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風系の魔法使い 前編

【風系の魔法使い 前編】


港町に来ると、適当な食堂に入り、日替わり定食を頼み考えに没頭する。


「国王様に見つかりたくない、が最優先だよね。でもしばらくはパーティも避けたい、つまりソロの活動となる。この世界の魔法使いをやった事が無かったから、やってみたい」


神様・・ミツカ様にわがままを聞いてもらった事を指折り数える。


「そしてこの三つを組み入れた結果、神様は不遇職を提案してくれた」


しかし実際は不遇職の扱いがあまりにも酷くて、生活基盤を築けないのが現実である。


生活を築けるほど頑張ってしまうと、逆に目立ってしまうと言う結果になる。


「一体どうしたら・・」

「悩んでる? 悩んでるね少年」

「のぁ!? って、ミツカ様?」


自分であーして欲しいこうして欲しいと言っておいて、結局は無職のままである。

あまりにも申し訳なさ過ぎて、『使徒の訪れ』を使わずに悩んでいた。


それなのに目の前に、神様の分身が現れたため驚いたのだ。


「ミツカ様・・、すみません」

「ノバ君、謝る必要はないよ。かなりハードルが高い事をしようとしているんだから」

「とは言いましても・・」


神様はかなり忙しいだろうに、僕につきっきりである事が申し訳なく感じる。


「そうね、ちょっとノバ君も先走り過ぎたかも知れないわね」

「先走りですか・・?」

「そうよ。あまりに先の事を悩み過ぎているんじゃないかしら? 頑張りすぎれば有名になるかもしれない。有名になれば国王に知れるかもしれない。またパーティに誘われるかもしれない。かもかもかもかも・・よね?」

「やっぱり気になるじゃないですか・・、そこは」


勇者職や無職であれば、奴隷の状態にはならないと分かっていても、もう一度あんな目に会いたいとは思わない。


「でも、実際どうなるか分からない。色物として少しの間見られて終わりかもしれない」

「希望的観測はどうかと・・」

「そのための偽装の指輪なんだから、キッチリ最後までやってみるのはどうかしら?」

「最後・・までですか? 例えばどの位でしょう?」


最後まで・・つまり逃げるタイミングと言うのは、今まで考えた事は無かった。


「きちんと生活が出来るのはギルドの中堅ぐらいでしょう?」

「多分・・、そうだと思いますが・・」

「まずは中堅ぐらいまでなりましょう」

「そこからどうしますか?」

「それこそパーティに誘われたら逃げる。ギルドから期待をかけられたら逃げる、あの国の追っ手があれば逃げる、でどうかしら?」

「なる程・・」


実際、相手がどのように自分を思っているかは分からない。

甘い考えは禁物だが、何時でも逃げられると思えば、もう少し踏み込んでも良かったかもしれない。


案ずるは難し、生むは安しと神様は言っているのだろう。


「分かりました。ミツカ様のおっしゃる通りにやってみます」

「うん、その意気、その意気!」


不遇職でも俄然やる気が出てきた所へ、ミツカ様が神殿行きを誘ってくる。


「じゃあ、この町の就活神殿で風系の魔法使いに転職しましょう」

「今度は風系魔法が使えるんですね?」

「そうよ。そして最初に行った島のもう一つの国へ行きます。そこは荒地で石の様に固いモンスターが跋扈し、風系魔法が効き難いわ」

「ん? ミツカ様? 今回は何故そんな情報をもらえるんですか?」


今までは秘密と言うか、行ってからの楽しみと言って話してくれなかったのに。


「最初の内は、新しいこの世界を楽しんで欲しいと望んでいたからよ。でも今は必死に生きる術を探しているんでしょ? ならばそれに会ったお手伝いをと思ってね」

「ミツカ様・・、ありがとうございます」


更に今までとは違う提案をしてくれる。


「ギルドに登録するのは、町に入るための身分証明という要素が強かったわよね?」

「はい、そうです」

「アイテムは冒険者ギルド以外にも、引き取ってもらえる場所があるのは知っているかしら?」

「商業ギルドだったり、露店や雑貨店とかですよね」

「そうそう。だからギルドの依頼じゃなくて、単純にアイテムの売買で生活するのも一つの手ではあるのよ」

「なる程!」


冒険者で生活するから、必ず冒険者ギルドを使うと思い込んでいた。


アイテムの売買で生活できるのであれば、ギルドを利用する必要なない。


「ギルドで有名にもならないし、パーティからも誘われないわよね」

「確かに、その通りです。やってみたいです! やってみます」


あまりにも単純で簡単な事を見落としていた。正に目から鱗が落ちる思いだった。




偽装の指輪を着けて、就活神殿に行って、風系の魔法使いに転職する。


ステータスは火系魔法(神級)が、風系魔法(神級)になっただけである。


そのまま風使いCとして冒険者ギルドへ登録して、荒地の国のある島へと飛行魔法で移動する。


そのまま荒地の国の真ん中辺りにある町の近くへと降り立つ。


先ずは拠点となる宿を決めると、慣れと言うのは恐ろしい。


「そのまま冒険者ギルドに入ってしまう所だった、危ない危ない」


そう独りごちると、荒地へと向かう。

荒地と言っても実際には峡谷が隆起した山あり谷ありの土地である。


目の前に広がる峡谷に降り立つと、ギルドのありがたみを痛感する。


「どんな薬草があって、どんなモンスターが居て、そもそもこの土地の環境とか、冒険者ギルドから沢山の情報を貰っていたんだなぁ・・」


新人であれば、ピンキリとはいえギルドのルールから教えてくれる。

流れの冒険者であっても、その土地その土地の環境を知る事はできる。

依頼を見れば、どんな薬草や素材の採取があるのか知る事ができる。

同じ様に依頼を見れば、どんなモンスターが居るのか分かる。

得られた薬草や素材は、文句を言うでも無く買い取ってくれる。


当たり前のように感じていた利益は、冒険者ギルドの長年の積み重ねなのだ。


「自分一人の力で、ギルドが培ってきた物を何とかしなくちゃいけないんだ」


パンパンと自分の頬を叩いて、気合を入れ直すと峡谷を進んで行く。


がん!


「な、何だ!?」


いきなり背後から、何かの体当たりの様な物を受ける。

キョロキョロト辺りを見回すが、モンスターらしきものは居ない。


「んん? 落石かな? 下とか周囲だけじゃなくて上にも注意を払わなくちゃ」


峡谷の底に居る以上、風なのどの浸食で石が落ちてくる事もあるだろう。

無属性魔法(神級)で、物理・魔法障壁が自動展開していなければ大怪我をしていた。


がん!


「また落石? いや違うおかしい!」


周囲を見渡す。今のは斜め下からだった。

勿論、あっちこっち跳ねて横から落石がある場合もあるだろうが違和感を感じる。


がん!


再び背後から体当たりを感じる。


「一体何処から、何処にモンスターが、どうやって移動・・」


ふとある言葉に思い当たる。


「もしかして・・擬態ってやつか?」


冒険者ギルドに行って、職員からこの土地の事を聞いていれば真っ先に教わる事。


このモンスターは風景に溶け込む様な体色や、殻、皮を持っている。

色だけでは無く、岩のような固さがあり、刺突や斬撃は効果が薄いと言う事。

岩肌を駆け登るため脚力が強く、跳躍や突進が得意であると言う事。


良く見れば見分けがつくのだが、そんな隙を見逃す程モンスターは甘くない。


がん!


背後からの衝撃に振り向かず、モンスターを見定める。


「ウインドカッター!」


発動まで時間がかかり、当の昔に逃げ去った後で放たれるが、途中で効果が切れてしまう。


「わ、忘れてた! 風系の魔法は全くの未調整だ・・」


魔法阻害領域・・

技力が二倍、発動時間が二倍、射程距離は半分、威力も半分、命中精度も半分ほどとなる、正に魔法使いに取って最悪の土地である。


「くっ! スキル『魔法制御(神級)』で、発動時間を半分、射程距離二倍、威力二倍、命中精度二倍、刺突斬撃耐性から更に威力二倍!」


モンスターの攻撃を無属性魔法の物理・魔法障壁で耐えながら調整する。


「ウインドカッター!」


ザシィーン


「えっ!? 効果がない!? どうして・・って、風耐性・・いや、斬撃耐性か!」


単純に魔法阻害領域だけなら、どんな魔法使いでも良いはずである。

そこにワザワザ、ミツカ様が風系魔法使いにした理由と目的があったはずだ。


「ならばワンランク上の、エアスラッシュ!」


ずばっ! ぽと・・


流石に風耐性や斬撃耐性を持っていても、中級魔法なら一発で倒せたようだ。


獲物を見てみると、一抱えはあろうかと言うネズミの様なモンスターが転がっている。


「ロックラット・・、岩の様な皮に固い持つウサギか。こ、これでFランクか・・」


耳が短いからネズミと思ったが、『鑑定』によるとウサギだった。

しかもモンスターの強さでは、底辺に当たるFランクとなっている。


「これはもう少し風系魔法の調整をしながら、モンスターを狩ってみないと不味いなぁ」


そのまましばらく狩りを続けると、重大な問題が出てくる。


「モンスターは攻撃のチャンスを待っているから、ウインドセンサーで効果がないか」


アースセンサーの様な魔法のウインドセンサーを使ってみる。

しかし本物の岩とモンスターとの差が、今一はっきりと掴めない。


擬態をしている以上、向こうから動く事なく、チャンスをじっと窺っている。


「こ、これは一旦出直した方が良いな」


もっと本格的に風系魔法を調べた方が良いと判断し、町へと戻る。


町に戻ったら戻ったで、はたと動きが止まる。


「『空間倉庫』の中に仕舞ったモンスターを、何処へ持って行こう・・」


先ほどの続きとなってしまうが、冒険者たちは、何気なく利用している冒険者ギルドに、どれほどありがたみを感じているだろうか?


行けば依頼と言う形で仕事が用意されている斡旋業。

依頼主との仲介、素材の買い取りなどの代行業。

お勧めの店や、モンスター、素材などの情報が手に入る情報産業。

利息は付かないが、冒険者ギルドならどこでもお金の出し入れ可能な銀行業。


簡単に言えば、冒険者ギルドから、これだけの恩恵を享受しているのである。


「知らず知らずとは言え、ギルドにはずいぶんと世話になっているんだなぁ」


街を徘徊しながら、しみじみと呟き、僕は此処に来て、ソロとボッチの違いを、身にしみて理解するのだった。






店や露店を覗いてみれば、素材の売値はまちまちで、当然買値もまちまちだろう。


ギルドでは依頼で集められた素材を纏めて卸すため、需要と供給のバランスがしっかりとコントロールされる。

アイテムの価格が一定、平均価格と言うのが出てくるのである。


更に素材採集であれば依頼料に含まれてしまうが、討伐などで素材が得られれば、依頼料

の他にそれらの買い取り価格が加算される。


普通の店売りでは、依頼料は当然存在しない。

若干、平均価格より上乗せはあるかもしれないが、平均価格を知らなければ意味がない。




お金もさることながら、情報だって馬鹿には出来ない。


確かにその町に長く留まるなら、自然と集まる情報かもしれないが、その日暮らしの冒険者に長期的展望は難しい。


この地域はどんな危険が潜んでいるのか?

素材はどの程度の価格なのか?

何処にどのような素材があるのか?

モンスターの生息域は?


このような情報がその日のうちに集まるのか、長い時間をかけて集めるのか、と言った差がスタート時点から付いてしまうのだ。


時間はお金に直結し、生活苦から無理無茶をすれば、不発の狩り、怪我や装備の修理で無駄な出費が増え、最悪は自分の命を支払う事になりかねない。




ギルドのありがたみを、再び感じながら途方にくれる。


「先ずは情報源を作らないといけないよな・・」


今からでもギルドを使うこと自体遅くは無い。

しかしここまで来たら最後までと言う気持ちも強く、継続する事にしたのだ。


「ギルド以外で聞けると言えば・・、宿屋で働く人達ぐらいか」


取り繕っても仕方がない、何かを聞かれればその時と思い直球勝負に出る。


「お勧めの雑貨屋とか道具屋ですか?」

「はい? ギルドで聞かなかったんですか、お客さん?」

「うん、ギルドで聞くのを忘れててね」


受付の看板娘に、ちょっとだけ嘘もついて話を聞く事にする。


「道具屋さんなら、お父さんの飲み友達がいるけど・・」


お母さんがいつも怒ってると言う話から、色々な情報が手に入った。




翌日、教わった道具屋に行ってみる。


「あの宿屋の紹介? で、何の用だ?」

「モンスターを討伐して、手に入った素材の買い取りをしてくれる店を探しています」

「ん? ギルドで引き取ってもらえるだろう?」

「銅貨一枚でも高く引き取りして欲しいので」

「まぁ、言わんとする気持ちは分かるわなぁ」


採取依頼でなければ、途中で手に入ったアイテムは自分で好き勝手に売買できる。


店もボッタクリを別にすれば、浮いた依頼料分で心付けをしてくれるのが一般的だ。


「素材と言っても、引き取れる物は限られるぞ?」

「例えば?」

「うちが欲しいのは、主に魔石だな」

「他の物を引き取ってくれそうな店はご存知ありませんか?」

「肉は肉屋だろうが知り合いはいないなぁ・・、皮は防具屋で、角、爪、牙は武器屋か・・」


やはり飲み友達?の武器屋、武器屋から防具屋へと繋がって行く。


自分の足で販売ルートを開拓しながら、狩りをして素材を売る。

素材をより高く買ってもらうコツを教えた貰いながら、少しずつ関係を深めていく。


そこには不遇職とか、全く関係ないのもありがたかった。




しばらくの間、狩っては店売りをする生活をして、いつもの様に道具屋へ魔石を卸す。


「なあ、ロックゴートの心臓とか、肝臓とか、脳とか残ってねぇか?」

「へぇ!? 内臓って使うんですか?」

「薬の材料になるんだよ」

「知りませんでしたって言うか、教わってませんよ?」

「教えてねぇって言うか、ロックゴート狩れるとは思わねーし」


魔石の鑑定をして、道具屋はロックゴートの物と気づいたらしい。


そんな雑談をしながら、要望の品を出す。

『鑑定』を使って素材になる事は知っていたし、もしものために取っておいたのだ。


「うぉほぉう!」


時間が止まっている『空間倉庫』では、素材の劣化はあり得ず新鮮のままだ。


「肉の方は宿代か?」

「そうです」


宿代の全額を賄える訳ではないが、余計な出費を抑えられるのはありがたかった。

それもこの道具屋から教えてもらった方法だ。


買い取りを済ませて店を出る。


「うーん時間はかかるけど、ギルドを使うより、こっちの方が性に合ってるかも。とは言っても、神様とかリブラ侯爵様のお金の助けがあったからできる事だよね」


もし村人から冒険者を目指していたら、こうは行かなかっただろう。


心の底から、神様への感謝の言葉と祈りを捧げる。




しかし順調な生活は、意外な形で狂ってしまう。





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