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1 妹と弟

 幼いあの日、妹は居なくなった。





「お母さん、ひーちゃんは?」



 帰ってきた母さんは、妹の代わりに知らない赤ん坊を抱いていた。


 両親は困った顔をしながらも、決して誤魔化すことなく妹と別れなければならない真実を教えてくれたが、まだ五歳だった自分には理由を聞かされても納得なんて行くはずもなく「弟なんていらない、俺の兄妹はひーちゃんだけだもん!」と叫んでしばらく部屋に引き籠った。





「ひなたは鳴神の家で暮らすけど、司の妹には変わりないのよ。新しく家族が一人増えただけ」

「家族……」

「陣って言うの。司は、二人のお兄ちゃんなのよ」



 だから、仲良くしてあげて。そう母さんに言われ、数日経ってようやく新しく家にやって来た赤ん坊の顔を見た。


 ……正直、妹の方が可愛かった。けれど何となく伸ばした指を掴んで笑っている姿は妹の仕草によく似ていて、気が付いたら釣られて少しだけ笑ってしまっていた。




 その日、俺に弟が出来た。













 そうして始まった新しい家族との生活。陣のことが嫌いな訳ではなかったが、やはり離れて暮らすひなたのことが気になって仕方がなかった。

 そんな時は父さんと一緒に鳴神から送られてくるひなたの映像を見て、元気そうな妹の姿にほっとした。



 だがしかし、送られてきた映像にはひなただけではなく、鳴神の子――陣の本当の兄妹も映っている。兄らしき子が「ひーちゃん」と妹を呼んで一緒に遊んでいる姿を見ていると、段々と苛々が募ってきてしまう。


 ああやって妹の名前を呼んで遊ぶのは本当なら俺のはずなのに、と。



 喜んで遊んでいるひなたにも何だか腹が立ってきて、いつの間にかひなたのみが映っている映像しか見なくなっていた。






 一方で陣はというと、かなり厄介な体質だった。体はとても小さいのに魔力は俺よりも遥かに多く、そして幼いが故に制御など出来ずに魔力暴走を起こしていたのだ。



 そして、最悪の事態が発生する。


 母さんが陣を庇って殺されたのだ。ショックでしばらく声すら出すことが出来ず、陣に会いたくなくてまた部屋に籠った。陣を目の前にしてしまったら、一体どんなことを言ってしまうのか、嫌でも想像がついたからだ。


 家の中がぎこちなくなって、母さんの代わりに佐伯が家事をするようになっても、ずっと陣のことを避け続けた。



 恨み続けられれば良かった。お前の所為で母さんが死んだんだと本人を前に叫べれば、こんなに苦しい思いはしなかっただろう。だがもうその頃には、俺にとって陣は立派な家族で、弟になってしまっていた。だからこそ母さんが庇った気持ちは分かったし、行場の無い感情で爆発しそうになってしまった。


 部屋の外で「にーちゃん」と陣の声が聞こえる度に、耳を塞ぎたくなった。




 母さんのことも、陣のこともひなたのことも、どうにも苦しくて堪らなくなった時、理由は知らないものの落ち込んでいるのを見かねた友人が一つの提案をくれた。


 インターネット上にある華桜学園専用のサイト、そこではどんな悩みも聞いてくれるという。

 陣が本当の弟ではないということは知られてはならなかったので周りにも悩みを打ち明けることは出来なかったのだが、匿名性のある掲示板やチャットならば家の秘密がばれることもない。



 誰でもいい、とにかく一人で苦しむのが限界だった俺はそのサイトにアクセスし、しかしいざ書き込もうとした瞬間に手を止めた。いくら匿名とはいえ、このサイトを利用するのは全員学園の関係者だ。どこから嗅ぎ付けられるか分からない。



 悩みに悩んだ末に考えた解決策は、「性別を偽ろう」ということだった。……今考えればどうしてそういう結論に達したのか自分でも分からないのだが、その時は切羽詰まっていてそれが一番良い方法だと疑いもしなかった。


 ハンドルネームを打つ所では、何にしようか考えた挙句、結局妹の名前を拝借することにした。

 IDは固定されている為、後々までずっと同じ人物像を作り続けなければならなくなることは、その時は思いもしなかった。



 思う存分気持ちを吐露していれば徐々に冷静になってくるものであるし、複雑な家庭環境を憂えて真摯に言葉を返してくれる人もいた。そうして母さんが亡くなってから一年が経過した頃、ようやく真正面から陣と向き合うことが出来るようになった。


 陣が母さんの死んだ状況を覚えていないことに苛立つやらほっとするやら複雑な心境になったが、結果的には覚えていなくて良かったのだろう。もし覚えていれば幼い子供に消えないトラウマが植えつけられただろうから。
















 俺が初等部六年になったある日、偶然学園の廊下でひなたとぶつかった。


 最初は小さい塊が飛び出して来たことに驚いたが、よく見るとそれは毎日画面で見る妹の姿そっくりで、もっと驚くことになった。

 授業まであまり時間がなかったので碌に話すことも出来なかったが、何年か振りに直接会うことが出来ただけで、俺は十分に幸せだった。



 初等部ではその時のたった一度だけしか顔を合わせることが出来なかったが、学年が上がるにつれて、陣に連れられてうちに来ることが増えた。




「は、初めまして、鳴神ひなたです! お世話になります」



 最初にうちに泊まりに来た時に言われた言葉に、正直打ちのめされそうになった。


 当たり前だと分かっている。頭では理解しているのに、不知火ひなたではなく鳴神ひなたと名乗られた衝撃はとても大きかったのだ。



 あまり感情が表に出ない方だと自負しているのだが、落ち込んでいるのを父さんに見抜かれたようで、ひなたに「司お兄ちゃん」と呼ばせるように仕向けてくれた。本当の兄だと知らなくても、ひなたにその言葉で呼ばれるのは嬉しくて堪らなかった。










 中等部も三年になり忙しい日々のこと、普段全く頼ってこない陣が珍しく困った顔をして魔道具の術式を見せてきたことがあった。基本的に何でもそつなくこなす弟が頼って来たのも驚いたが、計画書に書かれた魔道具がひなたにあげるものであると知って余計に驚くと同時に、妹と弟の仲が良いのを目の当たりにして嬉しくなった。


 ひなたと陣はとても仲が良い。性格は正反対のように見えるが二人でいる時はとても楽しそうで、そんな二人を見ていると父さんも俺もとても心が和むのだ。



 昔はひなただけが映る映像ばかりを見ていたのに、その頃になると陣とひなたが二人で映るものを見るようになっていた。











 さて、そんな風に幸福な日々が続いていたのだが、その中で唯一俺の生活に水を差す存在というものがあった。



 鳴神黎一、あの男だ。



 三つ下であるあの男は、ことごとく俺の神経を逆撫でする人間だった。俺からひなたを奪っただけで飽き足らず、長年思い続けた千鶴姫までも掻っ攫っていったのだ。


 初めてお会いした時から、ずっと慕っていた姫様。周りにもお似合いだと言われ内心浮かれていた。

 本当は、姫様をお守りする魔術師になるのが俺の夢だった。しかしひなたは鳴神へ、そして陣は元より不知火の血を引いていない現状、家を継ぐことが出来るのは俺だけだった為、その夢は諦めざるをえなくなっていた。例え国王杯で優勝しようが、桜将軍になることは出来ない。



 そうして手をこまねいているうちに、姫様の隣にあの男がいることが増えた。

 桜の下、本当に美しい姫様の隣であの男が彼女との婚約を宣言した時、完全に頭が真っ白になった。そんな俺を気遣うように見ていた妹は、恐らく俺の気持ちに気付いていたんだろう。






 現実を直視することを恐れた俺は、ひたすら仕事に打ち込むようになった。魔術の研究は元々趣味の領域であったし、後々当主としてこの研究所の経営も任されることを思えばやらなければならないことは山積みで、仕事以外のことなど考えられないくらいに忙しい毎日を過ごした。


 そうすることで、少しは失恋の痛みが引くだろうと希望的観測をしていたのだ。





「……やっと、終わった」



 最近は特に激務が続き、休日の今日、家にまで仕事を持ちこんでようやく一段落着かせることが出来た。腕や首を回して一呼吸着くと、俺は早速出掛ける準備を始める。



 先日ひなたと陣、そして我が家に居候している藍川昴が、騎士採用試験にて大怪我を負った。藍川は一命は取り留めたものの未だ面会謝絶、陣は徐々に回復しつつあって、そしてひなたは……体中の怪我と共に片目の視力を失った。


 色々と思う所はあるものの、とにかく全員生きていて本当によかった。



 三日前に目の手術を終え、目を覆っていた包帯が取れたと聞いたが仕事が立て込み面会時間に間に合わなかった為、未だにひなたに会えていない。



 ようやく仕事が片付いたのですぐに病院へ行こうとしたのだが、鞄を手に取った所で見舞いの品を準備していないことに気がついた。


 恐らくベッドに縛り付けられて苛々しているであろう弟には最新の魔術論文でも持っていけば満足するだろうが、問題は妹の方である。離れて暮らしている為、俺はあまりひなたの好みが分からない。


 少し悩んだ末に俺は携帯を取り出し、頼りになる名も知らぬ友人に助けを借りることにした。



 R.Nというハンドルネームの友人は、学園のチャットルームで知り合った。初めは進路で悩む彼女の相談に乗っていたのだが、次第にこちらの相談に乗ってもらったり、普通に会話を楽しむようになったのだ。



『妹が入院したのだけれど、お見舞いに何を持っていけばいいかしら』


 ……何も考えずとも自然に女性めいた文章が打てるようになっている自分にどうなんだと突っ込みを入れつつ返答を待っていると、思ったよりも早く携帯が鳴った。



『偶然ですね、私の妹と弟も入院しているんです。お互いに早く良くなるといいですね。特に食事制限がされていないのでしたら、定番ですが果物はどうでしょうか。美味しいものを食べればそれだけ気力が湧いてきますし。私も実は今から持っていく所なんです』



 なるほど。確かに定番といえば定番だが悪くない。ひなたは陣と違って甘い物も嫌いではないし、佐伯が食後に出した林檎や桃も美味しそうに食べていたので大丈夫だろう。


 お礼のメールを送りつつ家を出て、まず病院へ向かう前に見舞い品を見繕うことにした。





 病院に着くと、最初に陣の病室へ行く……が、もぬけの殻だった。ひなたの所だろうな、と踵を返して妹の病室へと早足で急ぐ。



「あれ、司お兄ちゃん」

「兄貴」

「不知火先輩、お久しぶりです」



 そうして病室の扉を開いた先に居たのは三人。ひなたと陣と、そして鳴神黎名。同じ双子でもあの男のように嫌っている訳ではないが、しかし今日に限っては少しタイミングが悪かった。



 もぐもぐと、恐らく彼女が持ってきた林檎を口に運ぶひなたを見てそう思った。





……というわけで、司視点でした。なんかすみません。


チャットの下りは真実編の後にでも回収しようと思っていたのですが、昴の話が深刻すぎて入れられませんでした。

シスコン、ブラコン、逆恨み、果てはネカマ……この連載一の残念な子です。

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