ソリトゥード
「間に合った…。」
サルガスが呟く。
「何!…どうして…そして、その姿は…!」
暗殺者のムーリフが見たのは、輝ける結晶の鎧を身に纏った師、サルガスの姿だった。
「これが、《輝石竜》の本領です…。」
サルガスは言った。
自身の手を見、動かす。ガシャリ、と鉱石の集まりが動くような音。
そして、ムーリフの目の前から消える。
「ッ!?」
ムーリフが向いたのは左後ろ。
既にサルガスは攻撃の体勢に進んでいた。
「ぐぅっ!!」
ムーリフは刀で攻撃を受ける。
サルガスが持っていたのは、鉱石の斧。
持ち主の鎧と同じように、ダイヤモンドのように輝き、まばゆい白をはじめとして様々な色が目に映る。
「近接が出来るようになったところで!」
「それだけではありませんよ。」
サルガスの斧からムーリフ刀に伝わる物が一つ。
冷気。
刀を駆けている水が、凍り始めていた。
「まだですよ。」
ムーリフは自身の足元に熱が走るのを感じていた。
「くっ!…」
大きく後ろに跳んで距離を取る。
「まさか…まさかな…。貴様自身が、その竜、その魔法鉱石、アマダンタイトだと…そう言いたいんだな…!」
「ご名答です。」
サルガスは揚々と言う。
「私の辿り着いた一つの形。私自らが魔法薬であれば。と、何度思ったか。その時、思い出したんです…。アマダンタイトという魔法鉱石。全ての魔法薬をその粉から生成出来るというそれはとてつもなく稀少で、それを守り、蓄える竜がいると…。まさか三年で見つけることが出来ようとは…私も思っていませんでしたが。」
「そんな…バカなことが…!だがしかし…!」
そう言って動きだそうとしたムーリフは異変を感じる。
(体が重い…!?)
「重力の事象です…。即席でもなかなか良い出来だ…。」
「それでもッ…!」
ムーリフも不可視の速さでサルガスへと詰め寄る。
「はぁぁぁあ!!」
雷を帯びた刀が、サルガスの胴へ向かう。
が、体を斬ることは叶わない。
「忘れましたか…?アマダンタイトは超硬鉱石、容易く刃を通すことは出来ませんよ。」
「そうだったな…!」
「そして、既に私はこの勝負に勝ちました。」
サルガスは目を瞑り言った。
「ふざけるなッ!まだ勝負は!…」
「私は、魔法薬で唯一再現できない物がありました。炎です。炎は環境や燃やしている物等によって色を変えることができます。しかし、彼女の…彼女の炎だけは、一度。それも一瞬しか再現できなかった…。しかし、今はもう違う。」
サルガスはムーリフに背を向ける。
(再現できない炎…まさかッ!?)
「 不視憧炎 」
そう言うと、ムーリフの体を圧倒的な熱が包む。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁおおおぁあぁあ!!!」
(やはり、色のない炎か…!)
「えぇ、アマダンタイトの力で私も、火の国の名に恥じない魔法士になることが出来ましたよ…。」
「殺さないのか…。」
しばらくして、二人は言葉を交わす。
「貴方は私に殺された…そういうことにしましょう。貴方は自由の身です。」
「自分の力で勝ち取っていない自由なぞ…!」
そう言ってムーリフは立ち上がる。
「なら、あなたの勝ちだ…私を放って…好きなところへ行くといい。」
サルガスは倒れる。強大な力の代償はやはり安いものではなかったようで、体は動かさず、口が辛うじて動かせる程しか、彼の体に力は残っていない。
結晶の鎧は消え、赤いスーツで床へ。
「フン…今回は殺さないでおいてやる…次は詠唱破棄者のムーリフとして殺しに来てやるよ…。」
「それは…楽しみだ…。」
少し前、階段。
『主よ。心は決まったか…。』
「なんだよファフニール…そりゃあ勿論…」
『どちらを救う。』
「どっちも救う…。」
『お主では無理だ。ワシでも、ダイモスでも、星の力でもの。』
「そりゃそうだ…。」
『なら、一体…。』
「もう決まってるんだ。いや、前から決まってたんだ。世界が、望んでる気がする。」
その時、ブレスレットがスライドする。中から美しく整ったフレームと機関が光を放つ。
すると、カイルの中の何かが巻き戻る。
「うっ…!」
胸から、赤黒い結晶が落ちる。
地に落ちたそれは、ガラスのように地面で砕け散った。
頂上。
拳と共に響き合う。魔法士達の声。
「『お前の目的は!』」
『言うまでもないです。時魔法を操る巨大魔具、《時計》で時を創成まで巻き戻し、私だけが生物を管理する美しい世界をもたらすのです。全ての生き物が己の力だけで覇権を勝ち取る世界、それを統治する絶対的な存在に私はなる!』
「『そんな自分勝手は理由で皆が生きてる世界をぶっ壊されてたまるかッ!《時計》とやらは俺が解体する!カペラさんの手を煩わせたりしない!』」
『本当にそれが出来たとして、あの人の命は長くないのですよ?カイル君。』
「『ッ!?…それでも俺は、これ以上何かに振り回される彼女を見たくない!自由奔放で、何者にも縛られない彼女に、俺は惚れたんだッ!』」
二人はぶつかり合う。
お互いに。
『フフ…にしても、前から腕はさほど変わっていないようですが…?まだ私は本気を出せていませんが。』
「『っ…上等!カペラさんを傷付けた罪は償ってもらう!』」
風によるスピードアップ、風の派生属性である雷がさらに加速を促し、その加速で打ち出される拳は黒い星の竜、カノープスを直撃する。
『ほぅ…まぁまぁですかね。こちらもお返しします…!』
炎を纏った拳がカイルを直撃する。
「『ぐぅっ!?』」
純粋な腕力だけでなく、星の魔法による超高温の拳は、凄まじいダメージを誇る。
しかし、それで怯むカイルではない。
空中で姿勢を戻し、そのまま空を蹴って加速。
拳を突き立てる。事は出来なかった。
氷の柱がカイルの前に立ちはだかる。
『さぁて、砕けますかな?』
しかし、対策をしていない筈は無い。
既に自らの魔力で《魔法剣》を生成。
剣は氷の結晶の中に入りこんでいた。
「『弾けろ…雷の災風魔!』」
結晶内に広がった雷の衝撃波は容易く柱を砕く。
しかし、その奥から火炎球。
カイルにぶつかり爆発した。
「『ぐっ…!』」
『いやいや、見くびっていました。しかし、決定打に欠ける…。』
そう言うと、カイルは笑う。
「『そうか、だよな。今までの俺には足りないよな…!』」
『何か秘策があるとでも…?』
「『あぁ、ここで成功するかもわからない。もし成功したとしても、次はいつになるかわからない、秘策だ。』」
カイルはブレスレットを前に出してそうカノープスに言った。
『そんな賭けで私を倒そうと…?面白いですね。』
「『いくぜ…!《帝王輪》!』」
[ Sovereign's bangle ignition ]
電子音声が起動を確認すると、カイルが元の姿へと戻る。
「『いくぞ、ファフニール、リーレイ、ダイモス!これが活路だ…!全部出し切れ!』」
『『『勿論ッ!』』』
三体のドラゴンは声を揃えると、カイルの体へと入り込む。
そして、カイルの周りに風。
ごうごうと吹き荒れながら緑の風は色がつく。
赤。
炎が風と一緒にカイルの周りを回って行く。
そして、それを絶ち切るように雷が走る。
雷が地に落ちた時の煙が風でカノープスへ吹き付けられる。
「『三神龍帝ぅぅぅぅぅぅ!!!!』」
『ほう…これは…随分面白い…。』
元々のファフニールとリーレイの組み合わせの時の体に、時折入るオレンジのカラーリングが全体を引き締める。
肩の金の鎧が少し大きくなり、そこから伸びるのは雷に覆われた炎の翼。
キドの腕輪でも取り除けなかった星の、害の消えたほんの僅かだけ残った力によって、本来不可能な三体のドラゴンを繋ぎ合わせるカイルの最終進化。成功率数%の奥義はこの大事な局面で見事覚醒した。
「『…悪いが、お前に立ち止まってる暇はない…。すぐそこに、助けを待ってる人がいるからな。』」
『…!』
そう言い終わらない内に、カイルはカノープスの眼前に迫る。
「『うぉぉぉぉおぉぉぉおおおお!!』」
拳を凄まじいスピードで叩き込んでいく。
元々超火力を持つ畏炎龍の炎を星の力で増強し、拳に纏い前述の風と雷の加速で打ち込む。
カノープスの拳など足元にも及ばない。
『ぐぁ…!しかし…。まだ!』
「『お前に何かをさせるつもりは無いッ!!』」
カノープスを突き飛ばし、そのまま右手を出す。
カノープスが飛ばされた先に、魔法剣が出でる。
ダイモスとの竜依による大剣。
炎が集まり、爆発の準備をしカイルの号令を待つ。
「『畏怖も凍える絶対爆発!』」
爆発。
だけではない。
すぐさま周りから熱を奪い。炎に呑まれたカノープスを凍りつける。
『グッ…貴様ぁ!』
自らの炎で氷を溶かしていくカノープスに、カイルは既に止めの構えをとっていた。
『…ッ!?…』
足元の氷だけは、溶けないのである。
超高温の炎ですら溶けない氷に目をくれている内に、カイルはカノープスへと跳ぶ。
風で加速。炎の翼が大きくなり推進力を得、雷が掌に集まり、炎の風が周りを伝う。
握った拳は、すべてを護る為にある。
「『お前のバカな計画は止めるッ!参龍肆魂撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!!』」
(『私の負けか…。星の力に手を染めて誰より強くなっても、思いには誰も勝てないと言うことですか…。』)
全身全霊の一撃は爆風と電撃と拳で、カノープスを仕留めたかのように見えた。
「『…お前は…!』」
『グッ…ガハッ…!』
三龍一体の姿が解け、ファフニールとリーレイの組み合わせに戻ったカイルの前にあったのは、カノープスの力なく倒れる姿。
何かによって掻き消された最後の一撃の代わりに、短剣が刺さっている。
カイルの肘から指の先まで位であり、美しいエメラルドグリーンである。
そして彼の横には友、スハイル。
彼には傷は無いが衰弱していた。
そして、目の前にあるのは王の姿。
どこからともなく持ってきた椅子に座り、カペラを抱える。
黒い鎖の浮かぶ赤いローブ。
所々に銀の入った黒髪。美しく整った顔。
そして、力なく目を開けたカペラが言う。
「あなたは…」
協会の、偽りの王は呟く。
「ようやく…会えた…。カペラ…。」
カイルは夢を思い出す。
城の夢。
絵のある長い廊下を歩く夢。
いつも辿り着けなかった最後の場所。
その光景を、カイルは知っていた。
盲目的に。
カペラを抱えて椅子に座る、シリウス王の姿。
そして、その先。
現実と同時に頭の中でそれが再生される。
二人の唇が触れ合うと、カイルは激昂する。
「テッメェエェェェェェエエエエェェェェェェェェェェェエェェエ!!!!!!」
To be continued




