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人魚姫のカウントダウン

作者: 二条 光

他サイトの企画(お題:クリスマス・めくられないカレンダー)参加作品です。

 プロローグ


 子どもの頃から人魚姫の話は嫌いだった。私だったら王子を刺して、その後を追うのにって思ってた。

 自分独りだけ不幸になるなんて、悲しすぎるわ。

 王子だけ幸せになるなんて、自分以外の女と幸せになるなんて。私には考えられない。



 1.うらぎり


 壁に掛けてある日めくりカレンダーの前に立ち、それをじっと眺めた。

 ゆっくりと慎重に23の数字を破ると、当然24が出てくる。


 ああ、ついについにやってきた。


 今日は12月24日。世でいうところのクリスマスイヴ。

 世間は浮かれてるわ、きっと彼も。


 今日は彼の27回めの誕生日でもある。さらに、明日は彼にとってこれからの人生を約束されたと喜ぶ日ね、本当ならば。


 あの日からカレンダーをめくるたび、この日がくることを指折り数えていたわ。

 数時間後、彼の苦痛にゆがんだ表情カオを想像するだけで笑いが込み上げそうになる。

 私を抹殺した罰よ。覚悟してね。


 ◇◆◇


 半年前、私は彼に殺された。


「ここにいる二人、我が社のホープ・宇田蒼くんと愛川妃美さんが婚約しました」


 あれは6月のある月曜日。

 部署内の朝礼で彼と社長令嬢の愛川さんが部長の隣に並んでそう紹介された。

 周りは拍手喝采、笑顔で二人を祝福してる。


 ――宇田蒼クント愛川妃美サンガ婚約シマシタ


 めまいがした。吐き気がした。

 足の力が入らない。震えがとまらない。


 彼は私の恋人ではなかったのか。


 幸か不幸か。私にとっては間違いなく後者であり、彼にとってはおそらく前者だろう。

 社内恋愛をウチの会社は快く思われなかったから、私たちが付き合っていることは秘密にしていたから。


 ――宇田蒼クント愛川妃美サンガ婚約シマシタ

 ――宇田蒼クント愛川妃美サンガ婚約シマシタ

 ――宇田蒼クント愛川妃美サンガ婚約シマシタ


 部長の言葉が木霊する。真夏の蝉の大合唱みたいにワシャワシャと五月蝿く鳴り響いている。


 きっとなにかの間違いよ。


 その日の昼休み。

 すぐさま彼にメールを送った、「どういうことなのか説明してほしい」と。

 だけど、返信は一向に来なかった。いつもならば、いくら遅くても翌日までには返信をくれる彼だったのに。


 婚約をきく前日まで何事もなく、私たちは愛し合っていたはずなのに。私の耳元で「愛してる」と囁いていたはずなのに。「来年になったら結婚しよう」と言ってくれていたはずなのに。


 嘘だったの? ねぇ嘘だったの?


 いつもならば、偶然を装ってエレベーターや給湯室、自販機コーナー、様々な場所で一緒になったりしていたのに、すれ違うことすらない。部署内にいて、視線すら合わないなんて。

 避けられてる、間違いなく。


 婚約発表から一週間後、意を決して彼の自宅へと押しかけることにした。


 日曜の午前。連絡しても無視されると思った私はアポなしで彼のアパートを訪ねたわ。

 前日、会社の同期との飲み会に参加したことはSNSで確認済み。こんな翌日は昼頃まで寝てるのが彼にとって常。


 ピンポーン。インターフォンを押すけれど、チャイムには反応しない。

 でも、電気メーターもまわってるし、絶対にいるはず。おそらくはきっと覗き穴から私の姿を確認して居留守を使おうとしてるはず。

 だから、しつこいくらいにインターフォンを押してやった。


「……なに?」


 驚いたことに、めんどくさそうに出てきた彼はきちんと身なりを整えていた。

 飲み会の翌日の午前中に、会社で見るようなよそいきの姿をした彼を見たのは初めてだった。


「今から愛川さんが来るんだ。用事ならここできくから、すぐに帰ってほしい」


 驚いて言葉を発することが出来ず立ちすくんでいた私に、彼は追い討ちをかけてきた。

 きっと鬼の形相でインターフォンを連打していた。

 ここに到着するまでに言ってやろうと思っていたことはたくさんあった。だけど、なにひとつ言えず。


「なにもないならもう帰ってくれるかな? ……もう俺とは関わらないでほしい」


 ――モウ俺トハ関ワラナイデホシイ

 ――モウ俺トハ関ワラナイデホシイ

 ――モウ俺トハ関ワラナイデホシイ


 ねぇ、それが愛し合っていた私に言う台詞? ねぇ、私たちは結婚まで誓った恋人同士じゃなかったの?

 ねぇ、全部嘘だったの?


 マグマのように、私の中に湧いてくる負の怨念。それは私の心にサタンが入り込んだかのようだった。



 2.くものいと


 私以外の女と幸せになるなんて許さない。彼だけが幸せになるなんて許せない。

 地獄に堕としてあげるわ。

 ねぇ、私と一緒に地獄に堕ちましょう。きっといいところよ、私と一緒なら。

 幸せになりましょう、私と一緒に。


 ◇◆◇


 その日から、ありとあらゆる復讐方法を模索した。

 そうして見つけたのが服毒。

 ベタね、薬を盛るなんて。

 でも、なんのとりえもない私から社長令嬢に乗り換えるなんて出世欲のある人間のベタな彼にはぴったりだわ。


 *****************************


 結婚おめでとう。クリスマスに挙式だなんて素敵だね。

 ねぇ、蒼。私のさいごのお願いをきいて。

 そうしたら、もうあなたの連絡先はちゃんと消すし、もうあなたにつきまとったりしないから


 *****************************


 メールの返信がきたのは翌日。「わかった」という一文だけだったけれど。


 罠に近づいてくれてありがとう。

 一緒に地獄に堕ちましょう。私と一緒なら地獄だって天国よ。

 ねぇそうでしょ。


 その翌日から毎朝起きてまずやること、それは日めくりカレンダーを破くこと。

 さぁカウントダウンのはじまりよ。

 あなたをあやめて、私も。他の女には渡さない。


 一緒に天国へ逝く日まであと何日?

 毎朝、カレンダーを破るのがこんなにもワクワクするなんて。まるで遠足を楽しみにしてる子供みたいだわ。



 3.ろうそく


 *****************************


 さいごにあなたの誕生日をお祝いさせてほしいの

 それだけでいいの


 *****************************


 ピンポーン。指定していた時間ピッタリにウチのインターフォンが鳴った。

 さぁ、いらっしゃい。天国まであとわずか。


 玄関を開けると、神妙な面持ちでいた。当然よね、私を一度殺した身なのだから。

 フフフ、でも私は生き返ったのよ。そう、あなたとともに天国へ逝くためにね。


 彼がリビングの二人掛けのテーブルに腰を下ろす。

 そう、その場所は私と食事をする時にいつも座っていた場所。

 ありがとう、ちゃんと覚えていてくれて。私の目の前で逝くのにはとっても適した場所だと思うのよ。


「今日はね、蒼の好きなチーズケーキを作ってみたよ」


 そう言いながら小ぶりのホールケーキを冷蔵庫から取り出す。

 さいごの晩餐は私の作ったチーズケーキ食べたいっていつか言ってくれたよね。

 ねぇ覚えてる?


 彼はうつむいたまま。表情は無に近く、どういう想いを抱いているのかまったく見当がつかない。

 でもまさか、私から殺されるなんて夢にも思っていないでしょうね。

 せいぜい、言い訳じみたことを考えているのかもしれないわ。

 「ごめん」? 「これにはワケがあって」? そんな言葉でも吐くのかしらね。


 私はロウソクを7本ケーキにさし、ライターで火を点す。


「ハッピバースデーツーユー、ハッピバースデーツーユー。ハッピバースデーディア蒼。ハッピバースデイツーユー」


 パチパチパチパチ。私だけ拍手をする。

 蒼と社長令嬢との婚約をきかされたあの日のことが思い出されて屈辱がよみがえってくる。

 でも、もうそんな侮辱に涙するのはおしまい。


 炎がゆらゆらゆらゆら揺らめいている。


「さ、吹いて」


 そう促され、彼はふーっと息を吹きかけて火を消した。


「おめでとう!」


 彼は相変わらずうつむいたまま。


 ねぇ、蒼。

 死神がロウソクの寿命を握っているの。あなたの命の灯火はもうすぐ消されるのよ。


 ケーキを切り分けて彼の前に差し出した。


「さ、食べて。これを食べてくれたら帰ってくれていいから」


 のっそりと彼は顔を上げる、その瞳にはいっぱいの涙を浮かべて。唇を噛みしめて私を見つめる。


「ごめんっ!」


 彼は深々と頭を下げた。


 あぁきた。

 言い訳? 見苦しいわね。

 フフフ。

 だけどこれでもうあなたの声をきくこともできないんだし、最期の言葉、とくときいてあげるわ。


 彼は再び顔を上げる。それは苦渋に満ち満ちた表情。


 フフフ。

 まだ早いわよ、そんな表情をするのは。これからよ、あなたが罪悪感に苦しむのは。


「一緒に逃げてくれないか?」


 そう告げた瞬間、彼の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 え……?

 ――一緒ニ逃ゲテクレナイカ?


「愛川さんに気に入られてて、前から社長に娘との縁談をまとめられようとしていたんだ。だけど、俺はそんなことしたくなかった。そんな中、俺の父親が事業に失敗して借金の肩代わりに愛川家に婿養子に入るようになったんだ。だけど、やっぱり俺、お前と別れたくないんだ!」


 彼は一気にそう話すと、私の取り分けたケーキをかきこんだ。



 エピローグ


 子どもの頃、人魚姫の気持ちには寄り添えなかった。

 どうして? どうしてなの?

 私には疑問符しか浮かばなかった。

 そして、私ならば王子を刺すのに、そう思っていた。


 実際にそうなってみればそう、後悔しか残らないものなのね。

 人魚姫の選択は正しかったのね。

 王子に幸せになってほしかったのね、きっと。

 王子に生きていてほしかったのね、きっと。

 私にはどちらも選べなくなってしまったのね、もう。


 ごめんなさい、王子様。

 あなたは私との未来を最期まであきらめなかったのに。


 だけど、私はあなたさえいれば地獄だって天国だと思ってるの。それだけは今も変わらないわ。


 ねぇ、王子様。

 私と天国で幸せになりましょう。天国で結ばれましょう。


 ねぇ、私の王子様。


 ◇◆◇


 人魚姫は泡となって消えました、王子様とともに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うみのまぐろです。面白かったです。 手作りの食べものは安易に口にしてはいけないという教訓です。 やはり二条様、念みたいなものを書くのがお上手だと思います。
2017/03/22 09:04 退会済み
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