エピローグ 神様から頼まれた職業
【エピローグ 神様から頼まれた職業】
酒場でぐったりと項垂れて居るノバの前に、ローブを被った人影が現れる。
左手には尖った方にヒモの付いた、色とりどりの三角錐を三個持っていた。
その人物は徐にヒモを引っ張る。
ぱっぱぱぁーん
破裂音と共に、色とりどりの細かい紙と長細い紙が撒き散らされる。
突然の破裂音にも関わらず、周囲の客たちは全くこちらを見る事はない。
それ所か、ぴたりと動きを止めたままである。
「目立ちたくないと言いながらも、長年クリアできなかったダンジョンをクリア! ソロを目指しながらも、これであなたもこの町のヒーロー! よぉっ! 大統領!」
意味不明な、多分、あからさまに馬鹿にしての掛け声であろう。
「・・・ミツカ様ぁ」
もう勘弁して下さいと、半泣きの表情で顔を上げる。
「なぁに? 悪いけど今回ばかりは、私の責任はまぁーったくないからね!」
「そんな事・・・、言ったって・・」
にこやかに微笑むミツカ(神)様に、ガックリと項垂れる。
「四階層か五階層で静かに暮らせたわよね? ちょっと厳しいのを我慢すれば三階層でも何とかなったと思うんだけど?」
「仰る通りですが、それは・・、その・・」
出現モンスターに対して、ドロップアイテムの品ぞろえに欲が出たのは確かだ。
「で、何あれ? 最後の一言は?」
「あ、あれは・・、ダンジョンが勝手に・・」
「あれで九階層に戻っていれば、静かに暮らせたわよね?」
「で、でも! あれは僕だけの責任じゃないと思います!」
思わず呟いた一言を、選択と取られてはたまった物では無い。
この世界に転送された切欠を、もう一度自分でやってしまったのだから目も当てられない。
「とは言え、四階層に入った時点でアウトだった訳でしょう?」
「ご尤もで・・」
「これで転職を希望されてもねぇ・・」
「ううぅぅ・・、すみません」
「無職で、私のヒモになる決心は付いたかしら?」
「ちょっ!? そ、それだけは勘弁して下さい」
ノバはその場で土下座して、許しを希う。
「そお? じゃあ、私のお願いを聞いてもらおうかなぁー」
「・・お願い、ですか?」
ギフト『使徒の訪れ』を使って、初めての出来事に戸惑う。
「この職業をやって欲しいんだけどなぁー」
懐から一枚の紙が差し出される。
「どれですか?」
紙に書かれた文字を読んで眉を潜め、何度も何度もその文字の上を視線が往復する。
「・・・正気ですか?」
思わず出てきた言葉が、その一言であった。
「ん? 勿論、正気よ」
「・・・・」
出来れば・・、いや、絶対にやりたくない職業が書かれていた。
「そうそう、それからあなたを召喚した国の現状何だけどぉー」
「ほわぁ!?」
あまりの唐突な話題の切り替えに、素っ頓狂な返事が出る。
懐からもう一枚紙を出して、ノバに差し出す。
「っ!?」
恐る恐る紙に書かれている文字を追うと、彼の眼が次第に見開かれ、紙を握り締めて酒場を飛び出していく。
一人残されたミツカ(神)様は独りごちる。
「この二枚の紙に書かれた事の結末は一緒なのよ、ノバ君?」
ピラピラと振る残された紙には・・、『国王』の文字が書かれていた。
自らが治める国の窮状が、刻々と悪化する知らせが連日のように報告される。
「くそ! くそ! くそ! 一体何が起きているのだ!」
武力で強制的に金品も食物も取り上げてきたが、それも限界を超えていると言う。
この国の全土は穢れて、作物は育たず、食べ物を得るのは難しくなっている。
それでも強制的に奪われては、民の活力は失われ、恨みや憎しみ怒りだけが残る。
その反動は大きく、反乱軍やレジスタンスと言った組織が出来上がりつつある。
国王自身は、民が勤勉に働かず、自分の言う事を聞かないからだと公言して憚らず、自らの責任を民に負わせるので、負のスパイラルはますます加速している。
しかも自分に耳当たりの良くない言葉には、一切耳を貸さないから、家臣たちは原因が分からないと答えるしかない。
国が良くなる要素が、全くと言ってなかった。
「ただ・・」
「ん? 何じゃ!? 何かあるのか?」
「リブラ侯爵の領地だけ、この様な事が起こっておりません」
「なっ!? ならばすぐに、すぐにリブラを呼べ!」
「はっ!」
豊かな領地があるならば、そこから吸い上げれば良いと考え始める。
しばらくして、リブラ侯爵が謁見の間へと通される。
「陛下には、ご機嫌麗しく・・」
「その様な挨拶は良い! そなたの領地が豊かだと言う。何故じゃ?」
余ほど切羽詰まっているのだろう、本題を切りだしていく。
「・・・何を仰っているのですか?」
「何・・じゃと? 余はそなたの領土が豊かに・・」
「私は、ずっと前から警告して参りましたが?」
「よ、余はに何も聞いておらんぞ! 何を警告したと言うのか!?」
リブラ侯爵は、自分の主に向ける表情では無い冷たい目で国王を見る。
「神を敬って下さい、神の代理人たる勇者も同様にと」
「・・そ、それは」
「何故、勇者を奴隷に? それが神の怒りを買うと・・」
「その様な戯言は良い! 豊かにする方法だけ言え!」
「神に従うのみです」
バンッ!
国王は玉座を叩き立ち上がり、怒りを露わにする。
「リブラ! その様な戯言は良いと申したはずだ! 方法を言え!」
「神に従う、敬う・・。それ以上でもそれ以下でもありません。私の領土の繁栄は、紙より賜りし物。それ以外にありません」
「き、貴様ぁ。余より、この国の王たるワシよりも神が正しく、従うと言うのか!」
「比べるのも、おこがましいかと」
王は衛兵の剣を取り上げ、リブラに突き付ける。
「神が・・、神が何をしたと言うのだ!」
自分は何も悪くない、周りが、神が、余に従わぬもの全てが悪いと叫ぶ。
「我らの祈りを聞きとどけ、勇者を送って下さいました。それ以前にも、魔王の警告を啓示して下さっています。何よりも、日々の豊かな実りを与えて下さっています」
「当たり前だろうが! 我らの神なのだから!」
リブラ侯爵は突き付けられた剣を握り、国王を見据える。
「神が何をした? そもそもその考え自体が間違っている事にお気付き下さい」
「な、何じゃと・・?」
「本来、神が人間に気をかける事はありません。感謝と祈り、敬い、崇め、ひたすら叫び求めて、我らの声に気付いていただくのです」
「我らの神であろうが・・」
「その通りです。私たちが神を神と認め、敬い、崇めるのです。神への信仰心こそが、神を動かすのです。どうか陛下・・、神への務めを果たして下さい」
国王は剣から手を離すと、肩を怒らせて玉座に戻る。
「もう良い。お主の話など・・どうでも良い」
「陛下・・」
「そなたに領地替えを命じる」
「・・陛下」
「下がれ」
リブラ侯爵は、以前よりも広大な領地へと移封される。
建前は領地運営に成功した褒美として・・
そんなに日が経つでも無く、国王を絶望に追いやる知らせが伝わる。
「な、何じゃと? 今一度申してみよ・・」
「リブラ候の元の領地が・・、穢れ始めております」
「あれだけ・・、豊かな土地がか?」
リブラから領土を取り上げてしばらくは、豊かな産物が王宮に届けられていた。
地獄の様な生活から、一気に天国への生活へと様変わりした。
神の事など欠片も思い出さず、国王たる自らの政策が正しかったと奢り高ぶった。
それも束の間、すぐに豊かな産物が尽きたとの報告。
「反面、リブラ侯爵の新しい領土は・・」
「ま、まさか・・、豊かになっているのか?」
「その通りでございます」
正に自分が無策である事の証明に他ならなかった。
「すぐにリブラを呼べ・・」
「リブラ侯爵より、既に伝言がございまして・・」
「何ぃ・・。申せ」
「『陛下が神に何をされたのか、骨の髄まで思い出されるまで、お互い無意味で、無駄な時間となります故、召還には応じられません』との事でございます」
「お、おのれ・・、一臣下の分際で・・」
国王は、リブラ侯爵を反逆者として軍を派遣する。
真っ白な空間で、幾つもの透明な板を眺めて、この世界の管理者は深い笑みを零す。
「愚か者・・ね、お前はやはりそっちを選ぶのか?」
手元の黒電話?の受話器を取り、ダイヤルを、ジーコジーコと回す。
「あーっ、てすてす、てすてす、只今マイクのテスト中」
電話でマイクのテストとは、何と意味不明な行動であろうか。
「一斉放送、一斉放送。−−−の国の周辺国の人たちにお願い。−−−の国は滅ぼすから力を貸して。あっ、新しい王様は決まっているから、領土は取っちゃだめよ? 逃げたリブラって言う人に力を貸して、国を取り戻させてね。以上」
電話で一斉放送を行う荒業の後、一度フックを抑え別の所へ掛け直す。
「あっー、リブラ君、リブラ君。国王が君に挙兵したから、一族連れて国外へ逃げる様に」
チーンと言う音と共に、受話器を置いて満足げに頷く。
勇者を召喚した国の周辺国では、毎夜の如く啓示があった。
『謹聴せよ。謹聴せよ
−−−の国の周辺国の王たちに告げる。
神に仇なす逆族を滅する力を欲する。
我は新たな王を打ち立てる。
我は新たな国を打ち立てる。
我が臣下、リブラに力を貸し与え、国を取り戻させよ』
啓示は、民に、指導者に、国の主だった者に、そして王にも与えられた。
一人、二人ならば、一晩、二晩ならば夢と投げ捨てたかもしれない。
啓示を聞く事の出来た、幾千の民からの訴え。
民を纏める村長や、町長などの指導者の訴え。
神を信じ日々祈り、啓示を待ち望む者たちの訴え
国の主だった者たちからの訴え。
そして王自ら耳にした神の声。
神への信仰が薄れた者でさえ、連日連夜告げ知らされる啓示・・
「全ては、神の御心のままに」
全ての国と王は、神の啓示に忠実に従った。
リブラ侯爵は突如目が覚め、ベッドから跳び起きる。
一緒に居た妻も同じ様に飛び起きている。
「あなた! たった今・・」
「お前も聞いたのか?」
「はい。神様の声が聞こえました」
「ならば時間がない。急ぎ準備しなくては」
すぐに家人に伝えると、屋敷中慌ただしくなる。
自分に付き従ってくれる貴族や、部下たちにも連絡する。
その者たちにも啓示は伝わっており、入れ違いで連絡が入る。
残す民には申し訳ないと思うが、向かうは隣国。
良くても奴隷、下手をすれば殺されてしまうと考えれば、連れて行く訳にはいかない。
リブラ侯爵とその臣下は、国境を越え隣国へ落ち伸びる。
しかし目の前には、隣国の軍勢が待ち構えていた。
戦争中の国から、兵と思しき者たちが入れば当然であろう。
「何をされても、決して武器を抜いてはならぬ」
リブラ侯爵は、自分に従う物すべてに厳命する。
そしてただ一人、軍の前に進み出る。
向こうからも指揮官と思しき人物が進み出て、二人は対峙する。
「我々は・・」
リブラ侯爵が言葉を発しようとすると、指揮官が跪く。
「・・えっ」
「お待ち申しあげておりましたリブラ殿。神の命によりお迎えに参りました。我らが王がお待ちです」
リブラとその一族は、神の手によって庇護を受ける。
その日より、勇者を召喚した国の全土に、神の声が響き渡る。
『声を上げて喜びなさい。
我が言葉のために苦しむ者よ。
我が思いのために嘆き悲しむ者よ。
我が行いのために忍耐せし者よ。
顔を上げて喜びなさい。
あなた方の重荷が取り去られる日は近い。
我が選びし勇者ノバ。
我が忠実なる僕リブラ。
彼らと共に立ち上がりなさい。
彼らと共に闘いなさい。
我が祝福は彼らと、彼らの側に立つ者にある』
国民の多くは神の言葉を信じ、自分たちの救世主を待ち望む。
領主や貴族は、神が兵を挙げられた事を思い知らされる。
ただし国王は・・
「神が挙兵? しかも反逆者のリブラと奴隷のノバじゃと。片腹痛いわ!」
神を罵りつづける。
ついには何も言わなくなった家臣たちにも、気を止める事はなかった。
リブラ元侯爵を庇護した国王は問う。
「本当に手勢のみで行かれるつもりか?」
「国王には大変お世話になりました。この国の兵の力を借りれば、後々の禍根を残すやもしれません」
「ならばこれ以上は言わぬ。そなたらに神のご加護がある様に」
リブラは神の命を受けて、僅かな部下たちだけで挙兵する。
『我が僕リブラよ。一つの道を与える。彼と共に歩め』
彼に与えられた啓示を思い起こしながら・・
その噂は瞬く間に、勇者を召喚した国全土に広まって行く。
国民は神の啓示通りに、リブラの挙兵を知ると一斉に蜂起する。
今や殆どの領主や貴族たちが、リブラ、神の側に付き挙兵する。
その話を聞いた国王は激怒する。
「おのれリブラ・・、余の家臣の分際で!」
リブラ討伐の檄を飛ばした事など、当の昔に忘れ去ったかのようである。
「リブラの兵など恐れるに足りず。全軍を持って潰せ!」
王の命を聞いた者は殆どおらず、辛うじて集まった三千の兵を向かわせる。
迎え撃つはリブラとその家臣の五百にも満たない数に加え、戦闘に不慣れな、蜂起した民衆たち。
両軍ぶつかるかとその時、天より一筋の光が両軍の前に降り注ぐ。
両軍の真ん中に立つはただ独りの少年・・
自分が動かせる群を全て派兵してしまった王都には、全土から集まった国民や貴族とその兵が続々と押し寄せていた。
「ふん! 神などと言う物に踊らされ追って・・。リブラの首を取ってくれば、すぐに静かになるだろう・・ん? おお! 戻ったか」
人並みが左右に分かれ、軍隊が王宮へと向かってくるのが見える。
「・・ん? 何故、我が王国の旗が掲げられておらぬ? あの旗は・・?」
「恐れながら陛下、リブラ侯爵の旗かと・・」
「な、何じゃと・・、余の、余の軍が負けたのか?」
廊下の方から騒がしい声が響き、謁見の間へと入ってくる。
「あなた達! 私は第一王女です。その私にこのような真似を!」
「・・第一王女」
「ああ! お父様! こ奴らを罰して下さい。第一王女たる私に無礼を!」
その場にいたすべての者が、二人を冷ややかな目で見下ろす。
「御二方をリブラ殿に差し出し、神の怒りを解いていただく。お覚悟を」
氷の様に、全く感情のこもらない口調で宣言する。
「な、何じゃとぉ!?、気、貴様ら・・、この様な事をして神が許されんぞ!」
「その神が、この様にせよ、とのご命令なのです」
その時、リブラが入ってくる。
二人を除く全ての者が告げる。
「神の忠実な僕、リブラ殿です」
「ぐぐぐぅ・・。神じゃと? 神が何をしたというのか!」
「陛下・・。私は思い違いをしていたようです」
「思い違いじゃと!? 何をだリブラ!」
「私たちと、あなたの信じ望む神は別だったのですよ」
国王は、リブラ侯爵に吼える。
「神など・・、何もしてはくれなかったではないか!」
「あなたがたの神は、確かに何もされなかったようです。しかし私たちの神は、私たちを助け、励まし、導き、勝利を得させてくださった」
「ぐぐぐぅ・・」
第一王女が、ここぞとばかりに声を張り上げる。
「勇者を、勇者の召喚を致しましょう!」
リブラの後から、ノバが現れる。
「おお! 勇者ノバ・・、どうか私の窮地をお救い下さい!」
「リブラ殿、この者たちの処遇は如何しますか?」
「汚れ役は私一人で十分。お任せ下さい、勇者ノバ様」
国王はリブラに叫ぶ。
「な、何故じゃ。何故余を裏切ったリブラ!」
「陛下は私の言葉に耳を傾けてくださらず、あまつさえ私に挙兵されたのではありませぬか?」
「それは・・、そなたが余に従わぬゆえ・・」
リブラは国王に問う。
「私は何度も申し上げました。神と勇者を敬えと」
第一王女も騒ぎ立てる。
「どうしてその様な者に付くのですか! 勇者ノバ!」
ノバは第一王女に問う。
「勇者? 奴隷の間違いでは?」
「そ、それは・・」
「今一度問います。何故あなたは、神の命に従わなかったのですか?」
国王と第一王女は、暗く冷たい地下牢に入れられ、裁きが下される直前まで叫び続ける。
「神などどこに居ると言うのだ! 神が何をしてくれたと言うのだ! 余の望みを、願いを、叶える神は!」
最期の最後の瞬間まで、二人は気付く事はなく、認める事もなかった。
ノバとリブラが、バルコニーへの直前で、お互いに譲り合っている。
「リブラ侯爵。神の僕として、神の命が果たされた事を国民に」
「いやいや勇者ノバ。神が選ばれた者が宣言すべきです」
見かねた家臣たちが、二人に助言する。
「二人揃われた方が、国民はより安心できます」
至極もっともな言葉に、仕方なく二人でバルコニーに立ち並び手を振る。
多くの群衆の歓喜の声が、王都に響き渡る。
−Bar 堕天使−
双子は上司に呼び出され、こってりと絞られた後ここに流れ着いた。
店員の名札には Mephistopheles と言う店員が二人の前にグラスを置く。
「しかし、あそこまで怒らなくてもいいと思わない?」
「仕方がありませんよ。予期していない事を連発すれば・・」
二人で一つの世界を、二人で二つの世界に・・
禁止の異世界移動を、シーソーの様にぎっーたんばっーこん・・
終いには、双方で勇者を召喚し合う始末・・
通常ならば管理者としての権限を遥かに超えた、即懲罰ものである。
その時、姉の携帯端末が震える。
「ん? 何かしら?」
画面に移された文字を追っていく内に、彼女の手から携帯端末が滑り落ちる。
「弟君! ゴメン、後よろしく!」
「えっ!? あ、後よろしくって!? 何? 何があったんですか?」
店員が弟の天使の方に、そっと携帯端末を押し出す。
「えーっと何々・・、『勇者ノバ、国王を蹴って出奔』。なる程、慌てる訳だ」
姉の後姿にちょっとだけスッとして、静かに自分のグラスを傾ける。
END




