盗賊の暮らし
【盗賊の暮らし】
冒険者ギルドの入り口に取りつけられているスイングドアが開く。
「(・・帰って来やがった・・です)」
職員の眉間にしわが深く刻まれ、数日前の事が思い起こされるです。
「・・お願いですか?」
「はい・・、実は・・呂銀が・・」
その一言で理解する。冒険者はその日限りの生活で、安定して収入は得られない。
怪我や病気などで、僅かばかりの蓄えが尽きれば、すぐに奴隷となる。
奴隷が嫌な者たちは・・、悪事に手を染めるのだ。
新天地に向かう者は、そこでの成功を期待して、全てを使いきって来る。
「それで、お願いとは?」
「呂銀が出来るまで、採取依頼をさせてもらって・・、その寮にお願いを」
「ふむ・・」
ギルドの職員である以上、冒険者が奴隷になるのは喜ばしくない。
ましてや犯罪の芽ともなれば、決して看過できる物でも無い。
薬草採取では、その日の宿代にもならないが、寮に暮らせば少しずつ蓄えになる。
「分かりました。採取依頼のみ受けられると言う条件で、寮を紹介しますです」
「ありがとうございます。あと、その・・」
「他にも何か?」
「もし、もしも、仮にモンスターに襲われたとしたら・・?」
「流石にその時まで、黙って食われろなって事は言いませんです」
「そうですか・・、助かります」
ギルドの職員を、悪魔か何かだと思っているのでしょうか?です。
その日のうちに、薬草採取に出かけた事は、寮で惰眠をむさぼる気がないと高評価したのが間違いだったですよ。
「あのー、職員さん・・」
「ああ、お帰りなさい、盗賊Fさん。薬草採取の依頼達成報告ですか?」
「それもあるのですが・・、森の浅い所で罠にかかっていたモンスターが居まして・・」
「・・ん? それで?」
「逃げられたら良くないと、止めを刺して持ってきたのですが・・」
「それは助かりますです。それでモンスターを倒したからって怒ったりしませんですよ?」
明らかにホッとする盗賊Fさんに、思わず殺意が湧いてしまいましたです。
「それで、モンスターは?」
「あっ、はいはい」
多分マジックバックからでしょう、普通の背負い袋から、あり得ないサイズのブラッドタイガーの死体が出てきましたです。
「ほぉー、これは見事です」
「いえいえ、罠にかかって身動きとれないのですから、これ位は」
謙遜していますが、罠にかかり凶暴さを増したモンスターの延髄に一撃とは。
「では、森のモンスター討伐の依頼料も・・」
「待って下さい」
「えっ!? 何か?」
「一応罠にかかっていましたので、罠を仕掛けた方と半々が良いかと」
「なる程」
これには驚きです。止めを刺している盗賊Fさんが黙っていれば良い事なのに、罠を仕掛けた人の事を考えられるとは。
「それとなく、狩人職の方に聞いてみますです」
「お願いします」
大々的に聞いてしまえば、自分の罠だと主張して収拾がつかなくなる可能性があるです。
「では、事後処理をお願いします」
「はい、お任せ下さいです」
しかしおかしな話だった訳です。罠を仕掛けるのは定期討伐の前日が主なはず。
さっき言っていた様に、逃げられる事があるから・・
その様な報告は受けていないです・・、前の討伐の残りの罠だと思う事にしましたです、その時は。
数日間、毎日のようにモンスターを狩って来なければ。
「・・・盗賊Fさん。もしかして・・、またですか?」
「はい、薬草と・・モンスターです」
毎日、モンスターがかかるだろうか?
そんなに討伐の際の罠が残っているだろうか?
しかし手際の良さは戦った物では無い程、見事な物です。
狩人たちは、過去の罠に付いて覚えている者は少なく、多分そうかもと、全員が全員その様に言うため保留状態です。
「ここの所、毎日じゃないですか?」
「疑われるのは仕方がないですが、ソロで倒せるものではないのはご存じでしょう?」
「そうなのですよね・・」
薬草採取しか能がないソロの盗賊。彼一人の成果とはどうしても考えられない。
「定期的に討伐をしている、冒険者の皆さんのお陰ですよ」
「そうなのですが・・」
何か引っかかりを覚えるですが、彼を論破する程の証拠がないのも事実です。
薬草の依頼料だけ受け取って、盗賊Fさんは寮へと戻って行く。
冒険者会議とは・・、この草原の国に存在するモンスターから、いかに効率よく家畜を守るか話し合われる場である。
「おい、今日もギルドの職員に尋ねられたぞ・・」
「何処何処の罠は、あなたが仕掛けましたか? ってか・・」
「ああ、そうだ」
「あの職員・・、いやギルドは気付いてんじゃねぇのか?」
その場に居合わせた、全員が全員と顔を見合わせて、苦々しげな表情が浮かぶ。
「とっくの昔に、定期討伐なんかしてない事を」
草原に現れたモンスターは、倒さなければならない。
一度襲われた場所に、必ずと言って良いほど現れるモンスターも倒す必要がある。
居るかどうか、何時襲われるか分からない森の中のモンスター・・
恐怖心から徐々に、討伐は形だけの物となった。
罠を仕掛けて、掛かっていれば倒す程度になり、今じゃ罠すら仕掛けない。
「それでカマをかけて来ているって訳か・・」
「はい、自分のですと言えば・・」
「嘘がばれて、今までの事が芋づる式にとなる寸法か・・」
これが自分の町を、商人や友や、仲間、家族を襲うなら話は違うだろう。
最初に狙われるは家畜・・、どうしても手が鈍ってしまう。
「しばらくは、ちゃんと討伐した方が良いか?」
「罠ぐらいは仕掛けた方が良いか?」
今さら感は拭えないが、今の生活を捨てるには惜しいぐらいにはなっていた。
僕といえばギルド職員の疑いの目が厳しくなってきたなぁ、と感じながら森へと向かう。
「(ん? あれは冒険者たちだよな・・。それにしては数が多い気がするけど?)」
彼らは森に入って行くと、警戒する者と、罠を仕掛ける者に分かれて動いていた。
「(ああ、あれが定期討伐か・・。それにしても何か変な感じがする)」
狩人と盗賊の罠に対する認識の違いがある。
基本的な知識には大きな差は無いが、狩人は自然に対して、盗賊は人工物に対して、より専門性を発揮し易い。
「(本当にあれで良いのか? 間違っているとしたら二割も仕方ないんじゃないか?)」
何時何処から現れるか分からないモンスターだからやむを得ないのかもしれないが、盗賊の目から見ても、適当に罠を仕掛けている様な感じがするのだ。
「(まあモンスターの習性は向こうの方が熟知しているだろうし、口出す事じゃないか)」
敢えて言うなら、モンスターがかからない様に仕掛けられている様に思える。
「(良く良く思い出せば、今まで森に罠なんか無かったぞ!? ・・まさか?)」
なんやかんや考えている内に、彼らは罠を仕掛け終わったのか町の方へと戻って行く。
彼らを見送ると、逆に森の中へ入って行く。
「罠を仕掛けるだけにしても、やっぱりおかしいぞ」
すぐ様彼らの行動の異様さを感じる。
「どうして目の前にモンスターが居るのに彼らは何もしていかなかったんだ? 感じられなかったのか? それとも居るのが分かったから警戒していたのか?」
罠を仕掛けるのは、当日見つからない可能性や、その前に森から出るのを防ぐためのはず。
目の前には、草食系モンスターが鎮座ましましていた・・
ほんのちょっと森に入れば、モンスターが居るのに、敢えて無視しているかの振る舞いはあり得ない。
自分のスキル『気配察知』は神級だからと、無理に疑念を押し込めながら、薬草だけ採取して、その日は町へと戻る。
そして翌日、スキル『隠密』を生かして、彼らの定期討伐に同行する事にする。
彼らは罠を仕掛けた森に付くと、ぐるりと一周森を回る。
「(何らかのモンスターの痕跡を探しているのかな?)」
牧草地の森とは言え、かなりの広さがあるのだから、一周するだけでもかなりの時間を要する。
「(まさか・・、たんに時間を潰してるって事は無いよな?)」
次に森の中に入ると、罠を確認して回る。
「(おいおい、だったら最初の森の外の確認と一緒にすれば良いんじゃないのか?)」
そして日が暮れ始めると、冒険者たちはいそいそと森を後にする。
「(・・これが定期討伐? 全くやる気がないぞ? それとも明日、森の奥に入るのか?)」
正直これではあまり意味がない様に考えてしまう。
そして三日間に渡り、同じような事をして、冒険者たちは過ごしていた。
宿屋から寮に移った僕は、寮に割り当てられたベッドで悶々と考える。
そこはちゃんと討伐をする冒険者達とは違う、物置の様な場所である。
「一体彼らは、何を考えているんだ?」
彼らの行いはギルドを騙し、酪農家を騙しているのだ。
「信用されないかもしれないが、明日ギルドの職員に相談をしてみよう」
納得がいかないと毛布に包まって、無理矢理眠りに付く。
翌日ギルドの窓口では、僕の話を聞いた職員が、あんぐりと口を開けていた。
「そ、そんな馬鹿な話は無いですよ!」
「しーっ! 声が大きいですよ!」
いきなり大声を出して注目を浴びてしまうが、今の段階では極秘が望ましい。
職員も辺りと見渡すと、咳払い一つで静かに席に戻る。
「その様な事は、一切あり得ませんです」
小声ながら、はっきりと言い切る。
「どうしてそのようにはっきりと言い切れるのですか?」
「彼らは日々、懸命に依頼を果たしていますです」
「失礼ですが、それはギルドに、国の人に、見える依頼ではありませんか?」
「そ、それは・・」
僕の指摘に職員が言い淀む。
確かに彼らがここ最近成果を上げているのは、実被害のある依頼だけのようだ。
ギルドの怠慢と言ってしまえばそうなのだが、定期討伐は彼ら任せだったのだろう。
「お疑いでしたら、ご自分の目で確認されたらどうですか?」
「・・どの様にですか?です」
「彼らが定期討伐の話を持ち出したら、先回りして監視するんです」
「監視・・、もし違ったら?です」
「そうですね・・、潔くこの島を、この国を出ましょう。勿論、借金でも何でもして」
奴隷にまでなると言い切って、職員を説き伏せる。
「そもそもおかしいと思いませんでしたか?」
「・・何がですか?」
「狩人職の人が、自分の仕掛けた罠が分からないなんてあり得ますか?」
「そ、それは・・」
自分の罠かどうか分からねば、獲物の取り合いになるのは先に述べた通り。
一つ二つ程度であれば、そんな事もあるかもしれない。
僕の考えた通りなら、罠を仕掛けたまま、確認もせず放置している事になる。
狩人職として、モンスター討伐する者としての怠慢である。
「はっきり申し上げますが、モンスターの素材代の半分とは言え、呂銀には十分な金額になっていると思っています」
「た、確かに・・」
「もっと盗賊職が輝ける場所へ、早い所移りたいですし、移って欲しいんですよね?」
「ええ・・、その通りです」
罠の仕掛け主不明で、棚上げになっている換金が結構な数に上っているのは確かだ。
僕の言った事は、職員自ら言った事なのだから困っている様子。
「わ、分かりました。次回、定期討伐の話があれば、コッソリついて行きます」
「僕の責任もありますので、ご一緒しますね」
「では、話があり次第ご連絡しますです」
僕は職員に黙っていた事がある。
森には一切罠なんか仕掛けられていなかった事を。
職員が狩人たちに、それとなく確認し始めてから、罠が設置される様になった事を。
冒険者たちは、端から定期討伐をしていなかったのではないかと。
数日後、そのチャンスは到来しする。
「この森に定期討伐をする、人数は十名程度で、期間は一週間程度だ」
「分かりました、お気を付けてです」
警戒されない様に普段通りに行動する。
追跡すれば気付かれる可能性があり、場所が分かっているのだからと彼らの先回りをする。
冒険者たちが到着すると、僕が見た時と同じ様に森の周りを先ずは回る。
「彼らは何をしているのでしょうか?です」
「森の状況を見ているのではありませんか?」
「・・そんな必要あるのですか? かなり時間を要しますよね?です」
「僕もそう思います」
時間をかけて一周した後は、罠の設置をして帰る。
「・・もう終わりですか? 中には入らないですか?です」
「じゃあ、彼らが何をしたか見に行きましょう」
「・・はいです」
僕は職員を先導するが、罠には一切目もくれない。
「えっ!? 罠は確認しないですか?です」
「それよりも見て欲しい物があります」
ノバの持つスキル『気配探知』には、既にモンスターが山の様に引っ掛かっていた。
ほんの少し奥に入っただけで、草食系モンスターが遠目に見えてくる。
「えっ!? 彼らはこれを見落としたんですか?です・・」
「彼らの能力の限界なのか、わざとなのかは分かりませんが」
「いやいやいや、ちょっとですよ? ほんのちょっと入っただけで・・」
彼らを信じていた職員は、あまりの出来事に混乱する。
「逃がさないと言う言い訳はありえません。森に居る事を報告する事ができたはずです。その上でどういう対策をすべきか相談なりできたと思いますが?」
「・・・仰るとおり・・です」
これだけ草食系のモンスターが居れば、何らかの手を打たなくてはならない。
「どうしますか?」
「・・後はギルドにお任せいただけますか?です」
「えっ!?」
「盗賊Fさんは、この事を見なかった知らなかったという事でお願いしますです」
「それは・・」
冒険者たちに、僕の存在を知らせないためであろう。
「・・分かりました。お任せしますが、職員さんもお気を付けて」
「勿論です」
二人は急いで彼らの先回りする様に、町へと戻って行く。
僕は職員の折角の配慮を無駄にしない様に、何時も通りの生活をする。
二日、三日は職員の姿が見えたが、突如見えなくなる。
「(もしかして、事が動き始めたかな?)」
ならばと他の職員には無駄な事を聞かず、薬草採取の依頼と、モンスターの引き取りを頼む。
何時もの職員から話が通っていたのか、スムーズに買い取りが行われる。
しかし事態は急変する・・
何時も通り、依頼の達成報告と、モンスターの買い取りに窓口に向かう。
そのまま腕を引かれて、別室の厳ついおっさんと二人っきりとなる。
「盗賊Fで、間違いないか?」
「ええ、そうですが・・?」
「おれはこの町でギルドマスターをしているもんだ」
「・・はぁ」
いきなりギルドマスターの前に連れ出される。
何となく今までの経験から言って、良くない流れである事を感じ取っていた。
「最近、森の罠にかかったモンスターを、仕留めては持ち込んでいるのは本当か?」
「はい、その通りです」
「その際に、ある職員に定期討伐のおかしい所を話したか?」
「・・それが、僕に何か関係がありますか?」
もしかしたら職員に裏切られたかと脳裏に浮かぶが、より悪い方で裏切られる。
「そいつが行方不明だ」
「・・・えっ!?」
「冒険者会議に出席すると言ってな・・、それっきりだ」
「その冒険者会議とは?」
「この国の討伐計画を立てる、冒険者たちの集まりだ」
「職員さんは、その後に?」
「いや、冒険者会議には参加してないと言っている」
本人は冒険者会議に参加すると言いながら、冒険者会議の人々は、彼女は参加していないと言う。
「もしかして・・」
「あくまでも行方不明なだけだ」
僕が最悪の事態を口にする前に、ギルドマスターが言葉を止める。
しかしギルドマスターが呼びだして、わざわざ二人っきりになる理由があるはず。
「僕にどうしろと言うんですか?」
「ん? どうもこうもない。あくまでも事実確認だ」
「・・そうですか」
そんな筈は無い。
「あっ、僕が持ち込んだモンスターの件はどうなっていますか?」
「・・・? 済まないが、まだ何も進んでいない」
台詞を棒読みするかのような僕に、ギルドマスターはいぶかしむ。
「そろそろ街を離れたいので、何とかして欲しいのですが?」
行方不明の話を聞いて、逃げる算段を始めたのだと目を細める。
「分かった。次までに用意しておこう」
「お願いします」
「(あっさり了承した? しかし待てよ・・)」
臆病風に吹かれたなら、次まで待たないんじゃあと思い直す。
「(・・・まさか、たった独りでなんとかするつもりじゃあねぇだろうな)」
無表情になったノバを見つめて、心の中で品定めする。
冒険者たちがいつものように、森から出てくると、一人の男が待ち受けていた。
「うん? 何だお前? 何か用か?」
「ここ数日、見張らせてもらいました。前回も、前々回も・・、その前からずっと」
「・・へぇー、何を見たって言うんだ?」
その場にいた、全て冒険者たちの殺気が膨れ上がる。
「定期討伐と言う名の、お遊びですよ。一応職員さんにも伝えたんですがね。目下行方不明と言う・・」
冒険者たちが、黙ってノバを囲い込む。
「職員もお前が余計な事を吹き込まなきゃあ、長生きできたのになあ」
「やはり、あなた方が殺した?」
「お前も当然、後を追う事に・・えっ!?」
突然、冒険者たちがきょろきょろし始める。
僕はその場を一歩たりとも動いていない。
スキル『隠密』の神級ともなれば、確かに見ているはずなのに、認識できない。
音や臭い、気配だけでは無く、全ての感覚外の存在になる。
「一体どこに・・。なっ!? ば、馬鹿な!」
慌てふためく冒険者たちは、次々と首を切られて血溜まりに倒れて行く。
「な、何が起きているんだ!?」
スキル『時間制御』の神級であれば、時間が停止しているのと変わらない。
「お、お前・・、何者だ」
逃げるも、避けるも、防ぐもできず、ましてや攻撃などもっての外・・
ただ慌てふためくだけで、全滅する事になる。
その足でギルドに向かうと、ギルドマスターとの面会を求める。
「今日は何の用だ?」
「お金をもらいに来ました」
「・・用意してあるぞ」
ギルドマスターから皮袋を受け取ると、冒険者登録証を渡す。
「・・これは」
ギルドマスターの目が、鋭いものになる。
「森で見つけました」
「こんな枚数をか? とんでもない化け物が居たもんだな」
一つ一つの登録証を目を通す。
「この町の冒険者もだいぶ減っちまったな。どっかに・・って、おい! ・・これでも一応、元高ランカーのギルドマスターなんだがなぁ」
話をしている目の前で、ノバの姿を見失う。
目の前にいるのか、既に部屋を出たのかさえ分からない。
「とんでもない化け物が居たもんだ・・」
果たしてそんなギルドマスターの呟きを、聞いていたのかどうか・・




