起動01
イメージのままに、あなたは想像してみてください
遥か未来。ついに、人間は魔導という素材<マテリアル>を発見した。新たなおもちゃを手にした人類は、幾度のも実験の末に魔導をおとぎ話の世界のように、どのような人間にでも使えるような世の中に変えた。
かくして、人類には黄金の時代が訪れたようにも思えた。だが、それから数百年後。人間は当たり前のように戦争のためにその魔導を使用する。かつての核戦争が忘れ去られたわけではない。ただ、魔導を用いれば核の汚染は時間がかかろうとも取り除ける。そうした慢心がもたらした破滅だ。
この物語は、魔導が発見されてから数万年後の未来の話である。氷河期をも乗り越え、時代に打ち勝った人間と機械。彼らの過ごす、世界の話だ。
『おはようございます。今日も良い朝ですよ』
よく通る、男性の声を模した電子音声が彼女の覚醒を促した。目を開き、ほんの一瞬だけ体の内側のそれを低く唸らせた少女は直立に立ち上がる。彼女の周りには、寝具のようなものはなく、服のようなものもない。裸のままで眠っていたらしい。
とはいえ、裸といえるかは疑問である。彼女には銀のリングのような装飾が五体とのつなぎ目にあり、首・手足、そして胴体の堺になる部分は数多のパーツが入り交じる関節部で繋がれている。……そう、彼女は人のようにも見える機械人形だった。
起動を果たした彼女は、一度だけ目を光らせ、視界に繋ぐデータの道を作る。暗闇から一転して自分の手と服を認識した彼女は電子音声の方へと向き直る。
「おはようヴィラン」
彼女は、肩のあたりで切りそろえられた白髪を揺らして、抑揚のない声で言った。これもいつものやり取り。それから、ヴィランと呼ばれた電子音声は、器用にもため息を再現しながら、彼女に向かってコードの塊のようなアームを伸ばす。
40年以上もの間、当たり前のように行われる朝の支度だ。一日を動いた彼女をスキャンするためのアームが、先端に付いたレンズに彼女の全身を捉える。システムチェック。オールグリーン。よほどのことがない限り、40年間この表記が変わることはなかった。
『マキナお嬢様、今日のご予定は?』
「いつもどおり人類の探索」
『ですが、周囲40万キロメートルに人類らしきものは見当たりませんでした』
「なら、もっと外へ行く」
『…………』
マキナ、と呼ばれた少女が宣言すると、ヴィランは押し黙ったようにアームの動きを止める。ついにこの時が来たか、という思いが彼の回路を駆け巡っていたからだ。
40年。一般的には人が成長し、定職につき、新たな子孫を残すには余りある時間だ。それほどの時間を掛けてなお見つけることの出来なかった人類とは果たしてどのようなものなのだろうか。彼女はその一つの好奇心から、人類を見つけようと躍起になっているのだ。
そんなマキナが生まれる、いや、製造される前から彼女の完成と世話をしていたヴィランからしてみれば、いつか言い出すのではないかとここ5年間は常々考えていた事態だ。どこからか、喜ばしいといった感情も湧き出してくる。高度な自己進化を果たしたAIであるヴィランは、その感情にほんの僅かな時間、電子頭脳を浸らせた。
『了解しました。思えばあっという間に過ぎて行きました。我々からしてみればほんの僅かな時間でしか無かったようで、しかしあなたと過ごした時間は素晴らしく濃密でした』
「ヴィラン、今まで世話になった」
感慨深く語るヴィランに対して、そっけないようにも思えるマキナの言葉。しかし、彼女はこれでも最大限の感謝を込めている。ただ、その変化を読み取れるのはヴィランくらいしかいないだけである。だからこそ、ムッとするような感情もなく、ヴィランはつらつらと閉じない口を開いた。
『ええ。40年間、お嬢様のことを見守り続けてきた。そしてこれからも見ていきたいと思う気持ちに変わりはありません。私はあなたがいてこその存在。あなたを必要としているのです』
「それでも、ワタシは行く」
『そうでしょうとも。そういうのはわかっていました。一度決めたらあなたは壊れても進んでいく』
マキナの足は四角い鉄で出来た家の外へ向いた。
『お待ち下さい』
今日はじめて、短い言葉がヴィランから発せられる。だからマキナは振り向いた。
「どうしたの」
『私がいなければ、お嬢様は1年と活動することは出来ません。あなたの体には半永久的な動力があるとはいえ、その体は私の予備パーツの寄せ集め。おまけ程度の自動洗浄の限界を超えるのはそう遠くない未来です』
「知っている。だから動く間に探す」
『ええ、ええ。そう仰るだろうと思っていました。ですがこのまま行かせれば、私は我が子にも等しいあなたを見捨てたと言うことになる。そうならないためにも、私は準備を進めていました』
ヴィランがそう言った瞬間、彼女たちの住んでいた建築物が大きく揺れた。普通の人間なら地面に手をつき、這いつくばらざるをえない揺れにも微動だにしないマキナは、疑問のこもった無表情でヴィランを見つめる。
『お嬢様は一旦外へお願いします。ただし、その前に出発してしまわないように。フリではありませんよ。くれぐれも、勝手に、出発しないように、お願いします』
「わかった」
言って、マキナの姿は掻き消える。人間のようにも見えるが、やはりその運動能力は人間の常識を遥かに超えた技術の粋。ほんの数秒も立たないうちに、外へと移動した彼女は、轟音とともにバラバラのパーツが分解し、再構築される住処の様子を不安の入り混じった無表情で見届ける。
やがてヴィランの中枢がある部屋に何本ものアームが殺到し、火花が飛び散った。人間なら思わず耳を防ぐような激しく擦れ合う金属音も意に介さず、まばたき一つなくその様子を見つめること約1分。アームに乗せられた銀色の何かが彼女の前に差し出された。
「これはなに」
『……改めて、おはようございますお嬢様。これはあなたのために魔導機術<マギナテック>を詰め込んで作成した私の依代でございます。これまでのようなメンテナンスはもちろん。私の素晴らしい語彙力も損なわれてはおりません』
「あなたは旧世代の知識を知ったかぶるのが得意なだけ」
『これは手厳しい』
ヴィランが自称する依代と呼ばれたそれは、我々の機械というイメージとは程遠い姿であった。まず、透き通るような赤い水晶のようなボールが一つ浮いているだけ。それが時にヴィランの声とともに伸び縮みしながら、中にある立方体と正四角柱の組み合わさったような立体的イメージ映像を震えさせている。この図形的なイメージこそがヴィランの顔ということになるのだろうか。
SFで出てくるような立体映像と、魔法の道具に存在しそうな透き通ったボール。彼が言う化学と魔導が組み合わさった魔導機術<マギナテック>とは、まさにその名の通りと言ったところだろうか。
『これならば、お嬢様もあと300年は稼働できます。ええ、まずはそのポンコツ甚だしい体を一新することからはじめなければ。ああ、この辺りの土地には鉱石遺物が無かったので楽しみですね』
「ならいこう」
『ちなみに私は自立浮遊できますので、お嬢様? そのように割れんばかりの力で掴むのはおやめください。組成上、圧縮された戦術核の直撃でも破壊されないとは言え傷がつくのはアイタタタタタ』
立方体の中の正四角柱が震えながらグルングルンと暴れまわった。マキナはなるほど、とこれまでよりずっとわかりやすくなったヴィランの感情表現方法に納得する。面白そうだな、という無表情を水晶球に向けた彼女はブンブンとヴィランを振り回しながら歩き始めた。
目指すは自らも知らぬ土地の果て。生き延びた人類と出会うために。
『今日も今日とて素晴らしいメンテナンス日和ですね。私が、もといお嬢様も暇を持て余していらっしゃるようですし、歴史のお勉強をしましょう』
「発作は起きない」
『ヒステリーではなくヒストリーですお嬢様。それとも何ですか、私がヒステリーを起こすようなAIに見えるとでも仰るのですか。ああ、私は悲しいです。どうしてお嬢様がこのように曲がった性格になってしまったか。育てたやつの顔を見てみたいですね』
「目の前にある」
『さて、それでは生き残った人類の歩みを振り返りましょう』
さらっと流したヴィランは、立方体の方をワナワナと震わせながら言う。
『現在、生き延びた人類の大半は魔導技術のみを使用しております。かつての栄華を誇った機械文明はむしろ、積極的に破壊するような国もありますね。なんと恐ろしい人間なのでしょう。私のような善良なAIですら機械の混じったマギナテックである限り、彼らのターゲットになるのでしょうか』
「本題を早く」
『さてさて、これら機械文明に拒否反応を示す人類もあれば、むしろマギナテックを利用している人類も存在します。とはいえ、これも千年前の記録。今もまだ栄えているかどうかはわかりませんがね』
水晶球から飛び出したイメージ映像がマキナの目の前に並べられた。森の中の雰囲気をぶち壊す立体映像の横では、中に正四角柱が入った立方体がグワングワンと回転している。映像の中では空を飛ぶ人間や、タイヤのない車。指から炎を出して鍋を振るう成人女性の調理風景などがあった。
『ここは機械文明も取り入れていた国です。特徴的なのが、人間の繁殖はマギナテックの一つである大母体<デミ・マリア>を用いていたということでしょう。これについては、お嬢様は覚えておいででしょうか』
「おおよそは覚えている」
『それでは、今一度このマギナテック、大母体<デミ・マリア>のおさらいと行きましょう。いえ、数あるマギナテックの中でも忘れるという機能を持って生まれたお嬢様だからこそです。もう一度覚え直すというのは悪いことではありません』
「その機能をつけたのはヴィラン」
『ですね』
悪びれた様子もなく、ヴィランは続ける。
『大母体<デミ・マリア>は人間の種の保存を考えて製造されたマギナテックです。構成されるパーツはクローニングで作られた生体パーツが多く使われています。大母体は人間の生殖器を持ち合わせ、100人の人間を横につなぎあわせたような異形の人体を持ちます。このような醜悪極まりないデザインではありますが、人間の繁殖機能という点では本来の人間をも上回りました。そう、魔導技術の一つである育成魔導によって』
続いて映しだされた大母体の映像。100の腹と200の足を持ち、一つの頭部がある異形は、両足の先が徐々に機械化していた。幾つかの腹は膨れて子を宿していることが分かる。そして、大母体の100の腹のヘソの穴に、試験管が挿入された。それから数分も経たないうちに、大母体の腹は臨月まで膨らんだ。
他の場面に移り変わる。産み落とされた赤子はアームで丁寧にカプセルへと移され、その中に入れられる。この中で赤子は知識を刷り込まれ、もう一度育成魔導を掛けられることで小学生あたりの年齢まで1年という僅かな期間で成長するのだ。
『こうすることで人類の絶対数は増加しました。この国が今も存続しているというのなら、どう考えても頭のイカれたとしか言いようが無い、失礼。万年春の花畑が頭のなかにあるとしか思えないクソ野郎が製造した大母体<デミ・マリア>を中心とした都市があるでしょう。もっとも、私の観測できるあの拠点から40万キロメートル以内には確認できませんでしたが』
「それでもあるのならば探すだけ」
『ですね。さて、歴史と言えるかどうかもわからないお時間でしたが、メンテナンスの方は終了しました。さぁお嬢様、旅を続けましょう。このような毛むくじゃらが蔓延する森のなかと言うのはどうにも苦手です』
立方体の中の正四角柱が、捻れるようにすくみ上がる。傍らに浮くそれにクスリと笑ったマキナは、しかし無表情である。そもそも、彼女もまたマギナテックの産物とはいえ、体は全体的に硬質なヴィランの予備パーツの寄せ集め。動かす表情筋がないのだから仕方がない。それに、ヴィランは見ての通り生身が苦手で生体パーツの加工は不得手だ。
『ああ、見えてきました。なんと美しい光景なのでしょう。もっとも、あの中に数多の生物がうごめいているというのならば台無しなのですが』
「あなたは一言余計」
『これが性分なもので』
出発を決意してはや1ヶ月。休みなど必要のない機械の体。サクサクと歩いた先は、40万キロメートルを越える境界である。未知と不安、そして多大な好奇心と楽しみが入り混じった無表情をヴィランに向けたマキナは、一歩を踏み出した。
『おめでとうございます、お嬢様。こちらが40万キロメートルの先。つまりはまったく未知の世界となりますね。いやはや、私のようなAIが存続しているかもしれないと考えるだけで心なしか背筋が震えます』
「震えさせているのは四角柱」
ピタッと止まった立方体の中の正四角柱を横目で見つめたマキナ。彼女を待ち受けているのは、何であるのだろうか。
何年ぶりだろうか。名前も変えて心機一転。
新しい小説を投稿してみました。ちょっと世界観が独特すぎるので読む人選びます。
更新については就活の途中だったのであまり期待しないでください。