頭突き
帰宅後、いつものようにこむぎが散歩を期待して一貴にじゃれついて来る。いつにも増してこむぎのテンションが高かった。
胴輪を装着し、リードをつければ、戦闘態勢終了(笑)。外に出ると、鍵を掛けるのも待ち切れないようにこむぎが走り出す。いつもの光景だ。
自宅から5分歩けば「犬の散歩道」に辿り着く。一貴は少し緊張の面持ちで散歩を続ける。
(あっ・・・)
一貴は向かいからやって来る「彼女」に気がつく。ベージュのボリュームのあるニットに、デニムのワイドパンツという出で立ちだ。いつもより服装に気合い(?)が入っていた。二人は見る見るうちに近づく。
(よし!)
一貴は意を決し、会話ができる間合いに近づき話しかけようとした。
一瞬の出来事だった。
いつもより先行していたこむぎが相手のパグに向かって走り出し、あろうことかその勢いのままパグに頭突きをかましたのだ。
「!」
「!」
二匹はその場で引っ繰り返った。
二人は唖然として、しばらく身動きができなかった。
先に我に返った一貴が慌ててこむぎに近づく。
「だ、大丈夫かこむぎ」
一貴はこむぎを抱き上げる。特に外傷はない。失神しているだけのようだ。
「そらちゃん!、そらちゃん!!」
ワンテンポ遅れて女の子が飼い犬に近寄る。そらちゃんと呼ばれたパグは、道路で大の字になってやはり伸びていた。ちょっと間抜け面だった。
「ぷっ・・・」
女の子が変な声を発したので、一貴は女の子の方を思わず見てしまった。
「すいません。犬、大丈夫ですか?」
女の子は下を向いたまま肩を震わせていた。
(やべっ!)
こむぎの突飛な行動が女の子を怒らせたと思い、一貴は蒼褪めた。・・・と思ったのも束の間、
「ぷっ・・・くっくっくっ・・・あはは!」
怒ってるのかと思いきや、女の子は肩を震わせて大笑いしていた。
「間抜け面?」
一貴が思わず突っ込みを入れると、女の子はパグの頭を撫でながら爆笑していた。
(意外に子供っぽだな)
一貴は冷や汗を掻きながらも、彼女の外見と声との違和感を感じた。
女の子の笑いが落ち着いてから、一貴は再度謝罪した。
「ホント、すいませんでした。犬、大丈夫ですか?」
「いえ・・・事故ですので」
女の子はパグを介抱しながら首を横に振った。一貴は申し訳なさそうに、
「何と言うか・・・ウチのこむぎが頭突きするとは」
女の子が再び顔を背けた。笑っているらしい。一貴の言葉が女の子の笑いのツボに嵌まったらしい。一貴は苦笑するしかなかった。
「こむぎちゃんって言うんですか?」
笑いをおさめた女の子が問う。
「うん。ひらがなで『こむぎ』。ポメラニアン系の雑種」
「ポメのミックス・・・純血種かと」
よく言われる。こむぎは無駄に顔が整っているため、純血種とよく間違えられる。よくよく見ると、顔に柴犬か豆柴の風貌が見受けられる。
一貴はちらっとパグを見た。その視線に気づいた女の子が、
「ひらがなで『そら』、パグの純血種」
と説明した。
「そらちゃんか。可愛い名前だね」
一貴がそう言うと、女の子はちょっと嬉しそうな顔をした。
二匹はしばらくして目を覚ました。
「もしそらちゃんに何かあったら、ここに連絡して。すぐに応対するから」
一貴はスマホを取り出し、電話番号を女の子のスマホに送る。女の子も電話番号を一貴のスマホに送った。
「し、しらいしかずき・・・さん?」
「そう、みんなからはイッキ(音読み)って呼ばれてる」
一貴は補足しながら、スマホを見た。『永嶺 葉梳姫』と表示されていた。
「えっと、ながみねは・・・」
「はずきです。ながみねはずき」
女の子は補足した。
二人は少し犬の話をした。ポメやパグのこととか、飼い始めてからどのくらいなのかとか。お互い、犬好きだった。
「えっと・・・」
一貴は聞こうかどうか躊躇った。
「はい?」
葉梳姫は一貴を見た。一貴はやっぱり聞いてみることにした。
「今日・・・いつもの服装と違うね」
「あ・・・今日帰りが遅くて、散歩着に着替える暇がなくて学校の服装のままで来たから・・・」
葉梳姫は恥ずかしそうに俯いた。
「その・・・いつもの服もいいけど、その服も似合ってる、と思う」
自分で言いながら、照れくさくて一貴はそっぽを向いた。
「お世辞なんていいですよ」
空の事があって、一貴が気を遣ったと思われたらしい。
(ま、いいか)
一貴はもう一度そらの事を念押しした。
「うん、わかった」
二人は別れの挨拶をして、その場を離れた。数歩歩いてから、 葉梳姫は立ち止まって振り返った。こむぎが尻尾をフリフリしながら歩いているのが見えた。
(こむぎちゃん・・・か)
葉梳姫は薄く微笑した。
(そらちゃんと、永嶺葉梳姫ちゃん・・・か)
一貴は 葉梳姫の名前を心の中で反芻していた。その横で、こむぎが何故かドヤ顔をしていた。




