72話 オシャレのすすめ
「ねえねえ、これなんかどう?」
「こっちも良いと思いますわよ」
恭子ちゃんとみーちゃんに詰め寄られながら、私はどうしたものかとこっそりとため息を吐く。
今日は休日で、二人はうちに遊びに来ている。当初は紅茶とケーキで軽い雑談をして楽しんでいたのだが、突如恭子ちゃんが思い出したかのように鞄から洋服のカタログを取り出して広げたのだ。それもただの洋服ではない……ドレスだ。
今は肌寒い十二月。そして学校が冬休みに入る二十日過ぎに、高等部三年の生徒が集まるクリスマスパーティが学校で催されるのである。
騎士科も魔術科も、採用試験は一月。それにその他の学科も就職試験などがあり、それらが始まる前に最後に楽しもうということで企画されたらしく、毎年の盛況ぶりはすごいものがあると聞いた。
という訳でクリスマスパーティに着ていくドレスを選ぶことになったのだが……何故だか恭子ちゃんもみーちゃんも、私のドレスばかりを探しているのだ。
「あの、二人とも」
盛り上がっている二人に水を差すのはどうかと思うが、私が着るものである。黙っていてとんでもないものを選ばれても困る。
「何か良い物あったの?」
「いや、そうじゃないんだけど……そもそも、なんで私のドレスばっかり探してるの?」
「そんなの決まってるでしょ。ひなたちゃんを可愛く着飾って、陣君を惚れ直させるんだから!」
「ええ……?」
「だって全然進展してないじゃん。いつまでもこんなんじゃあ、ひなたちゃんお婆ちゃんになっちゃうよ!」
「そもそも昴も言ってましたが、あなた達はまるで熟年夫婦ですわ。放っておいたらそのまま天寿を全うしそうですし」
二人とも酷い言い草である。
しかし、恭子ちゃんはともかくみーちゃんにまでそんな風に心配されるとは……これが彼氏持ちの女の子の余裕か。世知辛い。
「というか騎士科には式典用の制服があるんだし、学園の行事ならそれでいいと思うんだけど……」
「ひなたちゃん、何言ってるの! 式典用の制服っていかにも騎士って感じで全然可愛さをアピール出来ないよ。せっかくの機会なんだから、綺麗に変身して陣君をぎゃふんと言わせたいと思わないの!?」
「いや……前に一度、陣の前でドレス着たことあったけど、似合わないって言われたし」
「何それ、陣君酷い!」
「褒め言葉の一つも言えない男なんて、いっそ止めたらいいと思いますわ」
今更陣以外の人を好きになるなんて想像も出来ないけど。
だが、確かにずっと現状のままで満足か、と問われれば強く頷くことはできないのが事実だ。ただの相棒のままで終われるのなら初めから陣の言動に一喜一憂していないし、想うだけで平気だと言える程人間出来ていない。
もし着飾って可愛いなんて言われたら、それは確かに嬉しくて堪らないだろう。しかし……。
「……例え私がおしゃれした所で、陣に何か言わせるのは難しいと思うんだけど」
そもそも陣に自発的にそういう言葉を求めるのは非常に難易度が高い。私がそんなことを言うと、恭子ちゃんは呆れた表情で「あのね、ひなたちゃん」と口を開いた。
「そうやってひなたちゃんが陣君を甘やかすから駄目なんだよ」
「甘やかす?」
「陣君って結構言わなくても分かる、とか思ってる所あるでしょ。そんな風だからいつまでもひなたちゃんに頼って何も言わないままになるんだよ」
「本当に子供みたいですわね、あの男。男ならはっきりすっぱり好きなら好きだと言うべきですわ」
「す、好きって」
みーちゃんの言葉に、私はあからさまに動揺してしまう。いや、そもそも陣が私のこと好きかなんて分からないのに……。
「はっきり言うけど、陣君はどうみてもひなたちゃんのこと好きだよ」
もだもだしている私に恭子ちゃんがとどめを刺す。みーちゃんも隣でうんうんと頷き「誰が見てもそう思いますわ」と同意してきた。
陣が、私のことを好きだったら……そう考えるだけで著しく体温が上昇しそうだ。
「そうだったらいいけど……」
「もう、ひなたちゃん自信持ってよ。……ほら、こんなドレスでも着こなせば流石の陣君だってイチコロだって」
そう言いながら恭子ちゃんが見せてきたドレスに、私は眩暈を起こしそうになった。あの、そんな露出度が高いドレスを、私が着こなせるとでも?
背中も胸も大きく空いたデザインに、私は全力で首を左右に振る。
「恭子、それは流石にひなたにはどうかと思いますわ」
「でもミネルバちゃん、このくらい色気を出せば陣君だって無視できないって」
「私に色気なんて求めないで……」
はあー、とローテーブルに顔を突っ伏しダウンする。例えそんなドレスを着た所で、私に色気など出るはずもない。
顔を横にして話し合う二人を観察する。
恭子ちゃんは可愛い。レベルが高いうちの学園においても結構人気があるし、それで昴を逆恨みする男どもも少なくない。体型もいかにも女の子と言った感じの華奢な体で……胸もそこそこある。
みーちゃんは美人だ。西洋の血が混じっているからか、人形のような顔立ちは思わずため息を漏らしたくなるものだし、ふわふわとした金の髪は女の子の憧れの的である。騎士科であるから体も引き締まっているし身長も高いので、一言でいえばモデル体型だ。
そしてその二人に比べて私である。私もみーちゃんと同じく騎士科なので別に太っているわけではないのだが、父様との修行の成果か筋肉がついて腕は太いし足だって細くない。おまけに伸び悩んだ身長は二人に随分差が付けられているのだ。これであのカタログのようなドレスを着たらもう笑い者になるしかないと思う。
……陣の身長も随分伸びて司お兄ちゃんも抜いてしまったし、彼の隣に並ぶとなると身長差で随分見劣りすることになるだろう。
「高いヒールとか履いた方がいいかなあ」
「止めた方がいいですわね」
「なんで?」
「パーティの後はすぐに採用試験でしょう。履き慣れない靴で足を挫いたりしたら、試験に影響が出ますわ」
ああ、確かにそれは困る。パーティも大事だけれど、採用試験と天秤にかけるまでもない。
「となるとあんまり大人なドレスじゃ合わなくなるね。ひなたちゃんはどんなドレスがいいの?」
恭子ちゃんが差し出して来たカタログを受け取るのだが、予想以上にずっしりと重みを感じる。かなり分厚いぞ、これ。
「すごい種類だね……」
「うちのお得意様が持ってきたの。お嬢様にどうですかって」
ちょうど役に立って良かったー、と笑みを浮かべる彼女に私は乾いた笑いを返すことしかできなかった。……これ、全部見るの?
困っていた私を見かねたのか、二人は私には到底着こなせないであろうドレスのページを省いて、ある程度のページ数にドッグイヤーを付けてくれた。
「ひなたはあまり寒色系の色は似合いませんから、明るい色にした方がいいですわね」
「そうだね。ひなたちゃんの希望は?」
「……あの、何でもいい?」
「勿論、私に任せて」
正直私はそこまでファッションに詳しい訳ではなく、自分にどんな服が合うのかなんていまいち分かっていない所がある。
ただ、陣の前でドレスを着るのであれば、絶対に譲れない部分があるのも確かだ。
「その、このペンダントに合うドレスがいいんだけど」
そう言いながら私が首元から取り出したのは、言うまでもなく陣がくれた魔道具である。本来ならいくら学園の、それもあまり格式ばったものではないパーティといえど魔道具を付けて出席するのはどうかと思うのだが、これだけは身に付けておきたかった。
私がそう言うと、二人はきょとんと目を瞬かせた。
変なこと言っちゃったかな、とも思ったのだが次の瞬間「ミネルバちゃん探すよ!」「ええ、絶対にペンダントに似合うドレスを探してみせますわ!」とすごいやる気でページを捲り始めた二人に、安心するやら恥ずかしくなるやら。
そうして選ばれたドレスは暖色系のグラデーションが綺麗なもので、デザイン共に三人とも満足の行くものとなった。




