ビスケット
「こ、ここは…。」
戻って来た意識でカイルは言葉を発する。
「お、起きた?いらっしゃいませカイル君。」
誰かわからぬ声がする。
「お、寝て起きて寝て忙しい奴だな。」
スハイルの声が聞こえる。
「…!そうだ、あの双子は…。」
カイルは辺りを見回す。
落ち着いた雰囲気の場所だ。カウンターにテーブル、ムーディなジャズが流れて少し暗めの照明がカラフルな酒瓶を飾り付ける。
「まぁ、そういうのは置いといて。少し落ち着こうよ。お水にする?トニックウォーターがいい?」
カウンターの女性が声をかける。
後ろで結ばれた金の髪、白のシャツに黒のベストとスカート。誰もが憧れるようなクールな雰囲気の中の色気が、店に合っている。
「いえ、その…スハイル!アトリアは?」
「なんだ藪から…アトリアは寝てる。ここ、昼と夜の境が無いんだ。あと二つくらいそういう国あるけど。そんで眠くなったから寝てるみたいだぜ。その内起きてくるだろ。ベネさんに付き合ってやれ。」
そういうとスハイルが立ち上がる。
「俺、そこいら歩いてくる。気を付けろよ、ベネさん今かなり酔ってるから。」
「余計なお世話よ。いってきなさい。」
スハイルが頭をかきながら出ていくと、ベネと呼ばれた女性はカウンターへ手招きする。
座ると、出てきてカイルの隣に座る。
脚を組んで喉に酒を少し流すと彼女は口を開いた。
「あらためて、こんにち…こんばんは?…とにかく初めまして、ベネトナシュって言います。カペラとはずーっと友達よ。よろしくね。」
「よろしくお願いします。その、最近は師匠ここら辺に来ますか?」
カイルは軽く挨拶するとすぐに質問した。頭がまだ動き始めたばかりなのもあるが、知りたい事が沢山ある。
「えぇ?あぁ、来るわよ?お忍びでよく、ね。一昨日も来たかなぁ…?結構な頻度で来るのよ。誰にも気付かれずに毎回誰かに姿を変えて。私にもわからないけど、書き置きを残しくれてね。あ、また来たんだ。ってね。」
「そうですか…。なら、会うことは無理そうですね。」
カイルはそういうと、出されていた飲み物を飲む。爽やかな香りに甘味、酸味…柑橘系である。
「それ、カペラが好きなやつなんだ。あの子、飲めないくせに背伸びしたがりだから。お酒っぽく見えるけど、ただのジュース。瓶に入れておくんだけど、勝手に減って、紙が貼られてさ。ごちそうさま。の一言で。もしかしたら、香りに誘われて会いに来てくれるかもよ。」
ベネトナシュは言った。
悲しいような、楽しいような。
「そうですか…。」
「あなたには、カペラの雰囲気を感じるわ。感化されたのもあるだろうけど、何故かとても似ている…。どうしてかしら…。だから言うのかも。今、カペラに会うのはとても難しいわ。がんばって、というしかないけど。会えるように頑張ってね。」
「はい。」
カイルは立ち上がる。
「あら、もう行くの?」
ベネトナシュは訊く。
「はい。危ない双子がここら辺にいるので、止めなきゃ。被害が出る前に。」
「いってらっしゃい。」
カイルは扉を開ける。
夜なのか昼なのかわからないが、太陽は明るく、走り出したカイルの背中を押していた。
「ひゃあっ…危ないわね…。何をあんなに急いでいるのかしら?」
一人の魔女は走り過ぎていく青年を見ながらため息をついて言う。
「ん…?あら、いい匂い…。私の好きな香り。ベネのお店よね、たぶん…ふふ。」
白い髪、少しだけ毛先の紅い。
白いローブはパーカーと黒いホットパンツに。
お気に入りの店の戸を開けて、魔女は言う。
「あら、ベネ。また飲みすぎて足元フラフラ?」
あのビルを通り過ぎると、双子はすぐ見つかった。
「お兄ちゃん、また来たの?」
「お兄ちゃん、また来たね!」
無邪気に言う。
『カイル、ダイモスは貴様の代わりに魔力を吸われているようでの。ワシが行く。』
嵐の龍、ファフニールが言う。
「『交竜…龍依!』」
雷と嵐が双子を迎え撃つ。
「『炎を避けて、地面が凍るから空中を駆けるぞ!リーレイ、ファフニール!全部絞り出せ!』」
「お兄ちゃん本気?」
「お兄ちゃん本気なの?」
なら楽しめそうだね!と、双子は飛び掛かる。
脚を空に投げ、雷と風を走らせて双子の視界から勢いよく消える。
「『食らえっ!…』」
【魔力剣】を生成し、雷を撃ち飛ばす。
「うわ、やられちゃう!」
「うわ、やられちゃう!」
双子は顔を青くする。
「でも、」
「でも、」
しかしすぐ、笑顔を取り戻す。
「魔法は、意味無いよ!」
「雷、意味無いよ!」
雷が目の前で散る。
「『な…嘘だろ…』」
「お兄ちゃんの速さ、覚えたよ!」
「お兄ちゃんの速さ、もらったよ!」
双子が、消える。
後ろに何かがぶつかったかと思うと、地面に叩きつけられる。
(そんな…何が…?)
「お兄ちゃん、魔力またちょうだーい。」
「お兄ちゃん、また魔力ちょうだーい。」
そう言うと手を繋ぎ、倒れたカイルから離れていくと、あの感覚がカイルに蘇る。
「がっ!?…あ…ぐぅ…」
力が抜け、その場に伏す。
「お兄ちゃん、もう死んでいいよー?」
「お兄ちゃん、死んじゃってー?」
二人が手をかざす。
火球が出現し、どんどん大きくなっていく。
「「ばいばーい、お兄ちゃん。」」
To be continued




