道中2/12
この話、人間出そうかどうしようか迷い中
出たとしてもおそらくかなり先
『ですから、それは違います。私は素晴らしく高度なAIであり、マギナテックの最高傑作なのです。お嬢様の制作に始まり、ありとあらゆる機能を自ら開発、追加できるように設計された私がポンコツなどというのは明らかに不当な評価ではないですか』
「生物を触れないくせに」
『あんな肉と血の詰まった臭いタンパク質の塊とふれあうお嬢様のほうが異常なのです。ああ、やめて。そいつをこっちに近づけないで! なんという暴挙を繰り返せば気が済むのですかお嬢様!?』
正四角柱の治められた立方体だけがブルブルと線を震わせる。目の前に迫ったリスのような生物がコアである水晶体にタッチする度、ヴィランは悲鳴のような声を上げた。
人間探しの旅路の途中、マキナに寄ってくる野生の小動物は多い。マキナに危害を加える機がないということと、完全な無機物であることから生物特有の気配というものが欠けているのだろう。まるで木の上に登るかのように、リスの子孫である生物が彼女の手から肩を駆け回っていた。
「ワタシの体も動物繊維を用いれば効率的だった」
『まさか、あのような汚らわしくも毛むくじゃらな者共の一部をこれっぽっちだって使ってやるものですか。そもそもお嬢様の体は機械文明の結晶であり、そこにマギナテックが組み込まれているからこそ美しいのです。動物繊維? あんなもの、すぐに劣化します。更には欠ける、すり減るといいところなど一つもありません!』
きっぱりと言い切る割には、語尾がノイズ掛かった荒々しいものになっている。嫌悪感を全く隠せていない、そんなヴィランが生粋の動物嫌いなのは今に始まったことではない。彼は過去に嫌なことでもあったのか、それとも彼自身が持つ持論なのかはわからないが、とにかく動物――特に毛むくじゃらの動物全般が苦手である。今のように少しでも近づかれてしまうと、万能アームで追い払うというアイディアが浮き上がるよりも、ただ怯えて金切り声を上げるのだ。
まるでゴキブリに怯える人のようなその反応に、マキナはくすくすと無表情で笑うばかり。ちなみに、ゴキブリは未だにその種の形や大きさを変えること無く生き残っている。ある意味で完成された生物であるがゆえに、人類の唱えた種の保存に含まれない害虫でありながら、普通に生き延びているあたりは流石というべきか。
マキナたちが住んでいた家よりも、40万キロメートル先の大地を踏みしめたマキナたちは、未だに人類に出会うことは出来なかった。加工された道路もなく、ただ生い茂った森を抜け、伸びきった雑草だらけの草原を風とともに駆け、数万年でその形を大きく変えた谷の間を跳びはねる。進んで、進んで、進み続けてはや1年。疲れも知らず、エネルギーも取らず、ただ人間の感性をそのチップの中枢に残す両者は自然の生み出す光景に感嘆としながらも、文明の痕跡すら見えない現状に一縷の不安を感じていた。
40年もの間、拠点を中心とした一国程度の面積を隅々まで探していた彼らにとってこの一年はあまりにも短く、不安を感じるにはまだ早いと思うかもしれない。実質的な寿命は我々人間よりも遥かに長いのだから、もっと気楽でも良いだろうとも考えることも出来るだろう。
だが、ヴィランの知識から探し回った各地に、人間の暮らしていた痕跡すら見つからないと言うのは、あまりにもおかしいことであるのだ。ヴィランの中には、それこそ誰かが詰め込んだ古今東西、この千年前までの出来事であるなら事細かに森羅万象のデータがつめ込まれている。当然、その中には人間が未開発の土地で暮らすための環境や、生活の中で必ず作るであろう生活廃棄物、道具のIfの姿まである。膨大ではあるが、それらのデータをほんの一瞬の間に照合させられるヴィランが居れば、よくあるドラマの探偵のように気づかないであろう証拠から人を特定することも可能だ。
だからこそ、そうした痕跡の欠片すら見当たらないというのはそもそもこの豊かであるはずの土地ですら人間は暮らそうとはしていない、もしくは暮らしていないということの証明になる。もっと豊穣の約束された大地で暮らしているのか、それとも……という結果に行き着いてしまうのである。
「大陸を移動する必要があるかもしれない」
『そうですね、私のデータベースには、残念ながらここがどのような土地なのか、はたまた旧オーストラリアのような孤島の大陸であるのかは記されておりません。私も目覚めたのはお嬢様を作成するほんの10年前。今でこそ、お嬢様に付いて行ってはおりますが、それ以前は自ら行動など起こそうとも思わなかった孤独なAIでしかありません』
「ニート思考なのはいつも通り」
『また前時代的な言葉を持ち出しましたねお嬢様。マギナテックが開発されるよりも以前の、資源を浪費するしかなかった時代ではないですか』
「罵倒に関しては触れない辺り流石」
『まさか、可愛い可愛いお嬢様が口汚いはずがありません! そんな風に育てた覚えはございませんし、私のように高尚で華麗なAIがまさかそんなクソだなんて言葉を言うはずもありませんし』
酷いナルシストであるが、これもまた通常運転である。それに無言でジト目の無表情を向けるマキナではあるが、視界なぞ見ての通りあるはずがないと白を切るヴィラン。まったくもって平行線で不毛な戦いが幕を開けた、と思われたその時だった。
彼らの歩く森の茂みが大きく揺れた。マキナの身長よりも巨大な草木が、あますところなく揺れたのだ。つまり、それだけ巨大な生物がそこに潜んでいるということになる。
『おや、どうやら招かれざる客のようですね。しかし、なんでしょう。なんとも言えぬこの感覚。まるで私の一部分が惹かれるようなピリピリとした嫌な感覚です』
「同感」
じっとその茂みを見据えるマキナ。両手をダランと垂らした自然体ではあったが、マギナテック技術の結晶であり、なにより機械文明を主とした頑強な体がある。だからこそ、クマの子孫となる生物が出てきたところで大丈夫だろうという気持ちで茂みから正体不明のそれが出てくるのを待った。
そして飛びかかる黒い影。マキナは当たり前のようにその場から消えるように移動する。目標を見失った生物といえば、勢い余って多少よろけながらもすぐさま体勢を持ち直しマキナに向き直った。
「正体不明、これはなに」
『…? これはおかしい。なんでしょうか、ニホンオオカミは人類の氷河期以前に絶滅しています。野生化した犬にしてはあまりにも造形が』
ヴィランの言葉を途中で切って、それは再びマキナに飛びかかる。狩猟のためにしてはあまりにも長い爪。獲物を狩るにしては荒々しすぎる跳びかかり。そして何より、過去現在古今東西のどの動物よりも素早い動きをする狼のような何かは、あっさりとマキナの片腕に捕まれ、その前足の一つを握りつぶされた。
『毛むくじゃらめ思い知ったか! …失礼、お嬢様。非常に、ひっじょ~~~うに嫌ではありますが、すこしばかりそちらの生物を観察するまで抑えておいてもらえるでしょうか』
「わかった」
前足の一つを潰されたというのに、痛がる素振りも身の危険も感じずただただ狂ったように叫びを上げるその生物に、ヴィランの水晶球から一筋のレーザーが照射された。次々と出てくるバイタルサインやパロメーター、数々の生体情報を記すウィンドウと既存の生物のウィンドウが重なって、照合の度に数%の進歩を出しては☓印が浮かび上がる。その間、マキナが上から片手でその生物を押さえつけているため、逃げ出すことも跳ね除けることも叶わなかった。
そして結果は出た。真っ先に疑われた犬や狼ですら類似率は30%を下回っている。そして驚異的なスピードで行われた大規模な種の特定作業は終了。ウィンドウが次々と閉じていき、あいも変わらず水晶球の中で立方体の線が揺れた。
『もう結構ですよ』
「わかった」
マキナは掴んでいたもう一つの足とともに、わけのわからぬ叫びを撒き散らし白目をむいて暴れまわる犬の首をひっつかんで、そのままギリギリと万力のような力で握りつぶした。表皮が耐え切れずに下から飛び出した骨が、この生物自身を傷つけて首をミチミチと内側から貫いていく。やがて、完全に命を絶たれたそれは彼女たちが歩く場所より遠くに投げ捨てられた。
「なんだったの」
『信じられませんが、やはりというべきでしょうか。奴はこの先年の間に変異したであろう新種の生物です。もっとも、進化の仕方は実に残念な方向でしたがね。唾液から排泄物に至るまで、ありとあらゆる体液がほとんど残っていませんでした。代わりに魔導文明の基礎的なマテリアルである粒子が挿入されています』
「拒否反応と自我の崩壊」
マキナは死骸を見下ろした。握り砕いて無残になっている首の肉は乾ききっているようにも見える。体液が一つとして無い異常な光景は、生命として逸脱したモノであると認識するには十分すぎた。もちろん、そんな状態になった命が正常であるはずもない。
『ええ、ですから正気を失ったように暴れていたのでしょう。世界の破滅と緩やかな人類の衰退とともに、この地球では我々では知り得ない何かが変化している。我々が生きていたあの地域では確認できなかったのは、なぜでしょうね?』
「ワタシたちに知る由はない」
『ええ、そうです。情報が圧倒的なまでに足りておりません。この世界に対して我々はあまりにも無知なのです。そう、天才的な発想を持つこの私であっても、中にあるのは千年前の人類栄華の知識のみ。いま、この現代において千年前の知識が一体何の役に立つでしょうか?』
「わかっていながら変えなかったのはヴィラン」
『否定はしませんよ、私も逃げたかったのかもしれませんから。この誰もいない現実から、人に親しい感情と心をプログラミングされている私は、孤独というものに酷く弱い。ですから、私のクチは決して閉じることはありません。まぁ開くことも物理的にありえませんが』
「そこまで言えるなら問題ない」
立方体の中の正四角柱がブルブルと縦に揺れる。こうした、ヴィランの弱気な発言を効くのはマキナにとってははじめてではない。自分の意識が作られる10年以上前から、たった一人で動くこともなく、あの家の中で過ごしてきたヴィランの心境は、マキナに想像する事はできない。マキナは生まれたその時からヴィランという存在が共にいたから、孤独というものを味わったことがないのだ。
彼の寂しさを紛らわせるには、この喋り続ける製作者の言葉を保管するように短い言葉を紡いでいくことしか出来ない。ヴィランの欲望のために造られたのではなく、マキナ自身の自由意志から生じた行動は、しかしヴィランの心を埋めることができているのだろうか?
しかし、マキナはあまりにも無知である。そして忘却する。たとえヴィランがその全てを覚えていようとも、忘れるという機能を持った彼女は、記憶の細かな点をニンゲンのように忘れ、そして薄れさせる。そうする機能は、マギナテックにも機械文明のアンドロイドにも必要のない機能。これをつけたのは、同じことであっても新鮮に聞いてくれる存在が欲しかったヴィランの願望が現れたものなのだろうか。
「結局のところは疑問にもなりはしない」
『どうなさいましたかお嬢様。何かお悩みでも?』
「悩みといえば悩みかもしれないが問題はない」
『そうですか。心とは他人にも、ましてや自分自身でも、決して底の見えない深い井戸です。あまり思いつめず私に話せばよろしいのです。私はあなたのためにありとあらゆる機能を付け加えたのですから。どのような些細ごとも私の手にかかれば万事解決ですとも』
「ヴィランは問題を大きくした事のほうが多い前科がある」
『なんですって、そんなことはありませんとも。ええ、確かに12年前に傷ついた小鳥をラボに持ち込んだ時はそれはそれは汚らわしいあまりに発狂しかけて小鳥を圧砕しかけましたが、きちんと再生医療によって羽の一枚まで治療したではありませんか!』
「そのあと親のもとに戻れなくなった小鳥があなたのアームを喋んだせいで家が半壊しかけたのは問題じゃないとはいえない」
『あ、あれは仕方ありません。というかお嬢様、そのようなことは覚えておいでなのですね。まったく忘れるという機能は此処ぞという時ばかりに機能していない』
「印象深いことはずっと覚えている」
無表情の視線を向けて、マキナは告げる
「あなたと出会ったあの時のように」
立方体は震え上がり、中にある正四角柱は真っ赤になりながらクルクルと回った。
あからさまキャラ付けだが、好きな人は好きだろうなぁという。
まぁ私の好きな性格ぶっこんでるだけ。