無職という自由
【無職と言う自由】
真っ白な空間・・
狭いのか、広いのか、距離間がまったく掴めない白さ・・
黄金のオーラを纏った女性の前には、透明な板を幾つか並んでいる。
「さあ、これからお仕置きの始まりよ?」
『イノバ』の管理者は、美しさ故に壮絶な笑みを湛えている。
ノバと、リブラ侯爵が立ち去った謁見の間・・
誰もが息をするのを忘れているかのようで、しばらくすると、誰ともなく詰めていた息が吐き出される。
「一体今の声は・・? それにこの有様は・・」
「このヒビを入れたのは勇者か? それとも・・」
それを切っ掛けに人々のざわめきが始まり、次第に大きくなり喧騒となる。
「皆の物、静まれ!」
国王の合図で、宰相が騒ぎを鎮める。
その一言に全員が従い、国王の方を見る。
「手を置いたぐらいでヒビが入るとは、この城もだいぶ傷んでおったか。修繕の良い機会じゃ、前より良い城にせよ」
「はっ」
神の力でも、勇者の力でも無いと宣言する。
「あの異世界人も急に女の声色を使いおって、気味が悪かったわい。どうせリブラ辺りの差し金であろう・・」
その場に居る誰もが、国王の言葉のどれ一つ真実が無い事を分かっていた。
あの時の声は、骨身に・・否、魂を貫き通すものだった。
誰もが内心このままでは不味い、と思いながらも、国王に逆らう事は出来なかった。
「別の奴隷の首輪を持ってまいれ。衛兵たち、すぐに行ってノバを捉えよ!」
「・・はっ!」
城にヒビを入れる勇者を?
勇者はお飾りで、パーティの四人が魔王を倒したと聞いていた。
衛兵たちは今、全くの逆である事を確信した、確信させられた。
国王の命令は絶対・・、仕方なくノバを捕まえるために出て行く。
「宰相は直ちに城の被害状況を調べよ。他の者たちは、ご苦労であった。下がって良い」
「「「はっ」」」
ノバは一人、庭園に佇んでいる所に、リブラ侯爵が追いついて来る。
「何故、首輪が取れたのだ?」
「・・えっ!?」
至極もっともな質問に、自分のステータスを知っているはずの侯爵の言葉に驚く。
「リブラ様、僕のステータスご存知ですよね?」
「ああ、知っているが?」
ステータスやスキルについて細かく話していないが、気が付かなかったのだろうか?
「えーっと、スキルの中に『ステータス異常耐性(神級)』と『ステータス異常回復(神級)』言うのがありまして」
「ふむふむ」
「毒とか麻痺、石化とか、呪いとかステータス異常になりにくい、なったとしてもすぐに回復してしまうスキルでして」
「・・・なる程、簡単に外せた、いや無効化できたと言う訳か」
勇者のスキル群とその性能に思いを馳せ、遠い目をする侯爵。
「では何故すぐに、奴隷の首輪を外さなかったのだ?」
「ボクが神様に、最後のチャンスをとお願いしまして・・」
「王たちを試したと言う訳か・・、最悪の結果になったな」
「も、申し訳ありま・・」
「皆まで言うな。わが王や家臣一同の不徳なのだから」
リブラ侯爵は思う。ノバが謝る事は全くない。神が仰られ実行したに過ぎない、と。
それよりも騙し打ちで奴隷にされ、地下牢に閉じ込められ、良く我慢してくれたと思うぐらいである
その気になれば、この国はとっくに滅んでいたに違いない。
二人で城や庭園、城壁と言った物を見渡すと、再利用は難しいと思わせるほどヒビが入っていた。
「この城に刻まれた神の怒りの証か・・。きっと永遠に直せぬのだろうな」
「どうなのでしょうか? 城の事はあまり詳しく無くて・・」
ノバの勘違いに苦笑いする。
侯爵は幾ら人が直しても、直す傍から神が壊されると確信していたのだ。
城のあちこちが賑やかになってくる。
「そろそろ追手がかかった様だな。もう行くと良い。そして自由に生きなさい」
「はい。侯爵様には色々とお世話になりました」
「いや、勇者ノバ様の事を守れなかったのだ・・。悔いが、悔いただけが残る」
固く目を瞑り、歯を食いしばって悔やむ侯爵に声をかける。
「大丈夫です。神様は侯爵様の事を見て下さっています」
まるで啓示のようなノバの言葉に、一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐに優しい笑顔に戻る。
そして手に持っていた革袋二つをノバに手渡す。
「持って行きなさい」
「これは?」
「急だったのであまり用立てられなかったが、呂銀の足しにして欲しい」
「ありがとうございます」
これから先どの様な事があるか分からないのだ、お金はいくらあっても困らない。
大きい方には砂金、小さい方には宝石が入っていた。
「国と国は戦争をしており、貨幣の違うし、価値も足元を見られるので注意しなさい。冒険者ギルドや銀行ギルドを利用しても同じだろう。暮らす国を変える場合には、一旦砂金や宝石に変えるんだぞ」
「分かりました」
国と国が争う中で、共通の通貨が出来ない状況らしい。
ノバを捕まえるための追っ手が、ワラワラと二人の周りに現れる。
「見つけたぞ大罪人ノバ! 大人しく奴隷の首輪を受け入れよ」
「では勇者ノバ様、旅の幸を祈っている」
「ありがとうございます。侯爵様に何かあれば、必ず助けに来ますから」
奴隷の首輪をするために近づくが、ノバは浮かび上がる。
「私の事は気にしなくて良い。達者でな」
「侯爵様も!」
そのまま空高く飛んで行ってしまう。
衛兵たちは、それをただ眺めているしか出来なかった。
「なっ・・、何が起こったのだ・・」
「神の手によって連れ去られたのだろう?」
嫌味の籠った公爵の言葉を、まさかと思いながらも、真実かもとも思ってしまう。
国王は衛兵たちの報告に耳を疑う。
「空を飛んで行った・・だと?」
「陛下、私も窓から見ておりましたが、浮遊魔法か飛行魔法と思われます。もしかしたらあの速度・・、伝説の飛翔魔法かもしれません」
「な、何じゃと・・」
今の王国に、先の二つの魔法を出来る魔法使いたちがどれほど居るか・・。ましてや伝説級の魔法の可能性があるという。
逃がした魚は大きいかった、いや大きすぎたと言うべきか。
「くっそぉ・・、奴隷の首輪が不良品だったとは悔やまれる!」
不良品? ノバが首輪を引きちぎった事を言っているのだろうか?
「魔王の一件は解決しても、諸外国とのいざこざはまだまだ・・。おおっぴらに探す事も出来んな・・」
国王は、国の主だった者たちを集めて、今後の対応を検討を始める。
ノバは飛翔魔法を持続させ、隣の国へ入り幾つか大きい町を越える。
「そろそろ良いかな?」
町から少し離れた所で降り立ち、トコトコと町に入る行列に並ぶ。
隣国との戦争、モンスターからの防御のために、大概の町には城壁がある。
町の中に入るには、城壁に備えられた城門から入るしかない。
しばらく待つとノバの番になり、衛兵より声をかけられる
「身分証明書を」
「・・・ありません」
「じゃあ、ダメだな」
あっさりと町の中に入る事が出来なかった。
「あのー、どうして入れないのでしょうか?」
「入れない理由は戦争中だからだ。スパイや工作員が入られると困る」
至極もっともな理由だった。
「どうしたら入れますか?」
「お勧めしないが・・」
腕輪を提示される。
「これは?」
「制約の腕輪と言って・・、相手の行動を抑制できる代物だ」
「奴隷の首輪と同じですか?」
「基本は同じだな。ただし死に至らしめる事は無い」
万が一何かあった場合の措置と言う事だろう。
「冤罪や理不尽な警告などの場合は?」
「その辺も含めて入りたいかどうか、となるな」
町の繁栄のために一人増やすより、治安のために一人減らす方を選ぶようだ。
「分かりました。腕輪を嵌めて下さい」
「良いのか?」
「仕方ありませんから」
「承知した」
衛兵がノバの右腕に腕輪を嵌める。
「何処のギルドにでも構わない。登録すれば身分証が出来る。その腕輪はギルドで外してもらえるから、すぐに登録すると良い」
「ありがとうございます」
衛兵に礼を言って、城門をくぐりながら考える。
「ギルドに登録するだけで身分が保証されるなんて、随分と緩くないか?」
ふと治安の面で心配と不安になり独りごちる。
地下牢で数日過ごした後、そのまま脱出して来たので、まともな食事にありつけていない。
先ずはお腹を満たすために、銀行ギルドへで換金する。
侯爵も言っていたが、国によって貨幣の質が違い、質は国の信頼度で補われる。
国を移る場合は、質の確認し易い宝石や、砂金などを持ちこむ方が良いとなる。
後は自分の鼻を頼りに、上手そうな匂いのする店を探し腹ごしらえをする。
注文の品が来るのを待っていると、ローブを被った女性が現れる。
「相席ををお願いしても良いかしら」
「どうぞ、どうぞ」
周りを見回せば、まだ空いている席がちらほらあるのに相席を頼まれる。
「お久しぶり、と言ってもつい先日の事だけどね、ノバ君?」
「・・へぇっ!? ど、どちら様?」
「えーっ、もう忘れちゃったの?」
ローブの顔の部分をずらすと、絶世の美女が現れる。
「あっ!? か、神様!」
「ちょ、ちょっと、しーぃっ! お忍び! お忍びなんだから!」
「ゴ、ゴメンなさい!」
神様と会った事がある人など、ごくごく稀であろう。
こんなやり取りを聞かれた所で、精々変な目で見られるぐらいだ。
「君と会う『使徒の訪れ』の分身とはいえ、会う度に神様と呼ばれると流石に・・」
「じゃあ、何とお呼びすれば?」
「そうねーぇ、御使いからミツカちゃんとでも呼んでくれる?」
「ミツカ・・様?」
だから、こう呼ばせるための口実だったのかもしれない。
そんなやり取りを済ませると、人に見られる前にローブで顔を隠す。
「それで、今日はどうされたのですか?」
『使徒の訪れ』を、ノバ自身が呼んではいないので、神様の用事と言う事だろう。
「勿論、ノバ君のこれからについて話し合うためよ」
「僕の・・ためですか?」
「疑問に思う必要はないわ。地下牢ではお仕置きの相談で十分に話せなかったも話したけど、、せめて君の行く末ぐらいは納得できる物にしてあげたいの」
「ありがとう、ございます」
「礼には及ばないわ。こちら側が全面的に悪いんだから」
神様の呟きに、何かそれだけではない申し訳なさを感じたのは気のせいだろうか。
「それで出来る限り、ノバ君の望みを叶えてあげたいんだけど、何かある?」
「その前に、前提として元の世界に戻る事は出来ないんですか?」
「出来るわよ。でも・・」
「でも・・?」
「その手段は待って欲しい、出来れば望まないでほしい・・かな」
「どうしてか理由を聞いても?」
神様が言い淀むと言う事は、あまり良くない事なのだろうが聞いておきたい。
「大きく分けて理由は二つ。一つ目は、君に与えた能力は大き過ぎるの」
「それだったら、こちらの世界でも同じなのではありませんか?」
「『使徒の訪れ』でこうやってお話しして、色々とお世話が出来るからね」
「元の世界では難しいと言う事ですね」
「君の元居た世界には、ちゃんと別の管理人がいるから」
僕如きでは理解できない、神様同士での取り決めがあるのだろう。
「では僕がいただいた能力をなくす事は?」
「魂に刻み込んでしまっているから難しいわ。まさか取り消すと言う前提でプレゼントしないから」
「そうですか・・」
神様からの贈り物は、易々と取ったり付けたり出来ないのだろう。
「それでは、もう一つは何でしょうか?」
「正直な所、勇者が二人になると戦争が起きるかもって思っているの」
「・・・なる程」
僕たちがどうこう言っても、国が勝手に動いてしまう。
非常に危険だと神様が心配する気持ちはわかる。
「理解してもらった所で、話を最初に戻すけど、希望はあるかしら?」
「そうですね・・。ちょっと考えたんですけど、農家とか時間もかかるし、長期的にその場所に留まると、国王様たちが寄ってくるんじゃないかと思うんです」
「確かにその通りね」
「冒険者として、目立たない様に生活できませんか?」
「その気持ちわかるわ。そうね・・」
腕を組んで色々と考えてくれているのを、黙って見守る。
「ノバ君。不遇職って知ってる?」
「不遇・・職? 確か、あまり人から必要とされない職業ですよね?」
「正解。地域や環境によって必要とされる職業は違ってくるの」
「そうなんですか?」
「不遇職ならソロでやっていけるわ。誰からも文句も言われない。と言うかソロでしかやっていけない。誰もパーティを組みたいとも思わないから」
「ふむふむ、それで?」
もし仲間がピンチになったら、とんでもない事をしてしまうかもしれない。
そうすれば力を求められ、何れは国王様に存在が知れてしまうかもしれない。
しかしソロであれば、全ては自己責任である。
「自分の性に会う職業と住みかを見つけられれば、静かにゆっくりと暮らせうと思うのだけど」
「それ凄く良いアイデアです。かみ・・ミツカ様!」
(ずぎゅーん!)
神様が何故か、左手を何か求める様に伸ばして、右手で胸を押さえている。
「どうしました? ミツカ様?」
「だ、大丈夫よ・・。(す、凄い破壊力だったわ・・)」
自分でそう呼んでと言っていながら、不意に呼ばれた衝撃を全身で受け止めていた。
「そ、それで、初めにやってみたい職業ってあるかしら?」
「うーん、魔王討伐であまり魔法を使っていなかったので・・」
「魔法を使ってみたいのね」
「はい。でも魔法使いが不遇なんて聞いた事無いですよね?」
パーティで冒険をする上で魔法使いは、花形となれる職業である。
「あるわよ」
「そうですよね・・ある? ・・えぇえぇぇぇぇ!? そんなのあるんですか?」
あまりの衝撃に、思わず驚いて立ち上がってしまう。
周りの人たちの視線がちょっと・・。恥ずかしい。
「ちょっと前に、この世界の全体図を見せたんだけど覚えてる?」
「はい」
「右下の三つの島を覚えているかしら?」
「大体は・・」
全体図を見せられた事は覚えているが、何処がどうなっていたかなんて覚えてはいない。
「その三つの島はね、魔法が使い難い環境な上に、地域ごとに不得手な魔法が存在する一風変わった土地柄なのよ」
「へぇー。例えばどの様な事があるのですか?」
「それは言ってからの、お・た・の・し・み」
悪戯を思いついたかの様な、物言いである。
「そ、それは・・楽しみです」
「向こうでその職業に就こうとすると、絶対止められるから、こっちにある何処かの就活神殿で転職してから向かいましょう」
「絶対止められるって・・」
本能的に不味いと思いながらも、言い出しっぺで、今更断りずらくなっていた。
神様も、何か・・その・・異様にノリノリというか・・
「それから治安が心配って思わなかった?」
「あっ、はい。ギルドに登録するだけで身分証明が出来るなんて・・」
「ギルドには同じ人が別人として登録できない仕組みがあるの。もう一つ、どのギルドも定期的に依頼をこなす必要があるわ」
「へぇー、それなら罪を犯した人はすぐ分かりますね」
登録は一回きりで、定期的な依頼達成が必要なら、身分証明として安心だろう。
「・・ん? それだと僕がやろうとしている事不味くないですか?」
本名で登録したり、例え偽名でも有名になってしまうと国王様の追っ手が来てしまう。
「気が付いた? そこでプレゼントがあります。見てみて」
「はい」
いつの間にか、神様と共有の『空間倉庫』に贈り物があったようだ。
「指輪・・と、革袋・・?」
「革袋の方の中身は、リブラ侯爵と同じ物ね」
「ありがとうございます」
神様からも旅の呂銀をいただけた。
生活の基盤の目処が立っていないから感謝だ。
「それから指輪は『鑑定』してみて」
「はい」
神様の言葉通りに指輪を鑑定してみる。
「えーっと、偽装の指輪。別人になる、ステータスの偽装・・ですね」
「どの職業についても、かなりステータス高くて、スキルも多くなるようにしてあるから、色々とトラブルになるかと思って」
「なる程、それでステータス偽装ですか」
もし勇者職みたいに、数え切れないスキルで、しかも神級ばかりだったら、他の国の偉い人たちにも目を着けられてしまう。
「当然あの国も、ギルドは監視しているだろうから」
「別人になる、という事ですね」
この指輪は、これからこの世界で暮らすのに必需品に違いない。
「それじゃ転職して、他の国へ行ってみましょうか」
「はい」
神様が食堂を出ると、丁度良く出てきた食事が出てくる。
きちんと頂いて、就活神殿へと向か事にする。
・・あれ? 神殿の正式名はこれで良かったけ?