グリモア
用語解説
オウィディウス
32歳で竜と化し、住んでいた村の都合上家族との別れを余儀なくされた。
三つ首のドラゴンは史上彼が初めてであり、三つ首の竜と言えばオウィディウスの名が最初に挙がる。
その後、後を追うように娘のアプラがドラゴンとなった。現在アプラは目撃情報が報告されるが、オウィディウスは召喚術でしか目撃出来ない為、別大陸に存在もしくは死亡したと思われる。
「さぁて火、水の両国の魔女を相手にどう戦う…?学者。」
前カイルと戦ったときと同じ、自らの竜で作った水の刃と、炎の踊り子シャウラ。
戦力は十二分だった。
「これは迷いますね。どちらから仕留めるのが良いのでしょう。」
「あらあら…?私達を相手に余裕ですわね。一人ずつ潰す算段を建てているなんて。」
シャウラはカノープスへそう言いながら、少しずつゆらり、ゆらりと独特な歩みで左右に踊る。
「こっちから行かせて貰うッ…!」
フォーマルハウトは大きく跳び、剣を振り下ろす。
「随分大振りですね…。」
「こっちが本命だからな!」
水の国を統治する魔女、フォーマルハウトの攻撃を避けた後に待っていたのは、海王竜の胴体。鞭のようにしなり、鱗をカノープスの体に打ち付ける。
「これは効く…!」
「まだですわ…。」
吹き飛ばされたカノープスへ向かって、炎が跳ねる。色は赤と黄色で、そのままカノープスへ当たると二色の爆発が協会の城の頂を彩る。
「これはこれは…。素晴らしいコンビネーションだ。二人共を満遍なく相手にするのはとてもむずかしい。」
そう言いながらカノープスが発射したのは氷の矢。
何の意味も無い攻撃をフォーマルハウトは刃で、シャウラはのらりくらりとした動きでかわす。
「致し方ありませんね…。」
カノープスが眼鏡を上げると、彼の体に鱗が浮かび上がる。
爪は大きく長く伸び、体も一回り程大きくなる。
スーツは見えなくなり、黒と紫の鱗が全身を包む。光の加減で時たま緑の光が映り、美しい。
瞳は赤。髪は元々の黒の先から白髪が伸びる。
カノープスは完全に、星のドラゴンと化していた。
「なッ…!まさかここまで…!」
「お姉様の魔力を、モノに出来ているなんて…!」
『これで対等以上です、お二人。覚悟は宜しいですか…?このカノープス、加減はできません。』
身構える二人の前からカノープスが消えると、シャウラの首を掴みながら、フォーマルハウトを蹴り飛ばしていた。
「ッ…!!」
壁に叩きつけられたフォーマルハウトは一瞬息が止まる。
「ぐ…が…かはっ…。」
『シャウラさん…美しいですね。私踊り子は個人的に好みでして…まぁ貴女が二人の内で厄介な方でしょうから、このまま死んで頂きましょうか。』
そう言いながら手の力を強めていく。
首を折るのだ。
「させるか!…ッ!?」
フォーマルハウトの足下には既に氷が走っていて、脚を固められてしまう。
『これで、詰めですね。』
カノープスは笑う。
しかし、異変に気付く。
『どうして…この状況で笑うのですか?』
二人の魔女は笑っていたのだ。
「手詰まりなのは貴方の方ですわ…!」
「海王竜!」
フォーマルハウトの叫びと共に、彼女の体から海王竜が飛び出す。
『何ッ!?』
巨大な竜はそのままカノープスに噛み付くと、腕を噛み千切った。
『ぐッ!!!しかしそれでも、踊り子の方には死んで…!』
「残念ながらそれも叶いませんわ。」
ボッ!ッと言う音がカノープスの耳に届いた。
しかし、炎はどこにも無い。
『ッ!!!!!!????』
カノープスは苦しむ。
『な、何をしているッ!!貴様達ィ!』
「あら?貴方には見えなくって?…こんなに綺麗に輝いていますのに…。」
カノープスは既に、炎に包まれていたのだ。
色の無い、爆炎に。
「見ることの出来ない超高温の炎…本当は獲物がすぐさま蒸発するのですけれどね。」
手を離され緩やかに地に降りるシャウラは言った。
「これが…《染まらない葬炎》。」
『あっ…!あぁぁぁぁあああああああ熱いぃぃぃぃいぃぃぃあぃぃぁぁぁいい!!!!』
「そのまま…しっかりとシャウラの炎がお前を地獄に送ってくれるだろうが、お前には細切れになって貰わないとな。」
そう言いながらフォーマルハウトは足の氷を砕き、リヴァイアサンとの竜依で刃を作る。
一振り。
たった一振りで、カノープスの体がボロボロとサイコロの集まりとなって崩れる。
「これで…終わりか…。」
「ですわね。」
二人はそう言って、カペラの元へ歩く。
「大丈夫でした?お姉様。」
「今その傷治してやる。」
しかしカペラの表情は悲痛に顔を歪ませた。
「ッ後ろ!」
二人が振り返る。
その瞬間に、大きな竜の腕が二人の首を掴み、持ち上げた。
「なッ!?カノープス…どうして!」
「あなたは私炎で…」
カノープスは笑う。
『名演技だったでしょう…?あんな炎でッ!私を焼ける等と!?星の…』
二人の魔女に未知の熱が走る。
『太陽の炎に、貴様等ごときが敵うと思うなぁぁぁあ!!!!』
『やっーっと互角に戦えるのかしら…?ミアお姉ちゃん?☆カイル君とおんなじ技を使えるなんてねぇ…。』
「『行きますよ…アプラ。ここで私の力をぶつけます。』」
アプラとミアの拳がぶつかると、熱気と冷気がぶつかり、白い煙が一気に部屋を駆け抜ける。
「『これならどうですか!』」
ミアの掌から火球が現れ、それをアプラに打ちつける。
『みえみえ…よ…!?』
アプラが対抗して放った氷の柱は火球を壊すための物。けれども、火球どころかミアの体さえ突き抜ける。
「『残念…幻術です。』」
(『ッ!パパの竜としての能力!?…』)
後ろに回っていたミア。
両手に火球を作り、アプラに押し付ける。
『…きゃぁぁぁあぁぁぁぁあああ!!』
アプラが地に落ちる。
「『アプラ…効いたでしょう…これが私の思いの強さです。私はこの道で生きていきます。あなたの道も間違っていなかったのは…わかりました…。だからもう…』」
『今さら遅いのよッ!!』
「『!?』」
ミアを睨みながら立ち上がりアプラは言った。
十数年前。
「パパー!アプラね、またグラタン屋さんのおばさんに魔法教えて貰ったの!見て!」
木の家で少女は父に言った。
「アプラ、父さんは忙しいんだ…母さんはどうしてる…。」
「ママは…キドのお世話で忙しくて…今キドが寝てるからママも寝てて…だから…」
「なら、母さんと一緒に寝るんだ…。向こうに行ってなさい…。」
「はい…。」
父に言われ来た道を戻る少女をよそに、父は言った。
「さぁ、ミア!今日も父さんと魔法の練習だよ!」
「でも…アプラが…。」
「あんな子どうだって良いだろう。さぁ、今日も始めよう。」
「はい…パパ。」
「ねぇママ…どうしてパパはミアお姉ちゃんばっかりなの?」
「ホントはみんなの事が好きだと私は信じているけど…ミアの頭がすごくいいからどこまで出来るのか知りたいのよ。」
「それが終わったら、私もほめてもらったり一緒にお勉強できる?」
「きっとできるわ、信じましょう。」
数年経って。
「ママ!」
「どうしたのミア。」
扉を開けて、母に叫ぶ長女。
「パパが…ドラゴンになったって…もうこの村にはいられないの!?」
「今は…難しいかも知れないわね…。」
「ママは悲しくないの!?」
娘の悲痛な叫びに母は言う。
「私は、あの人を信じているから…大丈夫。それより二人をお願い。」
「パパは…もう帰ってこれないの…?」
二人の間に、次女が割って入る。
「私、まだパパにお勉強教えてもらってない…褒めて貰ってない!」
「アプラ…でも、」
母の言葉をアプラは遮る。
「もうお姉ちゃんなんて大ッ嫌い!勝手に王国の召喚士の訓練に付き合わせて…私、この家を出ていく!」
「そんな…!まだあなたは11なのよ…外の世界で生きていける筈…!」
「そうだわアプラ、私にすら組み手で勝てないのに…!」
長女の放った言葉に、次女は固まる。
「私に…すら…?そうやって…いつまでも下に見て…なに食わぬ顔で…パパに愛されて…愛されやがって! …ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あっ…あぁ…アプラぁぁぁぁぁあ!!」
母の言葉を掻き消すように冷気が放たれ、次女は竜となり姉達と決別した。
そして今。
『ねぇ…パパぁ?…私の事…好きィ?』
「『アプラ、何を…?』」
『あぁ…。』
アプラの問いかけに父、オウィディウスは答える。
『そうよねぇ!父親なら子供は!娘は!妻は!平等に好きよねぇ!?☆』
『あぁ…。』
「『パパ…まさかこの状態を解く気では…!?』」
ミアの言葉をアプラは気にせず続ける。
『パパのドラゴンとしての姿は三つ首…ならさぁ…?〈私達三姉妹が同時に竜依することくらい簡単〉よねぇ…?』
『あぁ…。』
「『パパ!ダメです!アプラは…!』」
『ミア。私は、アプラとキド、そして妻に償いをしなくてはいけない…。お前を愛した分も、愛さなくてはいけない。断る事など、父親としてもうできないのだ。』
「『そんな…!』」
ミアの叫びを他所に、アプラは叫ぶ。
『アッハッハッハッハッ!☆…《忌父竜》…《竜依》!!』
氷の白き竜…アプラに、紫の鎧が浮かび上がっていく。
「皆ッ!…」
頂上に着いたカイルの目の前に広がっていたのは三人の倒れた魔女に、一人の竜人。
『おや、カイル君。早かったですね、もう少しで、全員死んだのに。』
カノープスは笑う。
「よう…キドさんの所ぶりだな…。」
カイルは左手を見る。
キドから受け取ったブレスレット。
もう心は決まっている。
「《嵐龍》、《継雷竜》!やるぞ!」
『ウム、ワシらを選んだのじゃな、主よ。』
『はいはーい、おまかせあれマスター!』
「《交竜…龍依》ぉぉぉぉおおおお!!」
蒼翠と金色の鎧で、黒い竜に立ち向かう。
To be continued




