犬の散歩道のベンチ
一貴は葉梳姫に電話し、いつもより早い時間に犬の散歩道中央のベンチで落ち合うことを約束する。
一貴はこむぎを連れて足早にベンチへ向かう。ベンチで待っていると、数分後、そらを連れて葉梳姫がやって来る。いつものゆる服。
お互いの犬を交換したり(そらはおとなしくしているが、こむぎは暴れる)、ちょっかいを出したりしている。
葉梳姫が何か思い出したように急にもじもじし出した。
「この前の・・・」
「え?」
「この前の、雨の日に着てた服、どう思う?」
葉梳姫は恥ずかしそうに尋ねる。
一貴はとっても似合っていたと喉まで出かかるが、思いとどまる。たぶん、彼女はそんな答えを求めてる訳ではないことを察したからだ。
「・・・似合ってたと思う。でも・・・」
「でも?」
葉梳姫は一貴の顔を覗き込む。
「今好きじゃない服をわざわざ着ることもないよ。それに、昔の服じゃ小さくなってるし、体に負担掛かるよ?」
「そ、そうかも」
葉梳姫は思い当たることがあるらしく頷いた。そして、もう一度一貴の顔を覗き込んだ。
「ん?」
一貴が首を傾げる。
「ううん、何でもない」
葉梳姫は柔らかい表情をした。
一貴は時計をちらりと見た。
「少し暗くなってきたし、そろそろ戻ろうか」
一貴は立ち上がった。
「う、うん・・・」
葉梳姫は少し緩慢に立ち上がる。葉梳姫の目が何かを訴えているように見える。
(ホントは街灯とかあってそんなに暗くないんだけどね)
一貴は言い訳めいた心の言葉を吐いた。今日は15分だけだと一貴は心に決めていた。もっと長く話していることもできたけれど、あまり急ぎたくなかった。ただ、葉梳姫の不満そうな表情も伺えた。
一貴はあることを提案してみることにした。
「じゃあ・・・」
「じゃあ?」
「今度、二人で犬の散歩しない?」
「えっと・・・」
「こむぎの散歩してみたら?」
「ぜ、是非!」
葉梳姫が肯定するように諸手を挙げたのを見て、一貴は破顔した。