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世界はアイに満ちている  作者: りん
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交錯する想い

何をやっているんだ。俺は。

いつの間にか少女は眠ってしまっていた。無理もない。今日は色々と店を手伝ってもらったのだから。隣で眠る彼女を見つめながら彼は激しい自己嫌悪に苛まれ、自問自答を繰り返す。それが毎日続いていた。

(一応、未成年が夜遅く歩いていたら保護しないと。それにあいつよく店に来てくれてたし。そのままってわけには…)

 考えれば考えるほど、いいわけじみた言葉しか浮かんでこなかった。そういや俺、あいつのこと何も知らないな、そんなことすら考える。

(おい、しっかりしろ。相手は未成年だぞ)

 一応、連れてきてしまった手前、家に連絡しなくていいのかと聞いた。彼女は少し形態をいじると、これで大丈夫とそう笑った。マスターであるだけで彼は彼女の家なんか知らなかったし、問いただそうにもそっとしておくほかなさそうだった。

「奈緒…」

 混沌とした気持ちが広がっていく。

「どうしようね、これから」

「どうもならないわよ」

 寝ていたはずの少女はそう答えた。いつもの十八歳しからぬ口調で。

「君さ、思ってたんだけど」

「何」

「その口調どうにかならない、なんか怖くて」

「何が怖いのよ、意味わからない」

 私をここに連れてきておいて。あんたの方がよっぽど怖いわよ。そう笑うと彼女は寝返りを打ち寝息を立てる。なんかね、うまく例えられないけどなんか怖いんだ。なんでだろうね。なんだかあの人と重なるんだよ。昔、幼かった彼をここに捨てたあの女と。君は違うって分かっているのにね。

マスターは息を吐くと、部屋の扉を閉めた。色んな女を泊めてきた。大人っぽいやつ、しっかり外から鍵もかける。ごめんね。心の中で呟いても君には届かないのだろうけど。それでもごめんね。


 ____奈緒が学校に登校しなくなって数日たった。

 担任からはただ風邪で欠席とだけ告げられ、詳しい事情は何も語られなかった。

「ねぇ、今までにもこんなことってあったの?」

 体育の時間。その日はマラソンの授業だった。

「こんなことって…奈緒のこと?」

 少し前を走っていた早織が振り向く。

「そうそう」

「今まではなかったんじゃないかなあ…」

 そんな曖昧な答え。後ろでゆっくり走っていた澪と玲も首をかしげる。

「あの子ね、お母さんもお父さんも放任主義な人だったけれどその分あの子自身はきちんとしていたから。だからね、荒れたりとかあっても手が付けられなくなるほどじゃなかったのよ」

「一つ気になるんだけどさ」

「なに」

 早織って兄弟いる?唯は不思議そうに首を傾げて聞いた。

「妹がいるけども…なんで?」

「えっ、嘘!初耳なんだけど!」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳」

「初耳」

「もちろん私も」

「うん、唯には言ってないね」

 え、なんかひどくない。ごめんごめん。お互いに顔を見合わせて笑いあう。少し場が和んだ気がした。

「でもなんで」

 澪と玲が妹はどんな雰囲気の子なのか話しているのを横目で見ながら、彼女は首をかしげる。ものすごく笑顔で。私怒ってるんだけど。そんな声が聞こえてきそうな笑顔だった。

「なんだか、奈緒のことすごく見てるなって。だから特別な思いがあるのかなって。大したことじゃなかったんだけど、ちょっと気になったから」

そうなんだ。彼女はそれだけ呟く。

「奈緒はね、」

 早織が話し始めたとき、笛の音が鳴った。

「おい!お前ら、何ちんたら走っているんだ?」

 振り返るとこの授業を受け持っている男の先生だった。確か生活指導も受け持っていたはずだ。

「先生、何ですか」

 玲が聞く。もう1キロは走らされているというのに、全く疲れた様子がない。息切れしつつも、楽しそうにさえ見える。スポーツか何かやっていたの?あれは昼ご飯の時だったか。ふと尋ねたことがある。あの時彼女は、特に部活に入っているわけじゃないが、昔から身体動かすのはだから。そう答えていた。昔から身体を動かしているから息切れも少ない。慣れてるもんね、そう澪が笑っていた。

「そこで並んで走られていたら迷惑だろう」

「そうですか?そのようには見えませんが」

 早織はそう言いつつ後ろを振り返る。今この場にいるのは私たちと走って追いかけてきた先生のみで他の生徒から遅れを取っているわけでもなかった。

「…っふう。なんで私たちが注意を受けたのか、教えていただけませんか。」

 澪の静かな怒気。三人とも表面上はすごく笑顔。なのになんか怖い。絶対敵にまわしちゃいけない人。たぶん今の先生はそういう人たちを相手にしている感じ。唯に向けられた言葉たちではなかったが、なんだか隅っこで自分が小さくなってしまうかのような感じがした。

「ごめんなさい、先生。以後気を付けます」

「ん?お前は…」

「先日転校してきたばかりの羽柴唯です」

「そうか、お前が」

「え」

「いや、何でもない。羽柴、しっかりやれよ。お前らもな!」

 そう言ってその男性教師は去って行った。意味ありげな言葉を残して。



その日の帰り道。久々に一人での下校だった。木戸さんに頼まれた買い物をするため商店街の方へ回ろうとしたら、誰もそっち方面の人がいなかったのだ。

「歯ブラシと、洗顔と」

買うべきものを忘れないように。そう思ったら無意識のうちに声が出ていた。そしてメモがあったんだ、そう思い出す。別にメモがあるからそれさえなくさなければいいだけのこと。傍から見たら、独り言をブツブツ言っている変な少女。そう考えたらなんだか虚しくなった。

「あ、その制服」

 なんだか聞き覚えのない声が頭上から降ってくる。ん、頭上?唯は一六八センチ。そこまで小さくないはずだ。そんなクエスションマークに連れられ頭を上げる。

「えっと…」

 そこにいたのは大男とでも形容できそうなそんな男だった。

「その制服…貴方は高校生で?」

「そうですけれども…、誘拐ですか。それならお断りします。」

 そうではなくて。サングラスをかけた彼の目の奥は笑っている気がした。夕日が彼の横顔を照らす。誰かに似ている気がした。誰だろう。その誰かは何故か思い出せなかったのだが。

「姪っ子がその制服着ていたんだけれども、どこ高校か知りたくてね。迷惑でなければ教えてはくれないか。」

 少しでも彼女のことが知りたくて。そう彼は寂しげに呟いた。スーツを決めていかにもビジネスマンって感じの人だけれども、笑うと幼げに見えるその姿に少しだけ貢献してもいいかな。そう思った。

「城聖高校だよ」

 唯は気づいたらそう答えていた。

 そうか、ありがとう。そうお礼を述べる男を見て思い出す。ああ、この人、奈緒に似ているんだ。性格とか、雰囲気とかは似ていないけれど目の形とか、口元とかそういう所。見た目、大人びているしさっきの城聖高校に通っている姪っ子とは奈緒のことかもしれない。

「気を付けてね」

 帰り際、そんなことを言われた。

「なんでですか」

「夕方はほら変質者がよく出るっていうじゃないか」

「変なの」

 相手が笑うから唯も笑う。変質者って貴方も傍から見たら…。そりゃそうだ。夕日に二人の笑顔が反射する。さっきまで感じていた恐怖心はなかった。

「じゃあね」

「ええ」

 二人はまるで親しい友達のようにその場を別れたのだった。



「あれは…」

 それは夕飯の材料を買い出しにきたときだった。遠くから見えた制服。いつもは目もくれない。だって、俺が好きなのはもっと大人びた女だから。包容力なんてなく、俺を突き放してくれそうな女。でも、今日は違った。

 彼女、奈緒と同じ制服。優しそうな容貌。

 一応彼女のことを調べてはいたが学校名まではこちらに回ってきていなかった。上に確認するといつも大丈夫だ、案ずるな。その一点張り。

 上のことだから、個人情報を必要以上に下に回したくない。その意図が汲み取れた。それはもっともだろう。この個人情報の扱いに厳しい世の中だ。それでも彼は奈緒が今までどのように過ごしてきたのか知りたかった。ただの店のマスターとしてではなく、彼女の生き別れの兄として。

「誘拐ですか。それならお断りします」

 サングラスをかけてきたのがいけなかったのか。声をかけた少女は警戒心を抱いたようだった。こういうものには笑顔で説明。それがベスト。そう聞いたことがある。姪っ子が同じ制服を着ていて。それには少し無茶があるかと思ったが少女は信じてくれたようだった。

「城聖高校」

 この近くの高校名を上げた少女は何か考えるかのように俯く。しばらくして顔を上げた少女の顔に警戒心の色はなかった。

「じゃあね」

「ええ」

 少し立ち話をして別れを告げる。そうだ今日はハヤシライスにしよう。あいつの好きな。少女と別れてからふと思いつく。あの子はきっといい子なんだろうな。そんなことを思った。


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