外伝 「篠崎さんと杜若さんの帰り道」
「ザ・堀Day」
甲州街道沿いにある焼き芋屋さんである。
客層は主に女性全般。
街道沿いの空き地に焼き芋屋の移動屋台の軽トラを止めて、ベニア板にマジックで手書きの看板を掲げただけとか味のありすぎるお店なのだけど、そんなの別に焼き芋の味には関係ない。
じゃんじゃん焼いて、片っ端から売っていくスタイルで、絶妙な焼き加減とリーズナブルな価格から、地元女子高生や主婦やら、OLなんかがこぞって買いに来る人気のお店だった。
テーブルなんて、気の利いた物なんてないので、皆大体歩きながら食べるか、その辺のガードレールやらに腰掛けるとか、近所の公園のベンチでゆっくり食べるとかだいたいそんな調子。
同じデザインのセーラー服を着た篠崎伽耶と杜若葵の二人も例外ではなく、二人並んでガードレールに腰掛けていた。
「どうぞ、篠崎さん! 今日は私の奢りとさせてもらうからね。」
そう言って杜若さんは篠崎さんに湯気の立つ焼き立て焼き芋を差し出した。
「えっと…杜若先輩、どうもです。」
ペコリと頭を下げて、焼き芋も受け取ると、篠崎さんも焼き芋を一口。
実はこの二人、つい先程までガチの殴り合いをしていたのだけど…すでに戦いは終わっており、杜若の提案で「ザ・堀Day」に寄っていこうと言う話になり、お互い常連だったと知ったのもつい先程。
「ああもうっ…結局、時間切れで引き分けなんだもんなぁ…久々に空也ガッコに来たから、一緒に帰れると思ったのになぁ…。」
「それはこっちのセリフですっ! 先輩っ!
いつも邪魔ばかりして、何でわたくしと空也先輩の仲を引き裂こうとするのですか?
先輩と私は、運命の出会い…将来を近いあった仲なんですよ?
…あの日、優しく手を差し伸べてくれた先輩の優しい瞳…素敵すぎ…はぁ…。」
うっとりと空也との出会いを語る篠崎さん。
駅で人混みにぶつかって、倒れそうになった所をとっさに支えてくれた。
実はそれだけだったのだけど、篠崎さんの脳内妄想が暴走した結果、色々アレンジされてしまったらしい。
「はいストーップっ! それはその辺でいいよ…今度、ゆっくり聞くからさ。
何で邪魔するのかって…だって、私…空也の幼馴染だもん。
10年越しの恋心舐めてる? 悪いけど、ぱっと出のアンタに譲る気なんかないわ。
アンタこそ、私に譲るもんでしょうか…後輩なんだし!」
腕組みをして、胸を張りながら「幼馴染」と言う言葉を強調する杜若さん。
積み重ねた年月と言うものは重いのだ…この点については篠崎さんは勝負にならない。
迷惑がられてるのは薄々察してるのだけど…それでも振り向いて欲しいのだ…だって、篠崎さん恋する乙女なんだもの…。
「ね、年月なんて関係ありませんよっ! じゃあ、質問変えます…。
今、わたくし達は何をしてるのですか? 拳交える恋敵同士で仲良く並んで、お芋さん食べてるってどうなんでしょう?」
そう言いながらも、ホムホムと焼き芋をかじる篠崎さん。
だって、冷めたら美味しくない。
だから、奢ってもらった以上は黙って食べるしかないのだ。
女の子とは、恋バナ以上に美味しいものに目が無い。
それは篠崎さんだって一緒なのだ。
「そだね…私らは要するにお互い恋のライバルだからねぇ…。
でも、今日はもう引き分けで手打ちって事でお終いにしちゃったじゃない。
お腹空いたし、どっちも「堀Day」の常連だって解かったことだし、ここは私が篠崎の健闘を讃えたってことでよくない?
と言うか、奢ってもらって食べときながら、文句言わないでよ。」
そう言いながら、杜若さんも一口齧ってほっこり笑顔。
「はぁ…先輩相手にしてるとなんか調子狂いますね。
確かにお芋さん美味しいです…お芋さんに免じて今日のところは手打ちにします。」
そう言って、篠崎さんは一口食べて微笑む。
終始鉄面皮のクセに、不意打ちでそれは破壊力抜群だろうと杜若さんも思ったりするのだけど、口には出さない。
と言うか…杜若さん、実は案外女の子も好きなので、「よく見るとこの娘、めっちゃ可愛くね?」とかなんとか思ってたりもする。
ど付き合いなんてやってると、お互いの身体に必然的に触るのだけど。
篠崎さん…胸とかお尻もご立派なもので…杜若さん的には羨ましくもあり、触り心地とか抜群だったりするのをよく解ってる。
ぶっちゃけ…自分が男だったら、絶対こんな娘ほっとかないなんて、密かに思ってたりもする。
「私は、篠崎さん別に嫌いじゃないからね…。
強いヤツとやり合うのは楽しいし、その…男の趣味だって一緒だから…ねぇ。」
そう言って杜若さんは苦笑する。
確かにこの二人、その点だけは一緒…空也くんのいいとこ探しなんてやらせたら、どちらも張り合って延々続けそうだった。
「そうですね…仰る通りです。
わたくし達はどっちも男性の趣味については、お互い文句は付けられません。
ひとまず、今日はもう諦めます…焼き芋、奢って頂きありがとうございました。
次はわたくしがご馳走させていただきますね。
先輩に借りは作りたくないので…。」
「ホント? じゃあ、今度京八の高山ラーメン一緒に行こうぜ! あそこのびっくりパフェ、一度食べてみたかった!」
「それって…こないだテレビでやってましたよね…。
と言うか、後輩に普通そんなのタカります? しかもあれ…ピッチャー入りのデッカイやつですよね…太りますよ…。」
そう言われて、杜若さんも一瞬固まる。
「カ、カロリーとかはちゃんと計算すれば大丈夫! だと思うよ?
食べた分、ちゃんと運動すれば問題ないし! 二人で分ければきっとちょうどいいよっ!
篠崎はスイーツとか興味ないの?」
「あります! すごくありますよっ! わたくし、甘いモノは大好物なんです。
そのびっくりパフェ…一人ではラーメン屋なんて入りにくくて…空也先輩と行きたいなぁ…とか思いますけどね。」
「あはは…アイツは頼まれると嫌とは言えないからね。
たぶん、誘えばつき合ってくれるよ…けどね。」
「葵先輩を倒さないと…ですね!」
「そゆこと! けど、篠崎もあたしの事、名前で呼んでくれんの? んじゃ、あたしも伽耶ちゃんって呼ぼうかな!」
「やめてくださいよ! そんなの…まるでお友達みたいじゃないですか!
でも、一緒にパフェ食べるくらいならいいですよ…わたくしも行きたかったですし…下見って事で!」
「ふふっ! 拳を交えた同士にしか解らない事だってあるのさ…伽耶ちゃん…。
んじゃ…次の日曜でも一緒に食べ歩きデートでもしようぜ…そんな訳で、またねっ!」
そう言って、手を振ると杜若さんは、篠崎さんと別れ、家路に着く。
篠崎さんも、彼女を知る人が見れば驚くような柔和な表情で、もうすっかり暗くなってしまった町並みを行く。
「葵先輩と…お友達…ですか。
ふふっ…それも悪くないですね…なんか楽しみになってきちゃいましたわ…。」
そんな風に独り言ちて、立ち止まると、篠崎さんは髪の毛をかき上げる。
冷たい北風が吹くのだけど…不思議と寒さは感じなかった。
…とある晩秋の出来事。
実はこの出来事が、この二人のながーいお付き合いのきっかけなのだけど。
二人共、自分達の未来の運命なんて知る由もなかった。
現在進行中のくろがねで、杜若さん&篠崎さんペアが登場したので、この二人の現実世界での話も出そうかなと思って、以前書いていた外伝的エピソードを出してみました。
ガンフロ…受けは良くないんですけど。
実はくろがねの補完エピソードとかもいっぱいだったりします。
まったり進行ですけど、こっちも捨てがたいので続けます。




