第2章
夢の中なので舞台が急展開する。
「アン」
私は結婚式で彼女の姿を見た瞬間に絶句してしまった。
これまでに私が見た女性の中でも隔絶した美を彼女は持っていた。
堅物の甥のチャールズが彼女に一目ぼれしたのも無理はない。
彼女の姉のメアリも決して不美人ではなく、世間一般では美女で通るだろう。
だが、彼女と比べると明らかに見劣りしてしまう。
彼女と結婚できるのなら、私は大公家を賭けても全く悔いはない。
傾国の美女というのを初めて自分は目にしたと確信した。
彼女、アンを私が最初に見た時、彼女は泣いていた。
彼女は私と結婚するのが嫌だったからだ。
彼女はチャールズに魅かれていた。
チャールズの妻でもあるメアリは、結婚式の前にアンが2度とチャールズと浮気をしないように、結婚式の際にアンに誓約させようと画策していた。
私は、アンの顔、姿を見た瞬間に、メアリに同調した。
こんな女性を手放せるものか。
永遠に連れ添いたい。
だが、アンは頑なだった。
結婚式の誓約で、私と最後の審判まで連れ添う羽目になっても、アンは私に心を開こうとしなかった。
最後の審判まで、私に心は許さない。
そうアンは思い込もうとしているようだった。
しかし、皮肉にもチャールズの子がアンの頑なな心を壊してしまった。
私と結婚するのが嫌なアンは、結婚前にチャールズと密通していた。
それによって、アンは妊娠したのだ。
私には、アンの心中がよくわからないが、このことがアンの心が壊れる発端だった。
「子どもが生めないメアリは、私を大公家の跡取りを作る道具とみなしたの。だって、私とチャールズの密会を知りながら阻止しなかったの」
心が壊れかけたアンはそう周囲の親しい人に訴えるようになった。
その証拠としてアンが挙げたのが、アンの妊娠祝いに来た時のメアリの態度だった。
メアリはアンの顔を見て思惑通りになったと確かに嘲笑したというのだ。
実際にメアリは、アンとチャールズの密会を把握していたらしい。
だが、結婚前の最後の逢瀬だからと腹は立ったが、メアリは大目に見たと私は聞いている。
そもそも、密会イコール妊娠になるわけがない。
それなのに、メアリがアンとチャールズの密会を黙認したのは、アンに大公家の跡取りを産ませるためだというのは、論理の飛躍にも程があった。
だが、壊れだしたアンの心は崩壊の一途をたどった。
私は男の子を必ず産む。
そして、メアリはそれが分かっていたから、チャールズとの密会を阻止しなかったとアンは思い込んだ。
そして、アンは本当に男の子、エドワードを産んだ。
エドワードの出産は難産だった。
出産に立ち会った医師が、エドワードを優先するか、アンを優先するか、最後の決断を私に迫ったほどだ。
幸いなことに最終的に母子ともに助かったが、アンはこの難産で心を完全に壊してしまった。
エドワードが男の子なのを見たアンは、自分の妄想が正しかったと確信してしまったのだ。
私は、思わず途方に暮れたが、皮肉にも心が壊れたアンが私にしがみつき、私に溺れるようになった。
「ごめんなさい。浮気をした私が悪かったの。私を許して。そして、私を抱いて」
アンは私の顔を見るたびに哀願するようになった。
美人でスタイルが抜群のアンに哀願され、抱きつかれて、そう迫られて耐えられる男はいないと私は思う。
気が付けば、私もアンに溺れるようになり、お互いがお互いに溺れるようになっていた。
それに私がアンに溺れた要因がもう一つあった。
帝室との対立である。
私は戦争を知らずに生まれ育った。
そして、帝国イコール帝室という常識を持って生まれ育った。
それなのに、帝室から攻撃されてきたとはいえ、今の自分は帝室に対して武装抵抗をして、戦争を引き起こそうとしている。
このストレスから自分は眠れなくなる等、いろいろ問題を引き起こした。
そして、そのストレスから逃れるために、私はアンに溺れるようになった。
アンに溺れている間は、私は帝室との対立を忘れ去っていられるのだ。