68話 告白ラッシュ
国王杯も終わり、またいつも通りの日々がやってきた。
私は何も変わらないのだが、周囲までもがそうという訳ではないらしい。
「みーちゃんおかえりー」
「……戻りましたわ」
午前中の休み時間に呼び出しを受けていたみーちゃんが戻ってきた。みーちゃんは少し疲れた様子で席に付き、はあ、と息を吐いている。
「それで、どう返事したの?」
「すぐに断りました。なのにあの男ったらしつこくて……剣を持っていたら突き付けていましたわ!」
そう言って憤慨するみーちゃんに、流石に持っていたとしても剣は駄目だよ、と軽く窘める。彼女の言葉は冗談に聞こえないので怖い。
国王杯が終わってからというもの、突如みーちゃんに告白する生徒が激増した。彼女は美人だし前から告白されることも何度かあったようなのだが、最近は特にすごい。きっと国王杯での彼女の凛々しさに見惚れた人が多いのだろう。
そして告白されるのが増えたのはみーちゃんだけではない。以前から人気のあった陣も沢山の女子に想われているようだ。何せつい昨日、わざわざ魔術科の女子が騎士科まで足を運び「鳴神さんと不知火君って付き合ってないんでしょ? だったら貰ってもいいよね」と謎の宣戦布告を受けたのだ。
確かに私と陣は付き合っていないし勝手に私が想っているだけだけど、だったら尚更私に言いに来なくて良いと思う。
陣が誰かの告白を受け入れたらどうしよう、と頭を悩ませていると、「みーちゃんは一気に人気ものだなあ」と茶化すように言いながら昴が近づいてきた。
「みーちゃんって呼ばないでと何度言ったら分かるのですか!」
「まあまあ、いいだろ。しっかし国王杯の影響はホントにすごいな。俺昨日の帰りに大吾郎が告白されてる所まで見たぞ」
「藤原君も?」
それは驚いた。彼が告白されたなんて今まで聞いたこともなかった。
失礼なことを言っているようだが、藤原君の容姿は並みで、良い所の子供が集まるこの学園においては中の下というくらいだ。性格は勿論保証済みだし頼れる人なのだが……所謂いい人で終わるタイプだと恭子ちゃんが分析していたのを聞いたことがある。
しかし昴の言葉にみーちゃんは鼻を鳴らし「当然ですわ」と胸を張った。
「大吾郎がすごいのは前からですわ。……寧ろ今まで見向きもしなかった女が今更好きだなんて、厚かましいにもほどがあります!」
「いや、国王杯の藤原君確かにかっこよかったし、しょうがないんじゃないの?」
「どうせそんな女に引っ掛かる大吾郎ではありませんわ!」
やけに熱弁を振うみーちゃんを見て、なんでそんなに必死になっているんだろうと疑問を抱く。
しかし私にはもっと重大な謎があるのだ。
「何で私だけモテないの……」
国王杯の決勝戦で戦った四人の内、私だけが何も変わらない生活を送っているのである。
何故だ、とみーちゃんの机に両手を着いて項垂れていると、昴が心底呆れたように「お前さあ」と口を開いた。
「どうせ告白されても断る癖に、何贅沢言ってるんだよ」
「う、それを言われると……」
確かにその通りなのだが、私だけ、というのがなんだか釈然としないのである。
「そんなに告白されたいなら言ってやろうか。“おまえがすきだーつきあってくれー”……ほら、満足したか?」
「昴……」
完全に馬鹿にした口調でそう言った昴に、私はどうしたものかと彼の背後を見る。私の視線が自分を通り過ぎていることに気付いた彼はそのまま視線の先を追うように振り返り、そして。
「昴、ひなたちゃんのこと、好きだったの……?」
廊下にいた恭子ちゃんを見て、思い切り顔を引き攣らせた。
「きょ、恭子」
何とも素晴らしいタイミングで現れた彼女は、慌てて弁解を始める昴に疑わしげな目を向けている。それを見て更に焦る昴を見て、私も少しは溜飲が下がった。
しばし昴を動揺させた後、恭子ちゃんは「本当は冗談だって分かってるけど」とからっと笑った。
「でも、どうしてそんな話になったの?」
「ひなたが、自分だけモテねえって嘆いてたからちょっと元気付けてやろうと」
「あの言い方のどこに元気付ける要素があったの!」
完全に私をからかっていただろう。
先ほど話していた内容を恭子ちゃんに伝えると、彼女は少し驚いたように目を瞬かせた。
「ミネルバちゃんは可愛いから分かるけど、大吾郎君もなんだ」
「ちょっと意外だと思うよね」
「……」
うんうんと恭子ちゃんと頷き合っていると、みーちゃんが何か言いたげに私達を見ていることに気が付いた。
「みーちゃん、どうしたの」
「……何でもありませんわ」
ふい、と顔を逸らしたみーちゃんはこれ以上聞いても答えてくれそうにない。仕方がないので言及するのは止めることにした。
「まあ、ひなたには怖い番犬がいるからな。告白されないのは、ひなた個人だけの問題とは言わないが」
「番犬? ……私に?」
「どうしてわたくしの方を見るのですか!?」
「いや、私のことで怒ってくれるのはみーちゃんかな、と」
思わずみーちゃんの方を向いたら、怒られてしまった。
前に告白という名の侮辱を受けた時だって、後で「あの下種男にはわたくしが制裁を与えておきましたわ!」と報告されたし。
何をしたのか恐ろしくて具体的には聞かなかったが、自分の為に怒ってくれる友達がいるって本当に恵まれているなと実感したものだった。
「ところで、恭子ちゃんは遊びに来たの? それとも何か用事だった?」
「そうそう、忘れる所だった! 今度の土曜日両親が二人とも海外に行って家に私一人だけなんだ。だから二人とも泊りに来ない?」
夜中まで騒いだりとか、きっと楽しいよ! と両手を振ってアピールする恭子ちゃん。
そういえば不知火の家に泊まったことはあっても、友達の家に泊まってわいわい楽しんだことなんてなかったな、と思った。さながら修学旅行の夜のような光景を想像して、私は迷うことなく二つ返事で了解する。
「勿論、大丈夫だよ!」
「ミネルバちゃんは?」
「わたくしも、よろしいのですか?」
「当然。女の子三人で楽しもうよ!」
少し遠慮がちにそう返したみーちゃんだったが、その頬は僅かに紅潮している。彼女もきっと嬉しいのだろう。
じゃあ時間は……と詳しい話を始めようとしたその時、それまで会話に入れなかった昴が恐る恐ると言った様子で恭子ちゃんを窺った。
「……あの、ちなみに恭子さん、俺は……?」
「昴は駄目! 男子禁制です!」
「ですよねえ」
彼女につれなくされた男は、そう言って乾いた笑いを浮かべながらずこずこと引き下がった。




