66話 国王杯
さて、とうとう待ちに待った国王杯の当日になった。
私は朝から落ち着くことが出来ずに逸る気持ちを押さえられなかったのだが、そんな国王杯の前には通常の運動会が待ち構えている。
気も漫ろに綱引きに参加していると同じチームにいた恭子ちゃんに怒られてしまった。学科対抗では流石に騎士科が有利過ぎるのでチーム分けはばらばらになっているのだ。
「楽しみにしてたの知ってるから気持ちは分かるけど、ぼーっとしてたら危ないよ」
「ごめん」
少し反省して冷静になった。運動会を頑張ってる人に申し訳なかったな。
それからは真面目にリレーを走りしっかり一番でゴールすることが出来た。本当に体力だけは自信があるんだよね。しかし結局優勝は別のチームに持って行かれてしまった。
そうして順調に運動会が閉幕すると、お次はいよいよ国王杯だ。司会の合図と共に出場選手十六人が競技場へ入場するのだが……観客席から見下ろしていた時とは違い、想像以上のプレッシャーが私達を襲う。何せ国王杯である。この間初めて間近で見たとはいえ国王様もおられるし、名前は分からないがテレビで見たことがある海外の人の姿もある。
足と手が同時に出てしまわないだろうかと緊張でいっぱいになりながら、私達は競技場の中央で国王による開催の挨拶を聞いた。
「ひなた、大丈夫か」
「た、多分」
あれだけ待ち望んでいたというのに、今はもう少しだけ待ってくれと言いたくなる。何とか選手席までたどり着いて大きく息を吐いていると、陣が心配そうに声を掛けてきた。
「……お前でも緊張するんだな」
「そりゃあするに決まってるじゃん」
「そうか? 今まで戦ってきた時はそんな風には見えなかったが」
「いやだって、こうやって大勢の前で戦うなんて初めてで」
「第一試合、出場選手、前へ!」
それも一番最初に試合なんて、本当に運がない。
アナウンスを聞いて私達は会話を止める。そして一度深呼吸してから、私達は試合のフィールドまで歩き出した。
「ひなたちゃんー、陣君ー頑張って!」
正面の席にいた恭子ちゃんがそう声を張り上げている姿が見えた。そしてその隣にいる昴は面白そうにこちらを見て挑戦的な視線を送ってくる。まるで『負けるわけがないよな』とでも言いたげに。
相手の選手は高等部の一年生ペアだ。騎士科の男子と魔術科の女子が同じように緊張した面持ちで礼をする。
私達も頭を下げ礼をした後、距離を取って位置に着く。審判が注意事項を話す中、こっそりと隣の陣が口を開いた。
「いつも通りにやればいい」
「……分かってるけどさ」
「いつもの馬鹿みたいに能天気なひなたはどうした? お前は気が抜けたくらいがちょうどいいんだよ」
「……馬鹿みたいは余計」
まったく、緊張を解そうとしているのは分かるが、酷い言い草である。しかし陣と軽口を叩いていれば、いつの間にか落ち着いているのだから私は単純だ。
やはり、陣の隣は本当に自然体でいられる。
「開始!」
審判の合図と共に、私は剣を構えて走り出す。実際に試合が始まってしまえば国王様や姫様が見ていることなんて、すっかり意識の外に追いやってしまっていた。
結果だけ言えば、余裕だった。騎士科の男子が陣の魔術に気を取られている隙にプロテクターを破壊寸前に追い込み、会場内に大きく失格のブザー音が鳴り響いた。
難なく終わった試合に選手席へと戻ると、みーちゃん達が準備をしていた。
「余裕だったみたいだな」
「こいつがらしくもなく緊張してたから不安だったけどな」
「始まる頃には落ち着いてたでしょうが……次、みーちゃん達?」
「ええ。相手が上級生なので少し心配ですが、頑張りますわ!」
大吾郎、行きますわよ! とみーちゃんは藤原君を先導するようにフィールドへ堂々と歩き出した。彼女は緊張とは無縁のようだ。
早速始まった戦いは、然程時間も掛からずに終了した。みーちゃんが率先して攻撃を繰り出し、彼女の隙を埋めるかのように絶妙なタイミングで藤原君の魔術が発動する。二人が戦っている姿は初めて見たが、いいコンビだと思う。主力とサポートがしっかりと役割分担されているので戦い方に無駄がない。
「……あいつ、魔道具使ってるな」
「え?」
「大吾郎の魔力量じゃ、あれだけ連続して魔術は使えないはずだ。一気に魔力が減ると体に負担が掛かるからな」
藤原君を見ながら陣がそう分析する。ちなみにこの大会では魔道具の使用も一部を除いて可能になっている。一部というのは、戦闘魔術などの相手を傷付けることが出来る魔道具のことだ。あからさまに強い魔道具を使って攻撃すれば選手が危険である上、大会の意味もなくなってしまう。
私も陣から貰ったペンダントをしっかりと付けている。
「藤原君の魔道具って、初等部の時に作ったやつ?」
「多分。あいつは魔力を蓄積出来るものを作ってたから、今日の為に相当溜めて来たんだろう」
「ひなた、ちゃんと見ていました!?」
陣と話をしていると二人が戻ってきた。見てたよ、おめでとうと労うとみーちゃんは「当然ですわ!」と胸を張って嬉しそうにした。
「藤原君もお疲れ様。ねえ、今陣と話してたんだけど、藤原君、魔道具使ってたの?」
「おいおい、戦う相手に手の内を明かすと思うかよ。……まあばれてるみたいだし、ひなたの魔道具も俺は知ってるからいいけどな」
そう言って藤原君は腕を捲ると、手首に巻かれていたブレスレットが晒される。シンプルなデザインで一つだけ大きな緑色の魔石がはめ込まれているものだ。
「初等部の時に作ったやつだ。実際使う機会はあまりなかったんだが、まさか国王杯に出るとは思ってなかったからな。慌てて引っ張り出して溜めておいたんだ」
綺麗な色だ。魔石の色は魔力を込めた人によって変わると授業で習ったので、藤原君の魔力はこの色なのだろう。植物が好きな彼に良く似合っている。
私のペンダントの魔石の色はオレンジだから、じゃあ陣の魔力の色はオレンジということになるはずなのだが……よく考えてみれば彼の治療魔術の魔道具は青色の魔石である。疑問が浮かぶが、私は実際に自分で魔道具を作ったことがないので原理はよく分からない。
やはり準々決勝は個々に実力差があるのかどの試合も時間が掛からずに終了した。運が良いのか、みーちゃん達とは決勝まで行かなければ当たらないので、どうにか準決勝を切り抜けるように頑張るのみである。
今度は先にみーちゃん達の試合が行われたのだが、相手の魔術科の生徒が非常に厄介だった。魔力量に自信があるのか大き目の魔術を幾重にも発動し、みーちゃんの足を止めてしまう。そしてそこを狙うように騎士科の生徒が追撃を掛ける。剣の腕はそこそこだが隙を見つけるのが上手い相手だった為、防戦一方になったみーちゃん達は苦戦を強いられた。
気が付けば手に汗を滲ませながら見ていた戦いは、長期戦の末、相手の魔力が減った所をみーちゃんが仕留め、終わりを迎えた。
「……ひなた、待ってますわよ」
ぜえぜえと息を切らしながら戻ってきたみーちゃんはそれだけ言ってぐったりと席に身を預けた。藤原君に至っては一言も口にしていない。相当疲れたのだろう。
私はみーちゃんに返事をして、陣と共に準決勝のステージへ進む。初戦のような緊張など皆無なのでいつも通りに戦えるだろう。
「陣、行くよ」
「任せろ」
短い言葉を交わして、私は陣の様子を確認することなく剣を構えた。予選トーナメントの言葉ではないが、陣は私の考えていることをよく理解してくれている。だから安心して切り込みに行けるのだ。
ここまで進んで来た相手である。同学年とはいえ勝つのは少々苦労した。
準決勝の相手は最初から積極的に私だけを集中攻撃してきたのだ。一人でも失格になれば試合は終わるので戦い方としては正しい。だがされる方はたまったものではない。
剣に魔術に、次々に飛んでくる攻撃を捌きながら反撃に出るのは難しい。魔術はいっそ無視した方が私にとっては楽なのだが、戦いの途中から突然陣が「魔術は避けるか防げ!」と言ったものだから余計に大変だった。
陣は陣で集中攻撃される私のサポートをしながら、離れた場所にいる魔術科の生徒を攻撃し、そして彼お得意の雷の魔術で正確に相手の頭上から落雷を叩きこんだ。
攻撃は八割方カットされるとはいえ雷が落ちてくるのは相当恐ろしかったことだろう。試合が終わってからも雷が直撃した魔術科の生徒は中々立ち上がることが出来なかった。
これでみーちゃん達と決勝だ、と思っていると陣が難しい顔をしながらこちらへやって来た。
「ひなた、プロテクターを交換しておけ」
「え? でも攻撃受けたっけ?」
「魔術が当たってただろ」
「でも魔術は……」
「お前の体なら無傷で済む。だが、プロテクターは違う。……もっと早く気付くべきだった。プロテクターは恐らく平均的な魔力量の人間でのダメージ計算になってるはずだ。いつも通りに魔術を受け続ければ、すぐに失格になるぞ」
通常は身を守るはずのプロテクターが逆に足を引っ張るなんてどんな皮肉だ。冗談ではない。
しかし失格にならない為にも気を付けなければならないのは確実である。
「頑張る……」
「避けられそうにないなら魔道具使えよ」
「分かった」
何せ相手が相手である。先ほどから最小限の魔力で的確に狙っていた藤原君を相手に、どこまで魔術を防ぐことができるか。
とにかく、やってみるしかない。
次は、とうとう決勝戦。熱気に包まれる会場で、みーちゃん達が待っていた。




