響かも)、いつもより時間をかけて散歩する。一人で犬の散歩をするより全然楽しかった。二人だったら誰でもいい訳ではないと葉梳姫はふと思う。
(ずっと犬の散歩ができればいいのに・・・)
葉梳姫はまだ馴れないこむぎの頭を撫でていた。
犬の散歩を終え、葉梳姫の自宅近くの十字路で別れることにした。
「良かったら、また一緒に犬の散歩しよう」
「はい」
葉梳姫が笑顔で頷いたので、一貴は内心ホッとした。