第二話「華麗なる陰謀!?(蠣崎波響『夷酋列像』)」 〈1〉
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「友紀さん〈音声ガイド〉してくれませんか?」
まどかクンから電話で美術館デエトのお誘いがあったのは、昨夜のコトである。
〈音声ガイド〉とは遠まわしな云い草だが、要約すると、
「区立美術館で催されている『江戸のアイヌ絵展』を観に行きませんか?」
と云う意味だ。あいかわらず素直ではない。
私は中退した函館の大学院で日本美術史を専攻していたので〈アイヌ絵〉については知らない人より知っている。
「そりゃかまわんけど、ふたりきりでよいんかい? 一応、マネージャーの杉田さんも連れてきたら?」
ヤボと知りつつ、ツマラナイ提案を受話器の向こうへおくる。
松本まどかクンは、大学生にして新進気鋭の女優さんである。
昨年、ポロッポ・ビールのキャンペーンガールに抜擢され、いささか知名度も上がった。居酒屋や定食屋で彼女のポスターを見かけることも少なくない。
ちなみに、ハイレグビキニではなく清楚な浴衣姿である。
水着で勝負するには胸部の高低差がとぼしすぎる……などと本人の前で致命的欠陥を指摘すれば、120%の確率で血の雨が降るだろう。
近頃はTV出演も増えはじめ、わが水羊亭画廊で顔をあわせることよりも、プラズマ画面を通して見ることの方が多くなった。
そんな売り出し中の若手美人女優が、私のようなグッドルッキン・ガイとふたりきりで歩いているところを、たとえばテイゾクな写真週刊誌やセンテンススプリングにでも撮られてしまったら、いろいろあとあと面倒なのではないか? と、私なりに気をまわしたつもりだったのだが、一笑に伏された。
「それ、オッカシー。大丈夫ですよ。友紀さんなら、マヌケなマネージャーにしか見えませんって」
どうも、私とまどかクンでは私の外見に対する印象がいちじるしく異なっているらしい。さりげなく「マヌケ」とか云われてるし。はなはだ遺憾である。
……とまあ、どうでもよいことはさておき『江戸のアイヌ絵展』の「音声ガイド」は快諾した。
アイヌ絵をまとめて観られる機会なぞ滅多にないので、前々から楽しみにしていた展覧会なのだ。
まどかクンの興をそそる展覧会とは思えなかったが、彼女から私を誘ったのは多少お詫びの気もちがあったからかもしれない。
実はこの夏、閑古鳥の世話に明け暮れること必然の画廊を休業して、世界最大の自転車ロードレース『ツール・ド・フランス』を観に行くつもりでいた。
フランスと云えば、ルーブル美術館やポンピドゥーセンターもお目当てのひとつではあるが、どうしてもブザンソン市立美術館へ寄りたいと思っていた。
ブザンソン市立美術館には江戸時代に描かれた豪華絢爛な「アイヌ絵」が所蔵されているのだ。
しかし、渡航3日前。私は「秀吉の肖像画」をめぐる連続殺人事件に巻きこまれた。一時は無能な警察から容疑者あつかいされる始末。
そのきっかけをつくったのが、たまたまポロッポ・ビールのキャンペーンで名古屋を訪れていたまどかクンだった。
そのため、フランスへの渡航は国家権力にはばまれ、私は天下御免のハイパー・クリエイター華響院薫にふりまわされるカタチで〈秀吉肖像画連続殺人事件〉解決の現場へ立ち会う羽目となった。
まどかクンは私を事件に巻きこんだことで自責の念をおぼえていたらしい。
彼女もだまされて事件に巻きこまれたひとりであり、とがめる気もちは微塵もなかったが、それでもしばらくはそのことを気に病んでいたとマネージャーの杉田さんから伝え聞いた。
『江戸のアイヌ絵展』では、私がブザンソン市立美術館で観たいと思っていた「アイヌ絵」も展覧会の目玉として出品されている。
まどかクンはそのことを知って私を誘ったのだと思う。
ようするに、そう云った経緯でもなければ、私が女性から誘われることもないのだ。とっほっほ。