与えられたモノ
【与えられたモノ】
僕は、ふと目を覚ますと辺りを見回す。
「ここは・・、何処だろう?」
真っ白な空間、上下前後左右のどちらを向いても真っ白。
どの位の奥行きがあるのか、高さが、幅が、広さが、形が全く分からない、ただ真っ白。
「確か・・」
この事態に至る、一連の過去の記憶を遡る。
何時ものように、森へ出かけたはず・・
稽古をして、薬草を探して、魔物を倒して・・
「そうだ! 召喚の魔方陣!」
問題の一点の時間に辿り着いた時、自分がどういう状況に落ちいているか理解する。
目の前に、幾何学模様が点滅していた。
自分が暮らす訓練村では、魔方陣であると言う事は学んでいた。
常日頃から冒険者は臆病であれと、口を酸っぱく、耳にタコが出来るぐらいに・・
反面、冒険者は大胆であれとも言われていた・・
この時、自分の心は好奇心の方に天秤が傾いていた。
そっと魔方陣の端っこの方に触れてみる。
『召喚に応じますか?』
頭の中に突然声が響いてくると、思わず答えてしまう。
「はいぃぃ!?」
『承認を受諾。召喚を開始します』
魔方陣の幾何学模様が、自分が中心となる様に移動する。
「ちょ、ちょっと待ってー! い、今のは言葉のあやと言うかー・・」
ノバは必死に承諾のやり直しを求めるが、既に発動した魔法が途中で止まる事は無く、無事に?召喚される事となった。
「・・と言う事は、今までの経緯から考えるに、間違いなく召喚されたんだ」
経緯も何も、それ以外に全くあり得ない状況である。
「召喚されたとは言え、此処は何処だ? 見た事も聞いた事もないぞ?」
訓練村では、召喚についても学んだことはあるが、何か違う様子である。
尤も人間が召喚されたのは、後にも先にも自分が初めてであろうから、普通の魔物召喚とは違って当然かもしれない。
「少なくとも、召喚者が近くに・・」
召喚されると言う事は、必ず召喚者が存在し、且つ自分の近くに居るはずと改めて見渡すと、柔らかな笑みを湛えた女性と、目がバッチリと合う。
「・・居た」
背中が見えないので分からないが、かなり長めのサラサラストレートの金髪に、スミレ色の瞳の、緩やかな白い衣を着た、絶世の美女がこちらを見ていた。
真っ白な空間に、白い衣は同化しそうだが、女性の身体には黄金のオーラの様な物が出ており、彼女の輪郭がはっきりと見て取れた。
「気が付きましたか、ノバ君?」
「えっ!? どうして僕の名前を? と言うか、貴女は?」
「初めまして。世界の管理者、人は神と呼ぶ存在です」
「神・・様・・!?」
人ならざるオーラを感じる訳だ、神様だもん。
思わず平伏しそうになるのを、神様は止める。
「ああ、固くなる必要はありません。そのまま、そのままで」
「あっ、はい」
元の姿勢と言うのか、立つと言うか横になると言うか・・
「あのぉー、神様が僕を召喚されたのですか?」
「その通りです」
「そ、それから・・」
「色々聞きたい事もあるでしょうが、先ずは話を聞いていただけますか」
「も、勿論です」
神様のお願いを、無碍にできるはずがない。
そう言うと、僕の目の前に二枚の透明な板が現れ、何か絵が浮かび上がる。
「右側の海に浮かぶドーナツ型の大陸、更に真ん中に島が浮かんでいるのが分かりますか?」
「はい」
「それが、ノバ君が住んでいた世界です」
「へぇー、こういう風になっていたのですか」
村の人たちの話から、こんな形みたいな事は聞いていたので、もしかしたらと思っていた。
「左側の大小様々な島の世界が、もう一つの世界です」
元はまん丸の大陸が一つだけあったらしいのだが、神様の事情?とかで別れたらしい。
左半分が一番大きい島で、右上が九つの島々、右下が三つの島となっている。
「もしかして、異世界!?」
「異世界を知っているのですか?」
「はい! 勇者レオ様の話は有名ですから!」
「なる程、ならば話は早いですね」
五ノ領に住む勇者、銀氷竜ディズ姫のパートナー・・、異世界人レオ。
噂しか耳にしないが、人外の事を飄々とこなすと言う。
「ノバ君に、こちらの世界に行っていただきたいのです」
「・・・えっ!?」
僕の頭に、異世界召喚と言う言葉が浮かんでくる。
「何で・・? どうして・・僕?」
「魔王、と呼ばれる存在を知っていますか?」
「はい。モンスターの頭たるモノです」
「その通り。その魔王に襲われる国があります」
「えっ!?」
魔王と言うのは、物凄い力があるって聞いている。
それに襲われると言うのは、大変な事なのだろう。
「その国の王から、勇者を送って欲しいと願われました」
「でも僕には、魔王と戦う力も・・、勇者なんて力も・・」
「それでも、私の呼び掛けに応えてくれました」
「呼び掛け・・ですか?」
「あの魔方陣は、誰にでも見える物ではありません」
「ええっ!?」
「当然、資格ある者にしか見えないのですよ」
「そう、だったんですか・・」
「(ゴメンねノバ君、全部ウソです)」
笑顔を張り付けたままの、世界管理者の心中の詫びなど聞こえるはずもなく・・
「ノバ君に行ってもらう世界の誰も、魔王には遠く及びません」
「僕に戦えと? 魔王と・・」
彼はやはり自分の力不足から、役に立たない事を気にしている様子だ。
「勇者レオ」
「えっ!?」
「彼は勇者の力があるから、召喚された訳ではありません」
「そうなのですか?」
「世界の管理者たる神である私の祝福を受けて、勇者の高みに至ったのです」
「そうだったのですか!? って、もしかして僕も?」
「当然、私の祝福を授けます。その力で魔王を倒して欲しいのです」
「勇者に・・なる・・」
冒険者であれば、誰もが勇者レオに一度は憧れる。
そんな勇者に慣れるチャンスが、目の前にぶら下がっている。
「僕の力の及ぶ限り、頑張って見ます!」
「よろしい! ノバ君には、必ず魔王に勝てるだけの力を授けましょう」
神様は何枚もの透明な板を出して、難しい顔をしながら見た事もない文字を操作する。
僕は今、話しかけるべきではないと感じ、静かにじっと待っている。
「ふぅー、こんなもんでしょう」
やがて深く溜息を吐くと、笑顔に戻って、僕に話しかけてくれる。
「ゴメンなさい。お待たせしましたね」
「いえいえ! 滅相もないです」
神様に謝られては、逆に恐縮してしまう。
「では貴方への贈り物を説明しますね」
「お願いします」
「えーっと、全部で一つ、二つ・・、七つあります」
「七つ!? そんなに・・。随分たくさん頂けるのですね」
「こちらの都合で異世界に行ってもらうのですから、当然ですよ」
「勇者レオ様も?」
「勿論、もしかするともっと多くの贈り物をされているかもしれません」
「ほぉへぇー」
七つだって多いと思うけど、勇者には多くの祝福が与えられるものらしい。
コホンと咳払いをすると、僕への贈り物の説明を丁寧にしてくれる。
「では一つ目のプレセント『異言語理解』から」
「『異言語理解』?」
「そうです。異世界では、貴方の居た世界と言葉が違う場合があります。そのために必要な能力となります」
「なる程」
文字や言語、発音、国や地域、環境によって変化するし、同じ言葉でも意味が全く違う場合もある。
その時は知らなかったが、二つの世界は、元は同じ世界の住人だったので、お守り程度の気持ちの能力だったらしい。
「続いてのプレゼントが『鑑定』です」
「えーっと、物を調べる能力ですか?」
「その通りです。異世界には、当然初めて見る物や、前の世界と似ているのに違う物、全く違うのに同じ物など沢山あるでしょう」
「そうですよね」
「毒を間違って口にしない様、偽物を掴まされない様など、役に立つ能力でしょう」
「とっても助かります」
僕の素直な感謝が嬉しかったのか、神様の笑顔がより深くなった気がする。
「そして『空間倉庫』」
「『空間倉庫』ってもしかして、マジックバックの事ですか?」
「良く知っていますね」
「すごい!」
「もっと驚きますよ? マジックバックなどと違い、容量は無限な上に、時間が停止していますので生ものは腐りませんし、温かい料理も冷たくなりません」
「うはぁー」
「普通マジックバックは、バックなどに空間魔法などが付与されていますが、その様な物が無くても出し入れが可能です。更に・・」
時間と容量の制限のマジックバックでも凄いのに、まだ何か有るみたいだ。
「(ごくりっ)」
「私と共有、私からの贈り物を受け取る事が出来ます」
「・・えっ!? 反対はできないのですか?」
「反対・・ですか?」
「はい。僕から神様への贈り物は出来ないのですか?」
世界管理者って言うぐらいだから、何でも自分で創る事が出来るんだと思う。
でも思いの籠った物というのは、感謝の気持ちを込めた物は何にも勝るはずだ。
「そうですね・・。もし欲しい物があれば、お願いしましょう」
「是非!」
僕からの贈り物が余ほど予想外だったのか、吃驚しながらも喜んでくれているみたいだ。
「最後に『移動の盛り合わせ』となります」
「・・最後? まだ4つ目な気がしますが?」
貰える物に文句を付けるつもりはないのだが、恐る恐る聞いてみる。
「ああ、ここまでがアビリティやタラントと呼ばれる能力の部分です。残り3つはギフトと呼ばれる祝福となります。安心して下さい」
「ご、ごめんなさい!」
でしゃばってしまった事に、申し訳ない気持ちで詫びる。
「心配は分かりますから、怒っていませんよ。それで『移動の盛り合わせ』ですが、早く移動できるは元より、目に見える範囲への転移、知っている場所への瞬間移動、浮遊に飛行、高速飛翔、水中呼吸など、移動に関する能力の詰め合わせです」
「そ、空も飛べる・・? す、すごい、そんな事が出来るなんて!」
神様の一言一言に、ドンドン興奮が高まって行き、今じゃ興奮Maxと言った所だ。
「じゃあ、お待ちかね。ギフトの三つについてね」
「はい!」
「最初は『使徒の訪れ』のから」
「使徒の・・? 全く想像が付きませんが?」
「あっちの世界に行って、困る事がたくさんあるでしょう。そんな時に、私と話せるように、私の代わりの者が貴方を訪れます」
「い、何時も神様とお話しできるのですか!?」
神様と会った事のある人さえいるかどうか怪しいのに、何時でも神様と会えるなんて・・
「いいえ、何時でもと言う訳には行きませんが、困った時や相談したい時、はたまた私の方から手を差し伸べたいと思った時に、貴方の元を訪れます」
「それでも凄い、凄いです!」
世の中に神様と簡単に会える人が、どれ位居るのだろうか?
多分、勇者レオだって早々神様になんて合えないはずだ。
「残りの二つは職業に関する物です」
「職業・・ですか?」
「貴方が元居た世界は、職業と言う物がありましたね?」
「はい、あります」
「向こうの世界にも職業があり、自分の持っている才能に合わせて選ぶ方法と、才能が無くても職業に就いてから、必要な才能を伸ばしたり、磨いたりします」
「異世界と言っても同じなんですね」
「そして、勇者も職業の一つです」
「えっ・・!?」
自分は魔王を倒す勇者になると思っていたけど、それが職業だったなんて・・
「勇者と言う職業は、特殊職で先の二つの方法ではなる事は出来ません。神殿と呼ばれる転職させてくれる場所で、直接神から啓示を受ける必要があります」
「そうなんですか」
「そのために、職業に関する二つのギフトを授けるのです」
「何故二つなのですか?」
職業・・、しかも勇者なのであれば、一つで十分な様な気がする。
「職業には二つあるからです」
「二つ・・ですか?」
「一つは勇者などの職に就いた状態、もう一つが無職です」
「ふむふむ、それで二つですか」
「職業に就くためには、神殿に行きますが、それまで無職になります。また、新しい職に就くためにも、一瞬とは言え無職の状態が出来ます」
「へぇー」
確かに自分の暮らしていた大陸では、成人まで無職と言う者が多かった。
そして二つのギフトの必要性を説明してくれる。
「最初に無職の時のギフトが、『無職の助け』となります」
「どう言ったギフトなのでしょうか?」
「物理、魔法の完全防御、ステータス異常完全無効です」
「えっ!? 最強じゃないですか!」
「但しステータスは最低、攻撃力は最も弱いモンスターにも勝てません」
「何の意味があるのですか?」
攻撃力が無ければ、魔王と戦えない。一体どんな事に役立つのだろうか。
「まあ、あくまでも職業に就く前に、ノバ君に何かあったら困ると言う話です」
「そう言う事ですか、納得できました」
「残りのギフトの時に説明しますが、もう一つ出来る事があります」
「分かりました、楽しみに待ちます」
聞きたくてウズウズしているのが見え見えだろうけど、ここは我慢しよう。
「それでは本当に最後の贈り物、ギフト『職業選択の自由』です」
「・・へっ!? 職業を・・選択できる?」
自分は勇者になるのではないのか? 職業を好き勝手に選べるという事だろうか?
「勿論、最初は勇者になる事になるでしょう」
「はい、そのつもりです」
「では、魔王討伐後はどうしますか?」
「えっ!? ・・考えてません」
当たり前だ。魔王を倒す前に、倒した後の事を考えるなんて、誰も普通しないだろう。
「私はノバ君に自由に、好きに生きて欲しいと思っています。勇者と言う肩書だけで、貴方の自由も生活も縛られます」
「そうなのですか?」
「勇者レオも、私が見る限りそう感じました」
「ふむー」
実際の生活を見ている訳ではないし、想像だけでは理解が及ばないのだろう。
「先の話ですから、今は気にしなくて構いません。ただ農作業をするのに勇者と言う職業は不要です」
「確かに、そうですね」
「やって見たい仕事、なってみたい職業に就けば良いのです。このギフトは職業を選ぶと、その職業にあったステータスに変化し、自動的にスキルが取得され、レベルアップ時も、ステータスやスキルレベルのアップに補正がかかります」
「何かとんでもないギフトみたいですが?」
「但し、職業を変えると全てリセットされ、一からやり直しとなります」
「なる程、ちゃんとデメリットがあるのですね。安心しました」
「普通はデメリットを聞いて、安心はしませんよ?」
不器用と言うか、根が貧乏性なのか・・、思わずデメリットを聞いてホッとしてしまう。
「先程説明を後回しにした『無職の助け』のもう一つの能力ですが」
「あっ! はい、お願いします」
「勇者と言う職は非常に強力で、見つけると、転職を止めさせるどころか、取り込もうとします」
「じゃあ、転職は難しいのですね」
「そこで『無職の助け』の、もう一つの能力が重要になります」
「どんな能力なのでしょうか?」
「神殿に行かなくても、無職になれるです」
「あっ、あぁー、なる程。それは良く考えられていますね」
行く先々で勇者であると分かってしまったら、転職させてもらえない。
神様の話じゃ、偉い人たちに捕まって自由が無くなってしまう可能性がある。
ギフト『無職の助け』は、僕に自由を約束してくれるのだ。
「神様、何から何までありがとうございます!」
感謝しか出来ないが、心をこめて感謝の言葉を伝える。
それが分かる管理者も、より優しい笑みを浮かべて頷いている。