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日本で騎士を目指します!  作者: とど
高等部編
86/93

76話 暗闇の中で掴んだもの

 ふっ、と意識が浮上していく感覚を覚え、今まで寝ていたのだと気が付く。


 鮮明になっていく思考のままに瞼を上げようとして、しかし目を開けることは出来なかった。




「目覚めましたか」



 頭の上辺りから男性の声が聞こえる。今度は体を起こそうとしたが、どこからか伸びてきた手によって再び同じ体勢に戻されてしまう。



「あの」

「ここは病院です。今は麻酔が効いているので痛みはないかもしれませんが、まだ安静にしていて下さい」



 病院……そうだ。私は騎士試験を受けて、それで――。





「陣と昴は!? ……あ、いや、すみません。他に怪我をした人はどうなったんですか!」

「鳴神さんと一緒に運ばれた不知火さんと藍川さんですね。彼らは一命を取り留めましたが、未だ意識不明です。ですが近いうちに目を覚ますでしょう」

「よ、かったあ……」


「救出時の状況は伺っていますが、お聞きになりますか?」

「……はい、お願いします」





 頭がくらくらするけれど、とにかく状況が気になって気になって仕方がなかった。


 医者らしき男性の声に、私は頭を僅かに動かしてそう返した。









 みーちゃんが他の騎士を連れてやって来たのは、ちょうどあの特大の魔術を受けてすぐだったらしい。昴のお母さんは全ての魔力を使い果たして体を維持することが出来なくなり、そのまま消滅したという。


 山にいた魔物は彼女に取り込まれたものも居れば、彼女が消滅したことで制御を失って同じように消えてしまったものもいた。どちらにせよ、あの山の魔物はほぼいなくなったのである。




 私が陣に使ったペンダントは魔術に耐え切れずに粉々に砕けてしまった。だが発動していた結界がある程度は威力を削いでくれたとのことで、直撃していたら恐らく即死していたであろう陣も生き延びている。しかしそのままでは危険な状態であるのは変わらなかったので、すぐに治療魔術を受け病院に搬送された。






「ですが……」



 そこまで説明を終えた男性だが、ここで言い辛そうに言葉を濁す。




「ご自分のことなので既に分かっていらっしゃると思いますが、鳴神さんには殆ど治療魔術の効果はありませんでした」


 そうだろう、とは思った。


 初めは麻酔が効いているから体が動かし辛いのかと思ったが、私の体には、恐らく全身に包帯が巻かれていた。何とか動いた手で触れてみれば触る所全てに包帯の感触が伝わってくる。




「体の怪我はリハビリをすれば治ります。……しかし、目は特に深刻な状況です。結界も何もない状態で非常に影響力の強い魔術を受けたため……ほぼ、失明状態です」

「失明……」



 私はそっと腕を上げて顔に触れた。先ほどから目の前はひたすらに闇に包まれており、きつく巻かれた包帯は瞼を上げることも許してくれない。


 この目が開いた所で、何も見えはしないのかもしれないけれど。




「私……あの時、目を開けていたから」



 陣が結界に包まれるのを見届けていたら、気が付けば強烈な痛みと共に魔術が襲い掛かった。目は人体の中で最も魔力が溜まる場所であると習ったはずだ。普段魔術を受けても殆ど影響がなかった私は、咄嗟に目を閉じるということすら考えつかなかった。



「いえ、恐らく目を閉じたくらいでは殆ど変わりなかったでしょう。それほど強い魔術だったと騎士の方に聞いております」



 本当だろうか。気に病む私にそう言って気を遣ってくれているだけなのではないかと疑ってしまう。


 実際にどうだったなんて確かめようがない。けれど、あの時に結界が間に合うかどうか確認する前に目を閉じるなど、それこそありえないことだった。ならばどのみち、結果は同じだろう。





「……一応、眼球の再生手術を行えば、視力が戻る可能性があります。手術自体は難しいものではないですが、治療魔術を施すものなので回復する確率は……半分もありません」

「そう、ですか」

「手術を受けるかどうか、よく考えておいて下さい。今は面会謝絶状態なので無理ですが、それが解除されてからご家族としっかり相談して決めて下さい」

「はい……ありがとうございました」



 横たわったまま少しだけ頭を下げると「何かあったらナースコールを」と私の手に機械を持たせ、その男性は部屋を出て行った。



 足音が遠のくのを確認すると、私は全身の力を抜いてはあ、と息を吐き出す。





 何も、考えられなかった。


 ……いや、考えたくなかったのだろう。

 何もかもが現実だと理解したくなくて、この包帯を解いてしまえばいつも通りの視界で、いつも通りの私がいるのではないかと確認してしまいたくなる。


 けれど、それをしてしまったらもうお終いだ。碌に動かない体は私を現実に引き摺りこもうとしている。本当に包帯を取ってしまった時は、真っ暗な現実を直視しなければならない時に他ならない。




 全て夢であって欲しくて、私は少し起きただけでも疲れた体を休めるように、再び自然と意識を手放してしまっていた。


















 次に目を覚ました時は、地獄だった。


 全身の言葉にならない程の痛みで意識がはっきりし、嫌でも現実を思い知らされることになった。



 痛い。体中どこもかしこも痛くて、鼓動に合わせるようにずきずきと傷が疼く。


 何より目が、本当に痛くて堪らなかった。ぎゅっと目を強く閉じても気休めにしかならず、只々我慢するだけの時間が過ぎていく。




 痛み止めを貰おうとナースコールを探したが、寝ている間に手放してしまったのか見つけることが出来ない。そうしているだけで腕が痛み、落ち着くまでひたすらに耐える。



 私、本当にぼろぼろなんだ。


 腕の一本すらまともに動かせない。物を見ることも出来なくなってしまった。これではもう、騎士になることなんて……。



 けれど今の私が何より、何より一番恐ろしかったのは、騎士になれないことではなかった。


 じくじくと痛む目が熱を持つ。このまま一生痛みが無くならなかったらどうしようとさえ思った。













 苦しくて苦しくて、言葉にならない感情が溢れだしそうになった時、不意にナースコールを探していた手が何か温かいものに包まれた。




「……ひなた」



 よく知っている手。よく知っている声。目の前が真っ暗でも、すぐに分かる人。




「陣」

「……」



 一瞬、全身の痛みすら忘れてしまった。


 今の私は面会謝絶だと言われたのに、どうしてここに居るかなんて考えなかった。


 ただ、陣が生きてここにいる。それだけで先ほどまでの苦しみも恐怖も、心の奥に沈み込んでしまう。




「無事で、よかった」

「……お前、目が」

「ちょっと見えなくなっちゃったみたい。でも、手術すれば治るかもしれないって」

「……」



 沈んだ空気をどうにか払拭したくて、わざと明るい声を出した。痛みは再び何事もなかったかのようにぶり返しているし、心の奥にしまい込んだ恐怖も蘇ってきそうだったけど、自分を騙すようになんてことないような振りをする。




「でも、陣も酷い怪我だったんでしょ?」

「……ひなた」

「来てくれたのは嬉しいけど、安静にしてなくちゃ――」

「ひなた!」



 バン、と耳元で何かが叩き付けられる音が強く響いた。その音と陣の怒声に、私は思わず殆ど動かない体をびくりと跳ねさせてしまう。


 握られる手の力が強くなった。




「……ふざけんなよ」

「陣……」

「誰が守れと言った? 俺の気も知らないで、お前はいつもいつも勝手に守って、勝手に傷付いて……お前に守られるなんてもう沢山なんだよっ!」



 きつく握られた手に、温かい何かが落ちた。


 見えなくたって分かる。陣が、泣いていることは。




「何で、いつもお前ばっかり……守ると、決めたのに! 俺は、どうやってお前に償っていけばいいんだよ……」



 手に落ちる涙はどんどん増えていく。涙声で悲痛の叫びを上げる陣に、私の行動がどれだけ彼を傷付けてしまったのかを思い知らされる。



 だけど。




「もう二度と、守ることなんて許さない!」

「……嫌だ」

「ひなた!」



 守ることを止めるなんて、私には出来ない。



「私も陣も、どちらも生き残る為にはこうするしかなかった。私はあの時のことを後悔してないし、これからもするつもりはないよ」


 もしこれからも、同じような場面があったとしたら、私は迷いなく同じ選択をする。




 そう言うと、陣は苦しそうに息を吐いて、「だったら」と絞り出すように声を上げた。



「後悔しないって言うなら、じゃあ、どうしてお前は泣いてるんだよ……!」



 目に巻かれた包帯の上から触れられる。温かいと思ったが、それは決して陣の体温だけではなかった。


 包帯で見ることは出来ないはずなのに、陣は私が泣いていることを分かっていたのだ。





 後悔はしていない。これは事実だけれど、本当は怖くて怖くて堪らなかった。


 もう騎士になれないかもしれない。もう立つことも出来ないかもしれない。痛みが消えないかもしれない。手術に失敗するかもしれない。もう二度と――




「陣を、見ることが出来ないかもしれない」



 私が一番恐れていたのは、それだった。


 私の一番大事な人を、もうこの目で見ることができないかもしれない。





「……馬鹿野郎」



 目を閉じていても溢れる涙を、陣は包帯越しに拭った。




「俺なんかよりも、見たいものなんて沢山あるだろうに」

「いやだ、陣がいい」


「……手術の成功率は」

「低いって、言われた」



 そうか、とぽつりと呟いた陣は、私の上半身を起こして抱きしめた。




「……例え失敗しても、俺はここに居る」

「陣」

「どんな結果になろうと、見えても見えなくても、俺はずっとお前の隣に居るから」



 体の痛みなんて無視して、私も彼の背中に手を回した。





「俺が――」




 とても、温かかった。






「お前の、目になるから」






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