64話 五年に一度の……
「平和だー」
本当に平和だ。高等部も二年になり、昨年の騒動が嘘だったかのように何事もない日々が続いている。
実際の所、全て綺麗さっぱりと解決した訳ではないのだろう。昴の命を狙っていた強硬派の人間や、前国王派の人達は勿論存在しているし、彼らがどういう結末を迎えたのかは詳しく知らない。ニュースなどで報道されていれば目にすることもあるが、正直言って昴が無事に元の生活を取り戻した今、彼らのことは私にとってどうでもいいのである。
その昴はといえば、未だに不知火家に居候している。もう一度寮に戻るにしても王城で暮らすにしても賛否両論で、困り果てた末にひとまず高等部卒業までは今まで通り不知火が引き取ると議会で決まったのだという。
そしてこの間、ついに姫様と昴が対面する機会があった。というよりも姫様が自ら昴に会いに来たのだ。流石に王族二人の邪魔はするまいとその場を離れようとしたのだが、二人だと気まずいから居てくれ、と両者からお願いされた私は同席することになった。
始めは昴に負い目がありぎこちなかった姫様だったが、昴の性格もあり次第にいつもの調子を取り戻し、最終的には新しく出来た従弟に喜んでいるようだった。
さて、そうして取り戻した日常だが、今年は特別な年である。それは去年とは打って変わって良い意味で。
五年に一度の、私達が初等部六年の時に観戦した国王杯が開催される年なのだ。
「それで、お前は勿論参加するんだろ? 主席様」
参加募集の用紙を眺めているとすぐ後ろの席から、昴がからかうように声を掛けてきた。
そう。この成績順の席で、後ろである。
一年次に半年ほど学校に来られなかった所為で彼の成績は落ち、繰り上がるようにして今年は私が主席になってしまったのだ。……だというのに昴がしっかりと二番をキープしているという事実が恐ろしい。これは三年になったら確実に元の順位に戻ることだろう。
私は椅子に後ろ向きに座って彼に向き合った。
「一応参加するつもりだけど」
「だよなあ。プレッシャー掛かるんじゃないのか? 何せ鳴神と不知火で更に主席同士。負ける方が可笑しいって思われるぞ」
「……陣と組むのは決定してるんだね」
「そりゃあそうだろ。むしろ他に誰がお前と組むっていうんだよ」
陣以外考えられない、という意味だと思うのだが、それだとまるで他の人が私と組みたくないみたいに聞こえるから止めてほしい。昴の発言が悪意の無いものであると思いたい。
「そういう昴は参加いたしますの?」
話を聞いていたのか、荷物をまとめたみーちゃんがポニーテールを揺らしてこちらへやって来る。ちなみに彼女の順位は今年八位で、着実に上がって来ている。
「俺は……止めておくよ」
「え? なんで?」
当たり前のように参加すると思っていたので意外だった。みーちゃんも同じ気持ちだったのかきょとん、と目を瞬かせ不思議そうに首を傾げている。
「まだごたごたからそんなに時間も経ってないしな、あんまり表に出るのもどうかと思うんだ。特に国王杯なんて海外からも人が来るらしいし、内紛になりかけた原因がのこのこ参加するのはまずいかな、と」
「そういうもん?」
「そういうもん。それに今の俺と組みたがるやつなんてそれこそいねえだろ」
「あら、いつも授業で組んでいる方は駄目ですの?」
「佐々木は、あいつ戦いとか苦手だからなあ」
俺とじゃなくても参加しないと思う、と昴は苦笑しながら言った。確かに佐々木君は魔術式を組むのが趣味だと言っていたし、見た目からしてインドア派であまり戦闘が得意そうには見えない。一発殴ったら気絶しそうなくらいのもやしっ子だ。
「じゃあ、みーちゃんは?」
「……考え中ですわ」
少しは参加する気があるのか難しい顔で黙りこんでしまった。まあ参加締切までまだしばらくあることだし、ゆっくり考えられるだろう。
しかしみーちゃんが参加するとなると、やはり相手は藤原君だろうか。彼もあまり戦っている姿が想像できない。
私は教科書を鞄にしまい、立ち上がって大きく伸びをした。
「帰りに魔術科寄って、一応陣に参加するかどうか聞いてくる。昴も来る? 陣と一緒に帰るでしょ?」
「いや、俺は図書館で本返さねえといけないから。ついでに借りたいのもあるし、ちょっと遅くなるって言っておいてくれ」
「はいはい、了解」
「……ひなた、わたくしも一緒に行きたいのですけど」
「え? みーちゃんが魔術科に?」
「ええ……」
珍しいな、みーちゃんが魔術科に行きたいと言うなんて。いつも私が陣の所へ行くのを生暖かい目で見送っているのに。私がこくりと頷くと、彼女は少し安心したかのように息を吐いた。
昴と別れて魔術科の校舎へと足を踏み入れながらみーちゃんと会話を続ける。
「みーちゃんは参加するとしたら藤原君となんだよね? もしかしてそのことを話しに来たの?」
「……ええ。私の一存では参加できないので」
ということは、みーちゃん本人は参加したいってことか。
「陣!」
「……どうした?」
廊下側の一番前、私と同じ席で本を読んでいた陣が顔を上げる。いつも昴が来るまで待っているので時間を潰していたのだろう。……また私には理解不能な内容の本を読んでいる。
「国王杯のことでちょっと。あと、藤原君は?」
「大吾郎なら……あそこだ」
陣が視線をやった先を見れば、窓際で花瓶に花を飾っている藤原君の姿があった。隣にはクラスメイトらしき女の子が立っていて、何やら飾った花を示して話しているようだった。
話が終わるまで待った方がいいかな、と思っていると不意に隣にいたみーちゃんが扉から身を乗り出した。
「大吾郎、話があります!」
とっとと来なさい! と声を張り上げたみーちゃんに私は少し驚いた。
そんなに待ち遠しい程国王杯に出るのが楽しみなのかな、と思いながら窓際で驚いていた藤原君がこちらへやって来るのを見る。
「ミネルバ、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「大吾郎! わたくしと国王杯に、……参加いたしませんか」
何故かだんだんと語調が弱くなっていく彼女を不思議に思いながら、私も陣に向き直って本題を話し始めた。
「魔術科も国王杯のお知らせって来た? ……ああそうだ、あと昴が図書館行くから遅くなるって」
「了解。今日参加募集の用紙なら貰った」
「そっか。それで、参加してもいい?」
そう尋ねると、陣はおもむろに机の中に手を突っ込みクリアファイルを取り出す。そして私に突き付けるように眼前に一枚のプリントを差し出して来た。
そのプリントは私が今日貰ったのと同じ参加用の登録用紙。
「もう書いてたの……」
しかし私が持っているのと違う点は、記入項目が既に全て埋まっている所だ。騎士科生徒の欄には“鳴神ひなた”としっかりと書かれており、自分の名前が見慣れない筆跡で記されているのを見てなんだか不思議な気持ちになった。
私の言葉に、無表情ながらもやや得意げに見える陣が少し面白い。
「どうせ藍川も遅くなるんだ。さっさと書いて提出しに行けばいい」
「分かった。ちょっと机貸して」
教室へ入らせてもらって、陣の机でペンを取り出して参加用紙を記入し始めた。
特に困ることなく必要事項を記入し間違いがないか一通り確認する。鳴神ひなたと不知火陣の名前が並んでいるのを見て、一瞬「婚姻届みたいだな」なんて自分でも引くような想像をしてしまった。恋人にもなれてない癖に結婚とかどれだけおこがましいんだ。
「けど、俺でいいのか? 一応一組って言ったって下の方だし、ミネルバの実力ならもっと上のやつの方が」
「わたくしと一緒では嫌だというの!?」
「いや、そうは言ってないだろ!?」
少し自己嫌悪に浸っていた私の隣でみーちゃんと藤原君がそんな会話を繰り広げている。藤原君、みーちゃんが今から他の人に頼むのは正直難しいと思うよ。
「分かった、分かったから。俺で良ければ参加するよ」
「……ありがとうございます」
ヒートアップしていた話し合いが一旦落ち着くと、両者とも冷静になったのかそう言って話は終わった。
何はともあれ、これで私と陣、そしてみーちゃんと藤原君は国王杯への参加が決まった。




