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日本で騎士を目指します!  作者: とど
高等部編
69/93

62.5話 再会

恭子視点です。

 ひなたちゃんから連絡を貰ってからとうとう三日が過ぎた。



 先日、昴からのメッセージだと言われて聞こえてきた声に、私は我慢できずに泣いてしまった。今昴がどれだけ大変なのか私では想像も出来ないくらいのはずなのに、そんな中で少しでも私のことを考えてくれた。待っていてほしいと言ってくれた。


 待つに決まってるじゃん、昴の馬鹿。




 私はひなたちゃんに頼んで演説が始まる学園まで連れていってもらった。報道陣や野次馬も多いのですんなりと入ることが出来たのは幸いだった。


 ざわついている周囲の音など殆ど耳に入ることなく、私はただひたすら昴が現れるであろう檀上を食い入るように見る。もうすぐ、時間だ。


 と、その時急に周りの空気が変わった。私の位置からは見えないけれど、もしかして――。





「皆様、本日は私の為にお集まり頂き、ありがとうございます」



 昴だ!


 壇上に上がった彼は丁寧にそう告げて集まった人々に頭を下げる。



 久しぶりに見る恋人の姿にすぐさま目頭が熱くなる。昴はいつもとは随分と違う、まるで王子様のような煌びやかな衣装に身を包んでいた。……そういえば、本当に王子様なんだっけ。


 私の前で柔らかく笑ってくれた表情を引き締め、緊張からか強張った顔で淡々と言葉は続けられる。





「……私は自分が明成様の子であることを今まで知りませんでした。けれどその事実により幼少期はいつも隠れるように暮らしておりました」



 昴の言葉に周囲がざわめく。ひなたちゃんが言っていた。昴は昔からその命を狙われて来て、そして周囲に迫害されてきたのだと。


 辛い過去を語っているのに関わらず、しかし昴の表情は徐々に穏やかなものに変わっていくのを私はただ一心に見つめた。




「確かに、小学校までは苦しかった。けれど、中等部で華桜学園へ来てからはとても幸福な日々でした。大切な仲間、大事な人、本当に沢山の人が私を――俺を支えてくれましたから」



 昴が一瞬、私の方を見た気がするのは気のせいだろうか。


 壇上の周辺が騒がしくなる。私は知らなかったのだけれど、この時原稿とは正反対の言葉を話す昴を止めようと一悶着起きていたのだという。

 だが昴は気にすることなく続ける。




「そんな優しい日常を壊すのは……次期国王の座を千鶴姫と争い、戦いを生む火種になるつもりは、俺にはありません。これは俺自身の勝手な我が儘に過ぎない。だけど――俺は、王位継承権などいりません。……王に、なりません」




 予想されていた演説とは全く異なる言葉に、動揺が広がりながらも大量のフラッシュが焚かれる。テレビカメラは、酷く満足げな昴の顔を映していることだろう。



「昴……」

「演説は中止だ! 昴様をお止めしろ!」




 誰もが予想外の展開に驚いていた中、計画通りに事が運んだ昴の協力者は、檀上から降りてきた彼を素早く誘導し、動揺し混乱していた前国王派の人々を出し抜いて昴を引き離した。


 ただ逃げるだけでは国王派の人間が無理やり演説を止めて昴を浚ったような印象を与えてしまう。だからこそ、昴は自分の想いを国民にきちんと伝えなければならなかった。

 そして彼の演説が終わってしまえばこちらの人間が彼を手引きして保護する。そういう計画だったと聞いている。




 本当に上手く行くのか。それは私には判断できなかったが、今の状況を見ている限りでは非常に順調に事が運ばれているようだ。向こうの追手をひなたちゃんを含めた協力者の人々が押し留め、更に野次馬や報道陣が多かったことも場を攪乱するのに役立っていた。



 私は騒然とした人混みをかき分け、予め教えられていた昴との合流地点へと走り出す。本当は私のような戦うことも出来ない一般人が行くのは場違いであるに決まっている。それでも、一秒でも早く昴の元へ行きたいと願った。


 幸い私の家は派閥の対立とは程遠い地位の家であるし、何より私の気持ちを汲んでくれた不知火さんが特別に許可してくれたのだ。中等部の頃は昴を匿ってくれていたというし、本当に感謝してもしきれない。










 昴がいるはずの場所は学園の一角にある建物の中。本当はすぐに学園から離れた方が良いとも思うのだが、これでもここは王立の学校である。そしてすぐそばに王城もそびえ立っている。国王様が足を運ぶのはここの方が都合がいいのである。


 この事態に収拾を付ける為に、国王様も計画に噛んでいると聞かされた時は驚いた。確かに今回の事態で国内は随分と混乱した。王様の手で終わらせるのが妥当なのかもしれないが……昴って、本当にすごい立場の人だったんだと改めて実感することになった。




 警備の堅い廊下を進んで昴の元へと案内される。ばくばくと心臓を高鳴らせながら開かれた扉の向こうに彼の姿を見つけた。


 恰好は先ほどと一緒でも、いつもの雰囲気を纏った昴は開かれた扉の音に反応してこちらを見て、そして目を限界まで見開いた。



「恭子」

「昴……昴っ!」



 周りの声など聞こえなくなって、私は昴の元へ全力で走り寄る。そして右手を彼に伸ばし、そして。



「心配、したんだから!」



 思い切り昴の頬をビンタした。



 正直、本当にもう一度昴に会えるか不安で仕方がなかった。だからこそ彼を目の前にして心配と不安と安堵がごちゃまぜになった思いのままに手が出てしまった。ミネルバちゃんに言われた言葉も頭に残っていたんだと思う。



 呆気に取られている昴にそのままの勢いで抱きつく。最近は泣いてばかりなのに、それでも涙はまだまだ溢れてきた。



「やっと、昴に、会えた」


「……待たせて、ごめんな」




 優しく抱き返されてますます涙腺が緩む。昴は本当にここにいるんだ。


 話したいことがいっぱいあったはずだ。それなのに嗚咽に紛れて出た声は碌に言葉を作ることも出来なかった。



 部屋には昴以外にも沢山の人がいたのに、誰も言葉を発することはない。私のすすり泣く声と昴が私を慰める声だけが静かな部屋の中にあった。


 一頻り泣くと、私も徐々に落ち着きを取り戻してくる。




「昴の、馬鹿」

「そうだな、俺は大馬鹿だ」

「……皆、心配してたんだから。今度また何かあったら、また引っ叩くからね」

「お前、ミネルバに似て来てないか……?」




 私が縋って泣き付いた所為で折角の衣装は皺がより台無しになっている。だけどこれでいい。昴はこの国の王子様なんかじゃない。私だけのなんだから。



 二人で見つめ合い、ようやく笑うことが出来た。


 そうして和やかな空気が広がった所で、しかしそれは唐突に崩された。





 何やら廊下が少し騒がしいと思った途端、この部屋の扉が勢いよく開かれたのだ。




「争いの元になる血は、ここで終わらせなければ……!」



 扉の向こうに立っていたのは、鎧を纏った男だった。兜に隠され顔を窺うことは出来ないが、しかし彼が昴に恐ろしいまでの殺気を向けていることは、戦うことが出来ない私でも分かった。



 男は抜き身の剣――人を斬った形跡がないのは幸いか――を振りかざしてこちらに、昴に向けて突進してきた。



「強硬派!?」



 部屋に居た護衛の人達が一斉に男に斬り掛かる。しかし男の甲冑を前に剣を通すのは難しく、また傷付けたとしても彼は怪我などもろともせずに護衛の人々を振り払った。殺してはいないようだが、それでも何人もの護衛の意識を失わせて、まっすぐに昴の元へとやってくる。




「どけ、余計な人間は殺したくない」

「恭子、止めろ!」




 私は気が付けば昴を庇うように立っていた。昴が私をどかそうとするが火事場の馬鹿力というべきか、全力で昴を押し留めて背後に隠す。



 怖くてたまらない。膝はがくがくと笑っているし、今にも倒れてしまいそうだ。


 前の私なら絶対にこんなこと出来ない。いくら昴が大切でも彼を庇って凶器の前に立ちはだかるなんて。

 だけど一度、私はもう昴を失う恐怖を味わってしまった。あの日々を想像するだけで恐ろしくて恐ろしくて、二度とあんな想いをしたくない。


 それだけの想いが、今の私を突き動かしていた。後に来る痛みや恐怖よりも、一度訪れた実感のある恐怖の方がよほど現実味を持って私に圧し掛かって来たのだ。




「邪魔だ!」


 しかしそんな私の気持ちは、甲冑の男の片腕一本でいとも簡単に壊されてしまう。剣を持つ手とは反対の手で私の肩を掴んだ男は、途端にとてつもない力で私を床へ叩き付けた。



「恭子!」



 昴の声が聞こえるけれど、答えられないくらい痛い。


 ひなたちゃん達とは違う。今まで碌に怪我などしてこなった私にとって人生で一番痛かった。

 思い切り頭を打ちつけてぐらぐらする視界の中で必死に彼を探す。ぼんやりと映った昴はただ、目の前に振り上げられた剣を見ていた。動けないのか、それとも……諦めてしまったのか。




「すばる……」



 嫌だ、昴が死ぬなんて絶対に嫌だ!


 神様仏様、悪魔だって構わない。誰でもいいから昴を――。







「殺させません」



 何が起こったのかが分からなかったのは一瞬だった。気が付けば昴に剣を向けていた男は床に伏し、その代わりに男の背後に見たことのない男の人が立っていた。



 四、五十代くらいの茶髪の男性は、驚きに固まった昴の前に跪く。


 ああ、この人が助けてくれたのか。

 それだけが分かればそれで良かった。




「え、も、望月さん!」

「お久しぶりです、昴様」



 緊張の糸が切れたのか、私は覚えていたのはそこまでだった。






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