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日本で騎士を目指します!  作者: とど
高等部編
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63話 幸せ者

 私が昴の元へ到着した時には、何だか分からないが大変なことになっていた。


 部屋の中では何人もの人が倒れ伏しており、その中に恭子ちゃんの姿を見つけた時には何も考えられずに彼女の元へ向かった。




「恭子ちゃん! どうして恭子ちゃんが倒れてるの!?」

「ひなた……また俺の所為、なんだ」

「いえ、昴様の所為ではございません。悪いのは強硬派の人間です」

「お前……もしかして望月白夜!? 前国王派の人間がどうやって入って来た!」

「きゅー」



 ああもう色んな人が好き勝手に話し過ぎて訳が分からない。


 恭子ちゃんを抱き起こしながら、ふと今の会話の中に聞き逃してはいけない声があった気がした。「私はこちらの人間に敵対しに来たのではない!」とまだ意識のあった護衛と言い争いをしている男性――望月と呼ばれたおじさんを見ると、なんと彼の上着の内側から久しぶりに見るりんが顔を出しているではないか。



「りん!」

「きゅう!」



 私と同時にりんに気が付いた昴が声を張り上げると、彼に言葉を返すようにりんは一鳴きして昴の腕の中へ勢いよく飛び込んだ。離れ離れで寂しかったのだろう、昴にすりすりと顔を寄せて離れない。


 よかった。この望月さんとやらが誰かは分からないが、りんを保護してくれていたようだ。



「魔物!?」



 ……そういえば、りんって魔物だった。こんな公衆の面前で姿を現したらどうなるかなんて分かり切ったことである。「魔物め、昴様から離れろ!」とすぐさま剣を抜いた護衛の面々を前に、昴はりんを必死に手の中で守りながら声を上げた。



「こいつは決してこちらに危害を加えたりしません!」

「いや……しかし前国王派の連中が連れて来たんですよ! やつらは以前もこうやって魔物に人を襲わせて」

「りんは昴様のペットだ。お前達も昴様の母親の噂くらい聞いたことがあるだろう」

「それは……いやあれはただの噂で」

「真実だ。昴様の母親は魔物を操ることが出来た。そしてこの方もそれを受け継いでいる」



 そういえば以前昴が言っていた。彼の母親も同じように魔物と会話することが出来たと。


 望月さんが懸命に話し続けると、護衛の人達も徐々に持ち上げていた剣を下ろし始める。彼の話が信じるに値すると思ったからか、もしくはりんがとてもこちらを害する生物に見えなかった所為か。どちらにしろ良かった。



「ん……ひなた、ちゃん?」

「恭子ちゃん!」



 周囲が騒がしかったからだろうか、上半身だけ起こしていた恭子ちゃんがゆっくりと目を開けた。彼女は頭を押さえながらゆっくりと辺りを見回し、そして昴の姿を見つけると、今までのゆったりした動きとは真逆の速さで彼に抱きついた。……いや、飛び掛かったと言った方が妥当である。



「きょう、ぐはっ」

「昴、生きてる!? 怪我はない!? ……良かったあ」



 思い切り鳩尾に飛び込んできた恭子ちゃんに、昴はうめき声を上げながらも彼女を抱きしめた。合間に挟まったりんが苦しそうにしている。



「あれ……この子」

「……とにかく、望月白夜。昴様を助けたのは感謝するが、今すぐここから去れ!」



 恭子ちゃんによって、部屋の中に居た皆が一瞬状況を忘れてしまっていたが、はっと我に返った護衛の人は先ほどりんに向けていた剣を再び持ち上げて切っ先を望月さんへ向けた。


 それを見た昴は、一旦恭子ちゃんを放すと望月さんを庇うように前に出る。




「剣を下ろしてください、望月さんは学園に入るまでずっと俺を守ってくれた人なんです!」



 昴が騎士科に来たのは強くなる為、追手を撒く為、そして助けてもらった騎士に憧れたからだと言っていた。

 それじゃあ、この人――望月さんが昴を守ってくれた騎士、なのか。




「昴様、騙されてはいけません。この男は明成様の次期桜将軍と言われた男、つまり貴方を軟禁していた前国王派の人間です!」

「え……」

「昴様をお守りしていたのも次期国王に担ぎ上げ、貴方に恩を売ろうとしていたからに決まっています」

「違う、私は――」


「静粛に」




 大きくもなく小さくもない声がふと耳に入って来る。しかしその声を聞いた途端、今まで望月さんに剣を向けていた護衛も、そして弁解しようとしていた望月さんも、彼を庇っていた昴も、誰もが一斉に口を閉じ、扉へ視線を集中させた。



 私も例外ではない。反射的にそちらに目をやり立っていた人物を理解した途端、私達は即座に彼に向かって膝を着き、頭を下げた。



 私達を一言で黙らせたのは、この国の国王様だった。


 この計画は王に承認を得ているという話は聞いていた。けれど国王を直接こんなに間近で見たことなど一度もなく、それも自ら昴の元に足を運ぶなんて予想もしていなかった為、緊張と動揺で冷や汗が出てくる。




「晴之様」

「……望月。甥の護衛の任、ご苦労」

「もったいなきお言葉です」

「初めまして、だな。昴君」

「え、あの、お初にお目にかかります。藍川昴と申します」

「堅苦しい言葉でなくても良い。お前は私の甥だ」




 急に言葉を向けられた昴は非常に動揺していたが、それでも最後まではっきりと言い切った。しかし直後に告げられた言葉には流石に彼も言葉を無くし、目を泳がせている。


 何故か助けを求めるようにちらりとこちらを見た昴は間違いなく「どう返せばいいんだよ!」と心の中で叫んでいた。



 そんな彼の心中を知ってか知らずか、晴之様は今度は昴から傍でひれ伏している護衛の人達へとターゲットをシフトする。




「諸君も護衛任務、ご苦労。……だが、望月は私からの任務を受けているのだ。ここにいるのもその為。追い出すのは止めてくれ」

「そ、それは真に申し訳ありませんでした!」

「いや、彼がここに居て混乱するのは当然だ。私から全て話そう」



 可哀想になるくらい恐縮し切っている護衛の人達をこっそりと見ながら、私は言われるがまま頭を上げて国王様の言葉に耳を傾けた。






 以前の内紛の際、明成様が暗殺された。その時に明成様を守る為に重傷を負った望月さんだったが、明成様の遺言だけはしっかりと覚えていた。


 暫く経ちようやく回復した彼は国王様に謁見し、明成様の遺言を伝え、そして昴を守る任務を与えられていた。



「私が昴様の元へたどり着いた時にはもう母君は手遅れでした。……それから上京するまでは彼女の代わりに昴様をお守りしておりました。流石に年月が経っていましたが、こちらでは私の顔を知っている人間もいますからね。大っぴらに昴様の元へ行くことは叶わなかったんです」

「この学園ならば強硬派の連中も堂々と手を出して来ないだろうと思っていたんだがな……結局は無駄だったようだ。昴君、本当にすまなかった」

「いえ……俺は自分でこの学園を選んだし、後悔なんてしていませんから」

「……そうか」



 更に話を聞けば、先日昴に面会を取り次いでくれたのは望月さんだったのだという。彼は以前の経歴から前国王派の人間から絶大な信頼を得ていた。秋乃さんから打診されて彼一人で行動を起こしても、誰一人疑うことは無かったのだという。





「あの、明成様の……父上の遺言が一体どんな内容だったのか、伺っても構いませんか」



 恐る恐ると言った様子で尋ねた昴に、国王様は静かに目を細めた。怒っているのではない。まるで何かを懐かしんでいるかのようだった。



「兄上の遺言はな……ただ昴君、君とお母さんに幸せになってほしいと、二人を頼むと、望月にそれだけ伝えていたんだ」

「幸せに……」

「ああ。正直、私は悩んだ。内紛の後、君たちの所在は見つかったがどうすればいいのか分からなかった。このままそっとしておくのが正しいのか、それとも兄上の妻子であると公表し、王族に迎えた方がいいのか。……君は恨むか? 私が別の選択肢を選んでいれば君は王族として暮らし、母君も死ななかったかもしれないのだから」


 考えた末に前者を選んだは、私が臆病だったからだ。またこうして継承者争いが起きて命を無くす人間が増えるのが、その命を背負っていくのが苦しかった。私は国王なるにはあまりにも小さい人間だったんだ。



 そう言った国王様は最初にこの部屋に現れた時よりもずっと身近に映った。心の内を吐露する彼を見て、昴は何を思っただろうか。


 そして昴もまた、国王様の面前で緊張していた先ほどとは違い酷く落ち着いた様子で口を開いた。




「もし俺が王子だともっと早く知れ渡っていたら、生き残っていると知られていたらもっと命が危なかったでしょう。仮に生き延びられたとしても、今回と同じように軟禁されて都合の良い連中に担ぎ上げられていたと思います。母さんも静かに暮らしたかったから東京を離れた。国王様の判断は間違っていません。少なくとも俺は、そう思います」

「昴君……」

「俺は幸せ者です。今こうして生きることが出来て、沢山の友人に囲まれて泣きたい程幸せなんです。父上の遺言通り、俺は、幸せになることが出来ました」




 傍らの恭子ちゃんの手を握りながら笑顔を浮かべた昴は、同時に涙を流していた。いや、昴だけではない。国王様も、そして密かに望月さんも。



「昴様、本当にご立派になられました」

「俺が立派になれたのだとすれば、皆のおかげです」

「……昴君、王族にならなくてもいい。継承権を争わなくてもいい。ただ私の甥として、兄上の息子として国民に君を知ってもらいたい。……一緒に来てもらえるか」

「はい。……叔父上」



 その言葉に、静かに涙を流していた国王様の涙腺が一気に決壊した。














 それから国民への紹介や、各派閥の人間と一悶着あったものの、春休みから続いた国内の混乱は収束の一途を辿った。


 昴は王族の血を引くものの、本人の意志で王位継承権は破棄することを改めて宣言した。

 しばらくはまだ少し騒がしいと思うが、それもすぐに収まるだろう。



 沢山のことがあったからだろうか、何だか久しぶりに思える学校へ登校する。昇降口で靴を履き替えて歩き慣れた廊下を進む。



 そうして元気よく教室の扉を開けると、私は自然と笑みを浮かべながらもう登校していた二人に飛びついた。




「昴、みーちゃん、おはよ!」






高1という名の昴編、終了です。

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