誰が損して誰が咽ぶか
「どうした!最初の威勢が嘘のようだぞ、サルガス!」
蒼い水を纏った刀が赤いスーツに向かう。
「くっ!…これなら!」
後ろに跳んだサルガスの足元が光る。
電が走り、敵の元へ。
「フン…無駄だ!《共振属》!」
ムーリフの身体に雷が駆け抜け、そのまま全身と刀へ。
「これが俺だけの魔法だ。炎を水の刀で封殺、雷を自らに纏わせ己の力へ。貴様がいたずらに属性を変えようと!所詮お前が得意なのは火、水、風、土!土と火、水の盾と剣は俺に無意味、目眩まし程度に過ぎない、なら貴様が攻撃として使うのは風から派生した雷のみ!それも剣とする俺には貴様は絶対勝てん!はぁぁぁあ!!」
雷を纏った刀がサルガスの服を裂く。
勿論刀は服を貫き皮膚を切る。
そこから電気がサルガスの体へと伝わる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
全身を瞬く間に叩きつけられるような痛みが駆け抜ける。
「くっ…!」
膝を付く。
(まだだ、まだ足りない。)
心で呟き、サルガスはすかさずスーツの中から小瓶を取りだし投げる。
魔法薬。
サルガスの専門分野であり、調合次第で様々な事象を引き起こす事が出来る。
今回投げた小瓶は発火。
「そんなもので!」
ムーリフの刀が小瓶を斬った途端、炎が弾ける。
(ここだ…。)
次は二つ瓶を投げる。
「だからなんだと!」
一つ目をムーリフが斬る。
何も起こらない。
しかし、二つ目が発光。
目の前に土の壁が現れる。
「何をやっている。貴様。…!?」
壁の向こうのガラスの割れるような音で、サルガスは確信した。
「少しは効きましたね。」
「氷…とはな…!」
壁の向こうでムーリフは悔しそうに言う。
「一つ目の瓶はブラフで、二つ目の壁もブラフ…その時に蜥蜴の能力で作った即席の魔法薬を撒いていてその氷結の事象で作った柱を風の事象で飛ばし、針のように俺の元へ襲いかかった、だな。」
「流石に私の講義を一番前で受けていただけはある、その通りです。なのに何故…。」
サルガスは悲しそうに言った。
しかしその直後衝撃波がサルガスを襲う。
「ぐッ…!?」
壁を通り越して、ムーリフがこちらを斬ったのだ。
「残念だが、やはり俺の方が強くなったな。
十数年前、俺は貴様の講義を受けいつも通り家に帰った。いつもの通りに、お前に相手にされないまま、夜遅くまで残ってな。
するとどうだ?詠唱破棄者の奴等は…俺の弟を拐って行ってたんだ。後から判ったが理由はただの難癖。ソイツらを葬る事は出来なかったよ。魔法薬しか使えなかった俺は寧ろ返り討ちだ。そしてソイツらの勝手で俺と弟は殺されず、俺は暗殺部隊の駒としての生活を余儀なくされた。」
「そんな…!そんな事が!」
「あるんだよ!世の中には不条理が!」
ムーリフは強く言い、続けた。
「そいつらは老いぼれだったが、部隊の支柱だったよ。俺は幾度と無く奴等に命令をされ、恥辱の生活を送った。そしてカイルとの戦いの最中、シリウスによって重傷を負って、その後だ。本拠地に帰ってきたら、全員死んでやがった。弟は任務で外にいたからこの事を知らねぇ。終わり次第休暇って言って誤魔化してるが、もう限界だろうよ。そして、そん時に会った掩蔽団によって、今がある。指揮を取るカノープスはな、これが終わったら自由にしてくれるそうだ。だから俺は、与えられた指名を全うする!初めて、自分の意志で!」
ムーリフは叫ぶとまた刀を振るう。
壁を突き抜け、そのままサルガスにダメージを与える。
「ぐッ!…でも…それでも、私は!」
「黙れ黙れ黙れッ!助けを求めたらお前は助けたかも知れない!だが!そうする為の信用が、お前には無かっただろう!引き裂け!俺の、俺という水竜の刃!《潜水牙 CC_2》!」
先程より大きく一振り。
分厚く、鋭い一撃が壁を突き抜けサルガスに向かっていく。
壁は斬撃に耐えられず、崩れていく。
壁とサルガスに当たった刃は水となり高く上がり地面に雨のように落ちていく。
「これが…俺の全力だ…!」
煙の中から現れるサルガスを待つムーリフ。
しかし、サルガスは煙からではなく、既にムーリフの後ろに、佇んでいたのである。
「間に合った…。」
一方、ミアとアプラ。
「くっ!…」
ミアの呼び出した彗炎竜が空から地面に落ちる。
そしてその後に、ミアもアプラに押さえつけられ、落ちていく。
『ンフフ…どうしたのぉ?…お姉ちゃぁん!?☆足掻いて?ねぇ足掻いてよ!とっとと足掻けこのアバズレがよぉぉあ!?』
(アプラ…完全に自分を失っていますね…。)
(『そんなことは無い。』)
ミアと父、忌父竜は互いに心で言葉を交わす。
(『アプラはお前にとてつもない憎悪を抱いている。私がお前に入れ込んだ事もアプラが竜と人を行き来する事になった理由にあるだろうが、いなくなってから…一体何をしたんだ…?』)
(アプラはただ、ミザール様の隊になるための修行を…。)
(そのせいだろうな。お前の事だ、私のようにならないようにと、アプラを誘ったのだろう。それが裏目に出た。アプラは私と同じ存在になる事で、ミアよりも私に好かれようとする準備を、私が竜となる前から行っていた…。お前が出来るのは、自分の道も正しかったということを見せ付ける。只それだけだ。)
(しかしそれではアプラを…!)
(自ら望んで竜となった人間に救済など必要無い。既にお前とは別の道にいる。アプラは強さを手に入れている、一人でこのまま生き、もしかしたらパートナーを見つけ歩みを共にする。それはお前にもねじ曲げる事は出来ぬ。)
『お話は終わりかしらぁ?パパと話せて幸せねぇ…。ムカつくんだよ!凍れぇぇぇぇぇえええ!』
アプラがミアを投げ、空を舞う彼女に虚空から氷の柱が突き刺さる。
「ぐぅぅっ!!」
『どうかしら?アプラちゃんを本気にさせた罪は重いのよ…その命ですら償えねぇンだよクソ姉貴がぁぁぁぁぁぁあ!!』
罵声を浴びせ、溜め息をつくと、落ち着くアプラにミアは言う。
「…私は…ミアは…。」
空から落ちながら、呟く。
『なぁにぃ?今さらアプラちゃんを説教した事を悔いるのかしら?』
氷の竜はつまらなさそうに見上げる。
「ええ。ミアの人生を貴方に押し付けるのは愚かでした。」
『なら、このまま死んでくれる?☆』
「いいえ、ミアはあなたに別れを告げます」
そう言って、体制を整える。
「《彗炎竜》!来なさい!」
炎の竜がさながら彗星のようにミアの体へぶつかる。
『一体何を…?』
不思議がるアプラに言う。
別れ、決別を。
竜にならずに竜へと近づく為の、カイルと同じ言葉を。
「『交竜…竜依ぉぉおぉぉぉぉおぉぉおぉぉお!!!!』」
魔法協会、頂上。
「貴様…!カペラに何をしやがった!」
フォーマルハウトは言う。
前のようなスリット入りのドレスではなく、中華服である。
「ただ、あなた方の目的の邪魔をしただけですよ。この、《時計》のね。」
眼鏡をかけた白衣の下に黒いスーツの若い男。
カノープスが見上げる先には真っ黒で大きな時計があった。
「これが…《時計》…!」
赤い一本の三つ編みで、踊り子のような姿の魔女、シャウラは言う。
「そうです…。これが《時計》!…故、シリウス・ユースティアが作り出した門外不出の巨大魔具!設計図は無く、誰にも語らず造り上げたこの世界そのものの時魔法を操る禁忌の力!私はこの装置で、新たな世界を作るのです!…あなた方の目的は《時計》の破壊。カペラさんが執行を免れた後の諜報活動はこの為だったんですよね…?知っていましたよ。残りの寿命をかけた最後の仕事 、この《時計》を破壊し、余ったエネルギーを取り込んで死ぬ。可哀想たぁ…。カイル君はさぞ寂しがる、命が長くない事も教えられずに目の前で野垂れ死なれるのはさぞ辛いでしょう。」
カノープスは笑いながら言った。
「やっぱり知っていたのね…。私の寿命の事を…。」
白髪の毛先に朱が入ったカペラは苦しみながら言った。穴の空いた腹部のせいで声が上手く出ない。
「お姉様は自身の魂をドラゴンに捧げることで絶大的な力を得ていた…。そして三次大戦の後静かに死ぬつもりだった…。」
「そうだったのかよ!何故私には教えられて無いんだ!」
フォーマルハウトはシャウラの言葉に驚き言った。
「この情報を知るのは、私と魔法学者のキド、そしてシリウスだけです。」
「えぇ、そうですとも。まぁ、彼女の素振りを見ればわかるはずですけれどね。そんなことより、目的は果たさなくて良いのですか?」
カノープスは笑う。
「なッ…!抵抗しないのか…?」
フォーマルハウトは驚く。
「まさか、私に勝って頂かなくてはね。」
カノープスは手を広げる。
二人の足下に氷が広がっていく。
「当たり前…か。《海王竜》。」
「ですわね。」
To be continued




