第1章
朝日の光が、寝室に射してきて明るくなったことで、自然と目が覚めた。
妻のアンは未だに寝ている。
このまま寝かせないといけない。
起きると、必ず私を求めて来るからだ。
私はそっとベッドから身を起こして、ベッドから滑り出た。
「ヘンリー、ずっと傍にいて。私を抱いて。そして、私を護って」
アンは寝言を言っていた。
いつものことだ。
「お目覚めですか」
私が寝室から忍び出るのに気づいた古参の侍女が、私に密やかに声を掛けた。
私は黙って肯いた。
「食堂に朝食を準備してあります。どうぞ」
侍女は私に言った。
私は着替えて食堂に向かい、朝食を取ることにした。
食堂で私が一人で食事をするようになってどれくらい経つのだろう。
子ども達は皆、義姉に預けたままだ。
妻のアンは心が壊れてしまい、寝室から出ようとしない。
寝室の外でしないといけない入浴等は急いでして、すぐに寝室に戻る有様だ。
当然、食事も三食全て寝室でアンは取っている。
「今日は、義姉のメアリが見舞いに来る日だったかな」
私は、秘書を事実上している侍女の1人に声を掛けた。
彼女は肯いた後で言った。
「いつも通り、昼過ぎに来られるとのことです」
「そうか、それまでは居間で仮眠して休もう」
私は義姉が来るまで転寝をした。
その際に夢を見た。
妻のアンを娶るまでの夢を。
「私の妹アンと結婚してください」
義姉のメアリが夢の中で私に頼んだ。
この時は義姉ではなく、義理の姪なのだが、夢の中では彼女は必ず義姉になる。
「皇帝の恋敵になれと」
私は軽く笑って答えている。
夢の中での私の視点はなぜか第三者にいつもなる。
「アンは傷物です。チャールズが傷物にしました」
「何と」
そんなことをメアリは実際には直接は言っていない。
だが、夢の中のメアリは大抵、私にそういう。
「大公家の大醜聞を防ぐためにも、あなたにはアンと結婚していただかないと」
「分かりました」
メアリの権幕に私は押されてしまい、アンとの結婚を承諾する。
そんなことはない。
実際のメアリは私に頭を下げてアンとの結婚を頼んだのに。
何で夢の中のメアリはこんなにも居丈高なのか。
アンが私に夜毎、メアリを悪魔だと吹き込むので、夢の中のメアリは居丈高なのだろうか。
いや、もう一つ理由がある。
アンと私が結婚する。
これには大問題があった。
帝室からアンは求婚されていたのだ。
それなのに、私がアンと結婚するということは、帝室の面子を潰すことだった。
前々から帝室は大公家を潰そうとしてきた。
それなのに、私がアンと結婚するというのは、帝室から大公家の挑発行為とみなされても仕方なかった。
「アンと私が結婚するということは、帝室に刃を向けるようなものです。場合によっては帝都で兵乱が起きてもおかしくありません。あなたに覚悟はありますか」
「あります。私は姉妹揃って幸せになりたいのです」
あの時、メアリは私の目をまっすぐに見て答えていた。
帝国上層部が戦争を忘れて200年以上が経つ。
そして、上流貴族の男たち程、戦争を忌避する時代なのに、メアリは背筋を伸ばして、私に答えた。
本気でそう思っているのか、却って、練達の政治家の私が疑うほどの澄んだ目をメアリはしていた。
その覚悟を今でも彼女は続けている。
彼女は悪魔の化身なのではないか。
そう思わないと女性の身で準備をしてほしいという私の要求に応えることなどできるはずがないと思える。
だが、彼女は着々と準備を進めている。
私が恐怖を覚えるほどに。
そう、私がアンにどんどん溺れているのは、彼女の行動のせいもあるのだ。