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日本で騎士を目指します!  作者: とど
高等部編
87/93

77話 日本で騎士に……。

 あれから、どれだけの時間が経っただろうか。






 私は着替えをしながら昔の思い出に浸っていた。そうさせるのは、今日という日が今までの積み重ねによって起こった奇跡のようなものだからだろう。



 私は鏡の前に立ち髪を整えてから、そっと、左目の眼帯に触れた。


 結局、目の手術は右目が成功、左目が失敗というなんとも中途半端な結果に終わった。しかしそれでも私は嬉しくて堪らなかったし、もう一度この目で陣を見ることが出来た時は感動のあまり号泣してしまった。



 陣が治らなかった左目を気にしていたこともそうだが、それよりも大変だったのが、私達よりも後に意識を取り戻した昴が「俺の所為だ」と死にそうな勢いで謝ってきたことだった。陣の力も借りてなんとか宥めることが出来たものの、いつもの昴に戻るまでは結構な日々が費やされた。






 それからは怪我を治してリハビリの日々が始まる。ずっと動かしていなかった体は鈍りに鈍ってまともに走ることも儘ならなかったが、それに加えて片目での生活である。距離感が掴めなかったり、死角にあるものにぶつかったりと散々だったが、そんな日々の中でも、陣が隣に居てくれたから頑張ることが出来た。


 もう一度この人の隣で剣を持つのだと思えば、辛いリハビリなどどうにでもなったのだ。





「ひなた、入るぞ」



 そんなことを考えていれば、部屋をノックする音と共に扉の向こうから陣が顔を出した。返事をする前に開けるのならノックをする意味があるのか、と思った。


 けれどそんな些細なことよりも、私にはもっと重要なことがある。




「陣……かっこいいね」

「褒めても何も出ないぞ」



 今日の陣は普段よりも一段とかっこいい。桜の紋章がその立場を表す、煌びやかな正装を身に纏った彼は私の姿をちらりと眺め「悪くない」と少しだけ笑った。


 私も彼と同じ桜の紋章を戴く騎士服をきっちりと着こなし、堂々と背筋を伸ばしている。





 今日は、私と陣が姫様の桜将軍としてお披露目される、大事な日。



 ここに来るまで、酷く長い道のりだった。日常生活に支障がなくなっても、騎士としてやっていけるかというのは全く別の話なのである。狭くなった視野での戦闘は想像以上に神経と体力を使うことになり、何度も何度も諦めそうになった。




 だけど陣は……あの時、私の目になると言ってくれた彼は、いつも私の左側に立って幾度も守ってくれた。暗く閉ざされた左目は、代わりに彼の視界となった。



 普通は前衛後衛と分かれる騎士と魔術師が隣同士で戦うなんて本当は可笑しなことだけど、そう言うと陣は「俺達はこれでいいんだ」と何てことないように口にするのだ。


 陣の隣でこうして戦えるのは本当に嬉しかった。だからこそ守られるのに甘んじる訳にはいかなくて、彼の右側を守るのは私なのだと一層剣を持つ手に力が入った。




 そうしてとうとう、私と陣は桜将軍に選ばれることになったのだ。







「そろそろ時間だ」

「うん」



 当たり前のように左手を掴まれて部屋を出る。


 昨日までは慌ただしく準備が進められ騒がしかった王城内も、今はまもなく始まる式典の為に殆ど人が居なくなり、静まり返っていた。




「夢みたい」

「お前、昔から姫様の騎士になるのが夢だったもんな」



 勿論そうだ。だが、それだけではない。


 私が隻眼になってもなお死にもの狂いで騎士になった理由は、実はそれだけではないのだ。




「ねえ、陣」

「何だ?」

「私が――」



 もしどちらの目も見えなくなったとしても、相棒のままで居てくれた?


 そう問いかけようとした言葉は、しかし口にしなかった。「なんでもない」と言うと彼は不機嫌そうに眉を顰め、けれどそれ以上追及してくることはない。



 ずっと隣に居てくれると言った。けれどそれは騎士と魔術師としてではないということくらい分かる。恐らく完全に盲目になってしまったのであれば、私は騎士への道を諦めざるをえなかった。その時に陣の傍らに来るであろう他の騎士に、私は居場所を渡したくはなかった。



 欲張りな私は、どんなことがあろうと陣の隣も、相棒としての居場所も誰にも譲りたくはなかったのだ。だからこそ、どうしても騎士を諦めなかった。










 ざわざわと湧き立つ会場の舞台裏へと辿り着く。あと五分ほどすれば私達の出番になるだろう。




 薄暗い空間で傍らの陣を見上げる。そして私は、先ほどの問いの代わりに口を開いた。


 もしあの時どうだったなんて過去の話じゃなくて、これから先の未来の話を。





「陣、これからもよろしくね」

「……当たり前だろ」



 名前が呼ばれ、私達は表舞台に向かって歩き出す。


 暗幕が横に引かれ、差し込んだ光の中で見た陣は、とても満足そうに微笑んでいた。




 私の、唯一無二の存在。






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