お互いの素性
それは、ほんの偶然からだった。
大学のキャンパス、昼食中に大学の友人と駄弁っている時だった。一人の友人が読んだという小説に一貴は興味を魅かれた。別に一貴は読書家ではないが、暇つぶしに小説やマンガを読むことがある。
「だけど、かれこれ20年以上前の小説だから、新刊書店に売ってるかどうか」
最寄駅である大薙駅前に書店はあるが、友人の言うとおり、20年以上前の小説が売っている可能性は低い。そうなると、大薙西公園方向にある古書店の方が在庫がある可能性が高い。そこまで拘りがある訳ではないが、その友人とは小説に関しては趣向が似通っていて、安価に手に入るのであれば、遠回りになるが、見に行く価値はあるかなと思った。
その日の最終講義終了後、一貴は友人との会話もそこそこに席を立った。古書店に行くためである。
(遠回りになるから犬の散歩は行けないと葉梳樹にメールしておくか)
一貴は歩きながら思った。最近はあまり行ってなかったが、大概古書店というものは雑然としており、探すのに手間取ることが多いのだ。
古書店に行くには、大学を出て、隣接する高校・中学校・小学校の前を通り過ぎないといけない。下校時が重なり、歩道が学生で溢れるのだ。そのため、余程の事情がない限り駅前通りや学校通りは通らないことにしている。裏道を使えば、もっと早く帰宅できるし。
一貴がメールを送信し終わった時、メールの着信音が聞こえた。一貴が目を向けると、中学校の正門前だった。ふと一人の中学生と目が合った。
「あ」
二人の声が同時に上がった。中学校の門から出てくる他のどの女子中学生よりも背が高く、全体的に細身だった。帽子を被っていたので最初は気づかなかった。
「はずき・・・」
「一貴さん・・・」
二人は近づいた。
「どうしたの?」
「や、ちょっと大薙古書店に」
「メール見たから、今日は会えないかと」
その時、葉梳樹はゆるゆるのカットソーの袖を引っ張られた。一緒に帰ろうとした友人の一人だった。
「はずき!ねえねえ誰?」
友人3人は目を輝かせていた。その横で、「あちゃー」と菜乃が空を仰いでいた。一貴も段々冷や汗が出てきた。
友人たちに一貴のことを聞かれ、葉梳樹は躊躇した。お伺いを立てるように菜乃を見た。菜乃は黙って頷いた。
「えっと、彼氏?」
いつもだったら、何故疑問形と突っ込み入れてた場面かもしれないが、その余裕が一貴にも菜乃にもなかった。
「えっ、ウッソぉ。あのはずきが?」
「告白全部断っているはずきが?」
「抜け駆けじゃない」
友人たちがびっくりしたように言った。
「何?永嶺さんに彼氏?」
「嘘だろう?」
「告白しようとしてたのに・・・」
騒ぎを聞きつけ、近くの男子生徒までが参入してきた。
さすがに騒ぎが段々大きくなってきたため、一貴はどう回避しようかと頭を巡らす。
その時手を叩く音がした。
「はいはい!はずきと彼氏さんはこれからデートなんだから邪魔しない!!」
菜乃が騒ぎ治めるように大声を出し、二人を校門の外に押し出す。
「早く行って」
菜乃が一貴に耳打ちした.ようやく我に返った一貴が葉梳樹の手を掴んで歩き出す。二人が手を繋いだ時再び歓声が上がったが、無視することにした。
しばらくして友人たちの声が聞こえなくなったところで一貴は立ち止まった。
「大丈夫?」
何が大丈夫かわからなかったが、とりあえず聞いてみた。
「うん」
葉梳樹は心なしか顔が蒼褪めていた。一貴は葉梳樹の手を放し、手を繋ぎ直した。葉梳樹も握り返してきた。
「少し歩こうか?」
「うん」
葉梳樹は元気がなかった。
二人は次の交差点までゆっくり歩いて行く。
「中学生・・・だったんだ」
その一言に葉梳樹の手がびくりと動いた。
「・・・うん」
「ずっと高校生かと思ってた」
「よく言われる」
葉梳樹は弱々しく自嘲気味に笑った。
「実は・・・」
「はい?」
「俺も、大学生だから。・・・はっきり言ってなくてすまない。」
一貴は謝罪した。最悪のタイミングだと思った。
「ううん」
葉梳樹は首を横に振った。
「気づいてた?」
「うん、何となく・・・最初は高校生かと思ってた。」
「俺も・・・よく言われる」
「辻村さん・・・大学生っぽかったから」
と説明する。
「ああ」
一貴は納得する。
「俺も逸原さん見て、もしかしてと思ってた」
「一緒だね」
葉梳樹は寂しく言った。それでも、意を決したように、
「私、中学生だけど、どうする?」
葉梳樹は一貴を見た。
「俺は・・・」
一貴は言葉を一度区切った。
「俺ははずきが好きだから告白した。高校生でも中学生でも関係ないから。その気持ちは今も同じ」
葉梳樹の目から涙が零れた。
「ありがとう」
葉梳樹は一貴に抱きつく。ちょうど大薙西公園内にいたのは幸いだった。通りでこんなことしてたら、さすがに噂になってただろうと一貴は思った。
二人はベンチに座った。
葉梳樹の気持ちが落ち着くのを見計らって、一貴は話し出した。
「はずきに対する気持ちはさっき言った通りなんだけど、俺にも一応倫理とか道徳観念はあってだね」
「?」
葉梳樹は意味がわからず首を傾げた。
「はずきと付き合えたのは嬉しいのだけど、まだ14歳だし、中学生だし、背徳感みたいなものはあるし、ロリって言われても否定しきれないところがあって・・・」
「それって、私が中学生でお子様ってこと?キ、キス7回もしたくせに!」
葉梳樹がむっとして言った。
「キスは合意の上じゃん。あと、数かぞえないで」
一貴はあたふたとした。それでも真面目な顔になって、
「俺たちはともかく、友達とか親とか周りが何と言うかという問題はあるじゃん」
葉梳樹はきょとんとした。
「中学校のクラスメートでも高校生と付き合っている娘はいるし、うちのお母さんにもバレてるし、一貴のさんのお姉さんも知ってる」
「ああ、そう言えば・・・」
一つ一つ思い返し、一貴は納得したように頷いた。
「ね?何の問題もないでしょ?」
葉梳樹は胸を張った。
(ま、中学校の友達と男子に質問攻めにされそうだけど・・・)
と、葉梳樹は心の中でこっそり思った。
「そっか、そっか」
一貴はひとりごちした。
(ちょっと、考えすぎだったかな)
葉梳樹を見て一貴は思った。
「はずきのことは今以上に大切にしたいんだ」
一貴は優しく葉梳樹の手を握った。
「うん・・・こちらこそ、よろしくお願いします」
葉梳樹は指を恋人繋ぎに変え、一貴の想いに答えた。




