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日本で騎士を目指します!  作者: とど
高等部編
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74話 切り開け

 年明け一月。気温が低く寒い日々が続く中で、更に悪いことに僅かに雨が降る今日、騎士、並びに魔術師採用試験が行われることになった。




「それでは、試験の概要を説明する」



 年嵩の眼光鋭い騎士の男性が良く通る声でそう口を開く。


 雨天だからといって試験内容が変更される訳ではない。事前に通達された通りの場所まで連れて行かれ、そして書類に書かれていた通りの試験が始まるのだ。



「送付した資料にも記載したが、今回の試験は魔物討伐である。……ただ、緊急を要し数も多い為、今回は特例として騎士、魔術師共に同時に同じ試験を受けてもらうことになっている」




 この場には私を始めとした多くの騎士を志望する人間、そして同じくらいの人数の魔術師を志望する人間が集まっている。私の隣には昴がいるし、少し離れた場所にはみーちゃんの姿もある。そして人混みで確認することは出来ないが、魔術師の集団の中には陣もいるのだろう。


 ちなみに藤原君はここにはいない。彼は魔術科に所属していたものの魔術師になるつもりはなく、魔術を応用した植物の品種改良などを行う研究職に内定が決まったそうだ。





 先日自宅に届いた書類には騎士試験の受験票と共に試験についての詳細が書かれていた。


 内容は今、騎士の男性が言った通り魔物討伐。黒崎さんが事前にそういう試験もあると言っていたのでこれには然程動揺しなかった。

 そして特例の魔術師と合同の試験。討伐する予定の魔物の数が非常に多く、また既に近隣住民に被害が出ていると書かれていた為、これも納得できる。



 しかし、私が最も驚いたのは――試験会場が、昴の故郷だったということだ。


 私は説明を続ける騎士からこっそりと目を離し、隣にいる昴をそっと盗み見る。表情は硬いが、それが試験自体に緊張しているのか、それともこの土地だからこそなのかまでは読み取ることが出来ない。




「騎士候補、魔術師候補共に全力で討伐に当たってもらいたい。……これは試験の為だけに行うのではない。住民の生命も掛かっているのだと重々承知の上で臨むこと。以上だ」



 試験には騎士の先輩も紛れて任務に当たるようで、彼らは魔物を討伐しながらも私達の戦いぶりを評価しなければならないのだという。……かなり大変だろう。



 酷くなってはいないが、それでも一向に止まない雨に雨天用の防寒具を装備しても体温が奪われていくのを感じる。


 始まりの合図が来るまでの間に、私は気に掛けていた昴に話しかけることにした。受験番号の関係で少し離れた場所にいたみーちゃんも、やはり昴のことを気にしてこちらへやって来る。




「昴……あの、大丈夫?」

「ああ、もう住民に被害が出てるみたいだし、討伐するのは問題ないんだが……」



 思っていたよりも元気そうな彼だったが、しかし話していくうちに言葉を濁し、そして眉を顰めた。

 辿り着いたみーちゃんも昴の表情を訝しげに見ている。



「どうかしましたの?」

「いや、ここは半年前に討伐したばっかりなのに魔物が増えるのが早すぎるというか……住んでた時はそんなことなかった気がするんだがな」



 土地の魔力が溜まりやすくなったのかもしれないが。と昴は考えるように眉間に皺を寄せている。


 半年という期間が長いか短いかというのは魔物が発生する土地によって違う訳だが、住んでいた――そして他の人間よりも魔物が身近であった昴がそう言うのなら、確かに短いのだろう。

 突然変異が絶対に起こらないとは言い切れないが、そんな確率は限りなくゼロに近い。



 何が起こるか分からない。以前昴がこの土地の魔物はあまり強くないとは言っていたが、用心するに越したことは無いだろう。


 遠くにいる魔術師の集団の中に陣の姿を見つけながら、私達は先導する騎士に従って山の麓から魔物の生息地へと足を進めた。















「各自、臨機応変に対応するように。それでは健闘を祈る。……開始!」



 力強い声に押されるように、私達は一斉に駆け出した。

 生息地である山は広いので、各々で判断して行動することになる。



 駆け出してから程なくして現れた一匹の猪の姿をした魔物を一刀両断し、霧散させる。その瞬間真横から狙ったようなタイミングで突っ込んできたもう一体の魔物は、みーちゃんが喉元から一気に核まで貫いた。立ち止まった私達を追い抜いて、昴が正面からやって来る狼型の魔物に立ち向かう。その昴を狙うように鷹の魔物が上空から急降下してくるが、昴の元へ到達する前に陣の雷が正確に狙い撃つ。


 いつの間にか合流していた私達は、特に何か相談するまでもなく互いを守り魔物を倒していた。




「確かに多い……というか、予想以上に好戦的だな」

「ああ、この山全体が魔力で溢れ返っている。……ここは、普段からこうなのか?」

「魔物が増えるとこんな風になることもなくもないが、やっぱり時期が早すぎるな」



 昴と陣は話しながらも攻撃の手を休めず、一体一体着実に討伐している。


 魔物の数は確かに多いが、恐れることはない。今までの努力と皆への信頼が力強く背中を押してくれているからだ。雨はまだ降っているのにあまり冷たく感じなくなった。戦い始めて体が温かくなったからか、それとも皆がいるからか。








「……ん?」



 そのまま戦い続けていた時、不意に昴が魔物を薙ぎ払う手を止め、どこか遠くへ視線をやった。今は彼の元に魔物はいないのでいいが、不意を突かれたら大変である。



「昴、集中しないと危ないよ」

「いや、そうなんだが……この魔力、どこかで」

「魔力なんてそこら中に溢れ返ってるだろうが」

「……昴?」




 陣の声も碌に聞かないほど、彼は何かを感じ取ろうと意識を割いている。そして数秒後、昴は突然何かに取りつかれたかのように一心不乱に走り始めた。



「昴、どこに行くつもりですの!?」

「様子がおかしい。追うぞ、一人だと何をしでかすか分からないからな」



 まるで何かに導かれるように走り去った昴の背中をどうにか見つけ、私達は後を追った。途中で魔物が飛び出して足止めを食らうがそれは昴も同じで、しかし彼は怪我をすることを厭わずに強引にそれを突破して先へ進もうとしていた。



 昴に一体何があった?




「陣、昴は魔力とか言ってたけど、何か変わった感じはあるの?」

「……いいや。そもそも周囲に魔物の魔力が多すぎて、例え別の魔力があったとしても俺には分からない」

「そういえば、昴は魔力感知が得意でしたわね」



 中等部の頃、見せたこともないのに魔道具を持っていると当てられたことがあった。この魔力に満ちた空間の中でも、彼には何か特別な魔力を感じ取れたというのか。










 走って走って、大分山の奥まで来ただろうか。雨で地盤が緩んで足が沈むので走りにくい。それでも何とか走り抜けると、微かにしか見えなかった昴の背中が徐々に大きくなっていった。彼が立ち止まっているのだ。


 彼が足を止めた先は、今までよりも僅かに開けた空間だった。



 そこへ辿り着いた瞬間、私達の視線は一瞬にして目の前の光景に絡め取られた。立ち止まった昴の目の前には、こんな魔物に満ちた山奥に全く似つかわしくない綺麗な女の人が佇んでいたのである。


 三十代くらいだろうか、その女性は雨が降りしきる冬の山で過ごせるような恰好ではなく、まるで家の中にでも居るような薄手の長袖の服を身に纏っていた。




「昴っ!」

「……る」



 私が叫んだのに反応したのは彼ではなく、女性の方だった。虚空を見つめながら無表情でぶつぶつと小さな声で呟いており、昴に至っては背を向けているから顔は分からないが無反応である。



「ひなた下がれ、この女……」

「母、さん」



 陣が近付こうとした私を女性から遠ざけると同時に、昴の言葉が零れ落ちた。



「母さん!」

「お、母さんって……」



 昴のお母さんは、確か――。


 彼がそう叫ぶと同時に、今まで虚ろに目を向けていた女性がその声に反応したかのように昴を捉えた。




「すば、る」







 か細い女性の声が彼の名を紡いだ刹那、赤が舞った。



 一瞬にして昴は何かに吹き飛ばされたかのように背後に飛び、そして真後ろにいたみーちゃんを巻き込んで転がったのだ。



「昴!」



 まるで花びらのように舞った血は昴のものだった。みーちゃんはすぐさま起き上がり、胸を真っ赤に染め上げた昴の上半身を抱いて顔を真っ青にする。




「この女……やばい、魔力の底が見えない!」

「昴、しっかりしなさい!」



 私と陣は、まるで反応のない昴とみーちゃんを庇うように立つ。何なんだ、さっきの衝撃波は。魔術だということは分かったが、あんな速さであの威力、ただ事ではない。


 私は女性を睨むように剣を向けるが、彼女はまるで意に介した様子もなく、只々ぶつぶつと言葉を繰り返すだけだ。




「すばる、すばるすばるすばるすばるすばるっ!」

「ひっ」



 昴の名を繰り返す度に、その声が大きくなる度に、女性は美しかった相貌を憎悪の形相で埋め尽くしていく。あまりの変貌に思わず小さく悲鳴を上げてしまった。


 何で、どうして。昴はこの女性のことを母親だと言ったのに。




「何か来るぞ!」



 陣の言葉に剣を握り直す。魔力など殆ど感じたこともない私でも分かるくらいの圧倒的な圧力が場を支配する。



 そうして次に瞬いた時には、私達の周囲に今まで一体も存在しなかった魔物が牙を剥いて取り囲んでいたのだ。



「なっ」

「魔物を、呼び寄せた!? いや――」



 陣の言葉を遮るように狼型の魔物が襲い掛かって来た。即座に斬り捨てたものの、魔物達は我先にとばかりに飛び掛かってくる。


 昴とみーちゃんを守りながら魔物を倒していると、視界の端で「ブラッドレイ!」と陣がみーちゃんに何かを投げた。



「これは……」

「治療魔術の魔道具だ。早く藍川に!」



 どうやら腕に嵌めていた魔道具を渡したようだ。みーちゃんが慌てて魔道具を発動させるが、それを止めるかのように上から鋭い鉤爪を振り下ろす魔物を見つける。すぐさま足を切り落とすように剣を振り、次いで二撃目で仕留めた。



「みーちゃん、昴は!?」

「なんとか出血は収まりましたが、このままでは……」

「ブラッドレイ、藍川を連れてここから離れろ!」

「ですが……」



 みーちゃんが言葉を濁したのは、私達を置いて行くことを恐れているだけではないだろう。こうして魔物に取り囲まれた現状で果たして逃げられるのか、ということだ。


 先ほどから倒しているはずなのに、魔物は一向に減った様子が見られない。やはりあの女性が魔物を呼び寄せていると考えるのが妥当だ。




「ひなた、五秒開けるぞ」

「了解」



 唐突に陣が発した言葉に、私は間髪入れずに返事をする。



 周りは魔物の囲まれていて、通り抜ける道など存在しない。存在しないのならば。




「切り開く」



 陣の声と同時に私は駆け出した。





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