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第一話「タレ耳のオオカミ!?(狛犬談議)」〈4〉

   5



「そう云えば、友紀(ともき)さんの狛犬年賀状の中に、フツーの犬の姿をした狛犬がありましたね」


 まどかクンが云った。


「あれ、おもしろいだろう? 千葉県船橋市へ仕事でいった時、たまたまとおりかかった小さな神社で見つけたんだ。たしか、そんなに古いものではなかったと思うんだけど」


「どれです?」


 神原芳幸が訊いたので、私はパソコンの電源を入れてその狛犬の写真を表示した。


 ひとつはタレ耳でキツネのようにとがった顔の狛犬。もうひとつもタレ耳で口吻(こうふん)の短い犬である【図1】。


挿絵(By みてみん)


「これは三峯(みつみね)神社ですね……」


 取材した神社のデータを見た神原芳幸の目の奥が笑っている。なにかに気づいたらしい。


友紀(ともき)さん、まどかさん。ざんねんながらこれはイヌではありません。これはオオカミです」


「ええええっ!? 」


 私たちは絶句した。神原芳幸のおだやかな口調からくりだされる奇矯(ききょう)な発言にはなんども舌をまいたおぼえがある。


 しかし、どこをどう見てもオオカミには見えない。今回ばかりはからかっていると思ったのだが、彼はしずかに断言した。


三峯(みつみね)神社は、1790年頃、秩父連山で派生した山岳信仰を起源とする神社です。主な祭神は大口之真神(おおくち-の-まかみ)。神格化されたオオカミなのです」


 もっとも古く神犬信仰がおこったのは両神(もろかみ)神社だそうだが、現在もっとも崇教者の多いのは三峯(みつみね)神社と云われている。盗賊(泥棒)除けのお札で有名なのだとか。


 稲荷神社の狛犬(正しくは眷属(けんぞく)、あるいは神使と云う)がキツネであるように、三峯(みつみね)神社の眷属はオオカミだと云う。


「このぶんだと、友紀(ともき)さんの狛犬フィールドワーク画像ファイルには、もう少しオオカミがまざっていると思います。ちょっと見せてもらってよいですか?」


「え、ああ、よいよ」


 私がパソコンの狛犬フィールドワーク画像ファイルをひらいて席をゆずると、神原芳幸はすごいいきおいでファイル確認をおこない、数葉の画像をピックアップした。


「これらがオオカミです」


 私とまどかクンはパソコン画面をのぞきこんだ。ピックアップされた画像の狛犬はいずれも質素なカタチをしていた。


 なるほど。云われてみればオオカミっぽい。中にはキツネと見まごうものすらある。


挿絵(By みてみん)


 念のため、取材時のデータを確認すると、それらはすべて「三峯(みつみね)神社」と記載されていた。まったくもって不勉強を恥じるしかない。


眷属(けんぞく)としてのオオカミ像は、狛犬とは異なり歴史もあさいため、きわめてふつうの動物に近いカタチをしています。主な特徴として、うきでたアバラ骨やキバ、細長い尻尾などがあげられます」


「それにしたって、これらのオオカミ像と最初のオオカミ像【図1】じゃカタチがちがいすぎるだろう。なんせタレ耳だぜ?」


「たしかにキバは強調されていますけど」


 まどかクンが指摘する。


「【図1】はかなりめずらしいタイプですが、オオカミ像にまちがいありません。参道狛犬フィールドワークの第一人者・三遊亭円丈師匠はタレ耳もオオカミ像の特徴としています」


「だとしても()せん。タレ耳のオオカミなんてオカシイだろう? ニホンオオカミにしろ、日本に昔からいる犬種(秋田・柴・甲斐(かい)・四国・琉球(りゅうきゅう)・北海道など)も、すべて立ち耳じゃないか。そもそも、むかしの日本にタレ耳の犬種なんかいたか?」


「闘犬で有名な土佐犬がいるじゃないですか。あれはタレ耳ですよ」


「……なるほど。さすが、まどかクン。よく気がついたネ」


 あっさり答えが出たなあ、と思ったら、


「土佐犬は、19世紀のはじめに日本在来種と西洋のボクサー種をかけあわせてつくった犬種なので存外新しいのです」


 神原芳幸がやさしく指摘した。


 元来、タレ耳の犬は「突然変異体」だったと云う。野生では自然淘汰(とうた)されてしまう運命にあった。


 しかし、現在、世にあまたあるタレ耳の犬種は人為的な保護や交配、異種交雑によって遺伝的に定着した犬種なのだそうだ。



   6



「日本絵画に描かれている犬の耳は、どうなっているのだろう?」


 私は風俗画(ふうぞくが)や絵巻の載っている美術全集のページをめくってみた。


「図版じゃ小さくて見にくいものも多いけど、まあまあ描かれているものだね」


 有名な『鳥獣戯画(ちょうじゅうぎが)』の有名でない場面に描かれた犬。


六道絵(ろくどうえ)』や『九相図(くそうず)』で屍肉(しにく)をむさぼる犬。


「犬追物」などの狩猟図。


『月次風俗図』などで庶民とともに暮らす犬など、描かれ方はさまざまである。


 また、立ち耳の犬とは云え、その耳は常にピンと立っているわけではない。警戒時や威嚇(いかく)時、走っている時には伏せられることもある。


 そう云ったことをかんがみても、およそ日本絵画に描かれている犬の耳は、立ち耳と云える。


「そら見ろ、やっぱり立ち耳じゃないか」


「本当にそうですか?」


 神原芳幸が桃山時代以降に日本で描かれた漢画のページをめくる。私は瞠目(どうもく)した。


 そこには、タレ耳の犬がいた。

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