姉弟の関係の一例
【姉弟の関係の一例】
双子と言うのは諸事情から、学校においては別々のクラスにされる事が多い。
ましてや同じ会社に勤めると言う事は、こちらも会社の諸事情から殆ど無いと言っても良いし、本人たちも同じ職場を望まない事が多い。
お互いが隠して同じ職場に就職するのは、正に奇跡と言っても過言ではない。
例え双子が採用されたとしても、同じ部署に配属される事は稀で、それぞれが接点のないプロジェクトに参加する事になるだろう。
しかし・・
「君たちは、私の元で多くの時間を費やし、多くの経験をし、多くを学んできた。これからもプロ意識を持って、あの方 に恥じない働きを期待する」
「今までの御鞭撻ありがとうございました」
「これからも精一杯取り組んでいきます」
上司の励ましに、姉弟の双子が応える。
「君たちに、あるプロジェクトに参加するよう要請が来ている。心して取り組むように」
「「お任せ下さい」」
「君たちに、あの方 から(一つの)世界を作り、管理する様との辞令だ」
「「畏まりました」」
「今までは、一人の天使で(一つの)世界を創造しいた管理していた。今回は双子と言う全く新しい観点からであり、色々と大変だろうが頑張って欲しい」
「「はい」」
双子は上司に深々と頭を下げると、自分たちの新しい職場へと向かう。
−Bar 堕天使−
店員の名札には Mephistopheles とあり、天使にとっては冗談を重ねたBAR。
双子を送り出した上司は、店員からグラスを受け取ると、安堵のため息を吐く。
「どうかされたのですか?」
訪れる人々の心の在り所に、細やかな機微を見せるのも店員の務めである。
「いや何、やっと一人立ちした部下がいてね・・。喜び半分、心配半分と言った所なのさ」
「それはそれは、おめでとうございます」
微笑みを浮かべて答える。
「今までは、一つのプロジェクトに一人(の天使)と言うのが通例だったんだけど、今回は双子(の天使)で、一つのプロジェクトを任せる事になったんだ」
「初めてと言うのは、どんな事でも心配が付き物ですものね」
「そうなんだ。心配は心配だが、彼らの門出を喜ぶ気持ちもあるのは確かだ」
店員がふと気になった事を聞く。
「きちんと二人で一つのプロジェクトと伝わっていますかね? 二人で二つと思われていたりして」
「大丈夫だ。ちゃんと二人で一つ・・の・・プロジェクト・・と伝えた・・よ?」
自分は彼らに何と伝えただろうか? ふと思い起こす。
ちゃんと、きちんと、二人で一つの世界を創造するようにと伝わっただろうか?
グラスの中身をグッと煽る上司。
「・・まさか・・な」
不安を隠すかのように呟く姿を、グラスに映る別の姿に気づかず、困惑した表情を浮かべる。
自分たちが管理人として、世界創造のために与えられた場所に到着する。
「じゃあ弟くん。早速、私たちの世界を創ろっか」
「分かりました姉さん。どんな世界にしましょう?」
これからの大仕事に、先ずは方向性を相談する。
「私と弟君で、それぞれ世界を作りましょう」
「姉さん。上司の雰囲気から察するに、『二人で一つ』の世界という感じでしたが?」
「あのねぇ・・。今までそんな事あった?」
「確かに。そう言えばそうですね」
「とは言え、『二人で』とも言われているから、重ね合わせる様な世界を創り、片方ずつ管理すると言うのはどうかしら?」
「なる程! それなら一つの世界にも見えなくありません。良いアイデアです」
ドヤ顔の姉に、弟はパチパチと拍手をして褒めたたえる。
先ず二人は、鏡面世界と呼ばれる表裏一体の世界を創り上げる。
今までの管理者が創ったと同じ様に、まん丸の大陸と周囲を海で覆われた世界は共通。
姉の方は『イノバ』と呼ばれ、革新的な世界を目指す。
性急な性格が災いして、ドンドン新しい技術を取り入れ、科学の発達した世界に。
弟の方は『イグザ』と呼ばれ、試験的な世界を目指す。
おっとりした性格からか、一つ一つ確かめながら、剣と魔法の世界を目指す。
弟は、最初に植物と動物、魔物と呼ばれるモンスターを創る。
この中に人間を創りだした場合のバランスを、念入りに調整していた。
「地域性を持たせた方が良いですね。ダンジョンもあった方が・・」
「ちょっと弟君、弟君! 助けて!」
そんなある日の事、突然姉の方からヘルプの声がかかる。
「どうしたのですか、姉さん?」
「人類が滅んじゃう!」
「・・はぁ!?」
自分の方はまだ人類すら創り出していないのに対して、姉の方は既に人類滅亡の危機であると言う。
あまりに先走り過ぎているのでは?と思わないでも無いが・・
「一体何があったのですか?」
「私の方は科学の世界にしたんだけど・・」
「ええ、その話は知っています」
「人類が最終戦争に踏み切っちゃったの!」
「えらいスピードですね・・」
驚きの一言に尽きる。
「で、どうしろと言うんですか?」
「馬鹿な奴らは、いっそ滅んでもらって良いんだけど、罪もない人々を救いたいのよ!」
「ふむふむ、なる程」
「そこで・・、一旦そっちで預かってもらえない?」
「ちょ、ちょっと無理です。こっちはモンスターが跋扈してます。今来たら全滅です!」
「無理を承知で、お願い!」
お願いと言われてもと思うが、手を合わせて頭を下げてくる姉を助けたいとも思う。
「分かりました。出来る限り調整してみます!」
「出来るだけ急いで!」
今できる最善を尽くす事にする。
最初にまん丸の大陸に、ドーナツ状の海を創る。
人類に危害を加えるモンスターを、可能な限り中央の島へと投げ入れる様に集める。
受け入れる最初の土地、大陸の八分の一の領土に、強力な守護やら結界やらをかける。
「姉さん! 何とか受け入れの形は整えました」
ここまでやって、姉の方に声をかける。
「ありがとー! 空間を開いて頂戴」
表裏一体の鏡面世界とは言え、実際に繋がっている訳では無く、別の空間、異世界である。
「分かりました」
二つの世界の隔たりを、管理者権限で強制的に解放し、姉の世界と繋げる。
途端に、ドドッと住人が送り込まれる。結構な数である。
「姉さん! どれだけの住人を送るつもりですか!?」
「もう終わるわ!」
大陸全体をドンドン拡張して、最初の土地から人類が零れてしまわない様にする。
「姉さん。こっちは何とか受け切りましたよ」
「そう、ありがとう・・」
「かなり性急かつ無理な調整をしましたので、何処かで綻びが出るかもしれません」
「ゴメンね・・」
「出来る限り早めに引き取りをお願いします」
「分かったわ・・」
何時ものハキハキとした姉とは違う様子であった。
「・・姉さん? どうかしましたか?」
「いいえ・・、大丈夫よ・・」
「姉さん?」
「悪人とはいえ、人類が滅びるのを見るのは辛いわ・・」
姉の世界の方を見てみると、大陸の形が変わっていた。
元はまん丸の大陸が一つだったのに、大小様々な島々と化している。
「こ、これは・・!?」
「あっちこっちの国でね・・、ドンドカ最終兵器を使ってくれちゃったから・・」
「大陸が破壊されてしまったと?」
「(コクン)」
力無く頷く姉に、かける言葉もない。少し冷却期間を置くべきだろう。
先進的な姉の世界の住人だけあって、どんどん新しい土地へと進出して行く。
仕方なく、モンスターが避ける道を作ったり、対モンスター魔法などを用意する。
姉の世界からの住人たちが、生活できる様にと、あれやこれやと手を焼いたのだ。
流石にこれ以上は不味いと感じ、姉に声をかける。
「姉さん、姉さん! そろそろ住人を引き取っていただけませんか?」
「んーん? ああ、忘れてたわ」
まるでお煎餅でも食べながら、テレビを見ていたかのような反応である。
こちは必死になって、姉の世界の住人の手助けをしてきたのに・・
「姉さん。人類が滅んで辛いのは分かりますが、あまりにも酷いのでは!?」
「ゴメンゴメン。怒んないでよぉ」
僕自身の世界の創造はそっちのけだったのに、これはあまりの仕打ちではないか。
実の所、姉とて忘れていた訳ではない。
性急な性格ではあるが、初めて任されて大役に失敗できないと言う思い。
自分は失敗なんかしないという思いも強くあり、知らず知らずに自分を追い込んでいた。
目の前に示された結果は、ボロボロの世界と・・、人類の破滅である。
弟の手前、変な演技をしているが、かなりのショックを受けていた。
いざ自分の世界の住人を戻すに当たり、ふとした疑問が湧きあがる。
「弟君の世界って、剣と魔法の世界だったよね?」
「その通りです」
「いくら住人を戻すとはいえ、違った環境で大丈夫かしら?」
「そ、それは・・、分かりません」
こちらの都合で戻せとは言ったが、違った環境に投げ込んで苦しんで欲しい訳ではない。
「一度リセットした方が良いのかしら?」
「ま、待って下さい!? 『世界の初期化』は上司の許可が必要となります」
『世界の初期化』は世界の理を根本から変え、ありとあらゆる物が初期化してしまう。
それ故、上位管理者の許可が必要で、勝手に行ってはならないとされている。
元住人とはいえ、科学の世界から剣と魔法の世界、そして最終戦争後の世界へ・・
下地は科学の世界なのに、表面上は剣と魔法の世界のまま・・
出来るだけ整合性を取るために、モンスターや魔法などを整える。
科学でモンスターを作成すると言う秘密組織を作ったりもした。
魔法を出来るだけ科学に近い形で、使えるようにもしてみた。
これだけ頻繁に世界に干渉すれば、直接干渉率と呼ばれる監視システムに引っかかってしまうりそうなものである。
今の世界の理と、あまりに違う理を頻繁に導入すると、世界の方が勝手に、天使つまり世界管理者が、こっちの世界を望んでいると解釈して、最悪自動的に『世界の初期化』をかけてしまうのだ
上司は常に直接干渉率を監視しているはずなのに、何の音沙汰も無い。
いやそもそも一番最初に、あれだけ大量の人間を別世界に移して、何の問題にもならないのは何故だろうと思ってはいた。
「でもねぇ、そうでもしないと弟君の所から・・」
「ではこうしませんか? 半分ほど戻して様子を見ると言うのは?」
「なる程、上手くいけば残りを返してもらって・・。失敗したら?」
「その時考えましょう」
「うん。そのアイデアで行きましょう」
自分にとっては渡りに船である。ちゃっかりと乗った上に・・
「じゃあ今回の事で、貸し一つだからね?」
「・・えっ!? か、貸しって? えっ!? おかしいですよね?」
「何で? 弟くんのアイデアを認めてあげたんだから」
「元はと言えば姉さんの問題を肩代わりした訳で・・」
「それはそれ、これはこれよ?」
「なっ!?」
元の住人に負担をかけない様に、わざわざ啓示まで与えて、新天地へ行く人を募集した。
「えっ!? 嫌なら返そうか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!?」
準備万端整えた人達を、既に向かっている人たちを、今から返されても対応が・・
「わ、分かりましたから。今はそちらに行った人たちを、ちゃんと受け取って下さい」
「ええ、勿論」
慌てて姉の言葉を了承し、万事終えると一人溜息を吐くしか出来なかった。
「はぁー、どうしてこうなったんだろう・・」
弟は心労のせいか、とても大切なある事を忘れていた。
姉はその事にちゃんと気がついて黙っていた。何かに使えるだろうと。
二つの世界の隔たりが、強制的に解除されている事に。
その機会はすぐに訪れる・・
弟君の世界から、私の世界へ何やら干渉してくる気配を感じる。
「(これは・・、何かを召喚しようとしているみたいね)」
拙い力で、それこそ手探りでこちらへのアクセスを試みようとしている。
「(にぃやぁー)」
物凄く悪い事を考えている笑顔を浮かべているという自覚はある。
弟君に気付かれない様に、こっそりと繋いであげる。
「弟君、弟君! ちょっと!」
「どうしました、姉さん」
先日の事にまだ腹を立てているのか、つっけんどんな態度である。
「弟君の世界に一人、召喚されているんだけど!」
「・・えっ!?」
あまりの出来事に、驚きの声を上げる。
当然である。同じ世界とはいえ、異世界召喚には管理者の承認が必要なのだから。
「(そうそう容易く出来る筈がなく、誰かの手引きがなくちゃね)」
「あっ! 姉さん! 世界の隔たりが解放状態のままです」
「うわちゃあー!? それで管理者の承認が無くても出来ちゃったのかー」
自分でも臭い演技とは思いつつも、弟君は気付く気配もない。
「弟君! 何で塞いでおかないかなぁー?」
「えっえぇぇぇー・・、それは姉さんだって・・」
「言い訳は良いの! これで貸し二つだからね!」
「そ、そんなー・・、おかしいですよね!? 絶対おかしいですよね!?」
自分の姉とは言え、あまりにも理不尽なものを感じる。
全ての元凶は、姉さんの世界の住人を助けるためで、それこそ色々手を尽くしてきた。
「もうこっちじの方じゃ手が出せない所まで行っちゃっているから、そっちでフォローしてあげて!」
「わ、分かりました」
姉への文句は一先ず置いておいて、こちらに来る人物と接触しなくては。
彼は・・レオと言うのか。
仕方がない、勇者レベルのギフトに、タラントに、アビリティなどもろもろを付け、無事に送り出して様子を見よう。
しばらく召喚された勇者レオの動向を監視して、世界に影響のない事を確認する。
こちらからの人物を、弟君に押し付けている間に、自分の世界を冷たい目で見る。
世界は選ばれた人が新天地へ来れたと、選民意識が非常に高い。
その結果、どこもかしこも戦争や、差別で満ち触れている。
しかも魔族やモンスターに苦しめられる民をそっちのけでである。
神と言う存在を忘れ、忘れるだけでは無く不敬の念まで抱くに至っている。
一人の人物レオを、彼らの目の前で召喚してみせ、右往左往している所へ、私が管理者たる神としての言葉を告げる、「彼は他の世界の勇者として、神たる私が召喚した」と。
隣国との戦争に勝つために・・
近くに存在する魔王を討伐するために・・
案の定、彼らは独自で勇者を召喚しようとするが、上手くいくはずがない。
そしてやっとこさ私の事に頼り始める。手遅れだっつーの、バーカ・・
向こうから、こっちの世界の召喚は、私の手引きがあったから対象者を強制召喚できた。
しかし今回は、弟君にバレない様にこっそりやっているので、釣り糸を垂らして獲物がかかるのを待っている状況だ。
上手くヒットしてくれれば良いんだけど・・。
しばらくの間、付きっきりで召喚された勇者レオを監視していた。
「ふぅー、これで彼は大丈夫かな?」
世界への極端な影響がないと思われた頃、目の前を何かが通り過ぎる様な感覚がする。
「・・えっ!?」
その感覚を追跡して行くと、僕の世界から、姉さんの世界へ誰かが召喚された事が分かる。
「ま、不味い。世界の隔たりを塞ぐのをすっかり忘れていた! 姉さん!」
「んー? 何よぉ?」
「そっちに、住人の一人が召喚されました!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って! のわぁ! 何とか引っ掛かったけど戻せない!」
「分かりました! フォローをお願いできますか!?」
何の説明もなく、別の世界へ飛ばされれば、理不尽な事柄に押しつぶされかねない。
最低限のフォローをするだけでも、かなりの違いが出てくるはずだ。
「うん。やってみる!」
流石に驚いたのか、本当に時間がないのか、貸し一つとか言ってこなかった。
とは言え、落ち着けば何かしら言ってくる事は絶対である。
「今の内に世界の隔たりを、こっち側だけでも塞いでおこう・・」
そこまで考えて、実行して、改めて考える。
「姉さんの世界から預かっている住人を戻す時、再び世界の隔たりを開けるのか・・」
同じ轍は二度ふむつもりはないが、万が一という事も考えられる。
「住人の移動の話をすれば、僕の世界の人類誕生が遅れる一方だし・・」
自分の世界を見て、手付かずとなっている中央のモンスターアイランドを見る。
「仕方がない、この島で僕の人類を育成するとしようか・・。でも姉さんの住人と、僕の世界の住人が出会うと色々問題が・・」
強力な結界と守護を島の中央に創りだしてはみたものの、その中に僕の人類を創りだすまでは至っていない。
魑魅魍魎が跋扈する島で生きていけるだけの能力を与える危険や、二つの世界の住人が出会って仕舞うと言う奇跡を考えて。
向こう側の世界の隔たりが、閉じられるのを感じる。
「ごめんね、弟君」
姉の方は悪びれる様子もなく、舌をペロッと出す。
召喚した人物は、当然ギリギリでは無く、しっかりと手の内に収めてある。
「悪いけど貴方をネタに、偉そうにしている人たちにお仕置きをさせてもらうわ」
彼・・ノバを見ながら呟く。
こうして、もう一つの物語の幕が開けたのである。