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57.5話 憧れのあの方の為に

 私、橘雅人たちばなまさとは華桜学園の教師である。



 一応騎士科を中心に教鞭を取っているものの、担当教科は理科総合。とても実践で役に立てるとは思えない教科である為、生徒達もあまり身を入れて授業を受けている者は少ない。ましてや騎士を目指す者にあるまじき、居眠りをしている生徒すらいる。


 生徒から舐められることもしばしばで、更に私自身華桜学園を卒業したものの然程名家の出身では無い為、生徒や他の教師との関係に神経を尖らせる毎日である。




 そして最近、校舎の改装工事などで使用教室が変わり殆ど使っていなかった理科準備室に勝手に入り浸っている生徒がいるという話を耳にした。立ち入り禁止という訳ではないが、生徒が学園の物を私物化しているとしたらそれを見逃す訳にはいかない。


 誰が使っているんだと考えながら準備室を訪れると、そこにはグッドタイミングというべきか、ちょうど扉から三人の騎士科の生徒が出てきたではないか。



「お前達」

「あ、橘先生」



 最初に私に気付いたのは真っ先に部屋から出てきた鳴神だった。そして彼女に続いてブラッドレイ、そして最後に藍川が顔を出す。




「準備室を私物化している生徒がいると聞いたが、お前達だったのか?」

「あー、えーと……すみません」



 思わず、といった様子で視線を逸らす鳴神。


 問い詰めてみれば合鍵まで所持していることが発覚し、それを回収した後三人にしっかりと説教をして彼らを解放した。



 ……正直、こいつらで良かったというべきか。彼らの背中を見送りながら、難なく事態が収拾したことに私はほっと息を吐いた。




 あの三人は騎士科でも中々有名な生徒達だ。全員が一組であり、そのうち藍川と鳴神は一位二位を独占し続けている。ブラッドレイも前期から後期への驚異的な追い上げで一組十番までのし上がった、珍しい生徒だ。下位クラスならともかく、実力が拮抗している上位クラスでここまで順位を上げたのは彼女くらいではないだろうか。


 特に鳴神はその名前だけでも騎士科では十分なインパクトを持つ生徒である。これで聞き分けが悪かったり、反抗的な生徒であったりしたら私の身分では到底説教など出来なかっただろうが、幸運なことに彼女は家名を笠に着る人間ではなかった。






 久しぶりに訪れた準備室は特に変わった様子はない。私物化していたと言っても、余計な物を置いたり何かを持ち去っていた訳ではないようだ。


 ……しかし、何かおかしい。なんとなくそう思った。

 自分の中に燻る違和感にしばし首を捻りながら、何がおかしいのだろうと考える。


 そしてそれは数秒後、明確な答えを出した。




「魔力が……」



 可笑しな魔力の匂いが紛れているのだ。


 勉強も剣術も魔術も、何もかも中途半端だった私だが、何故だか魔力の匂いを嗅ぎ分けることが出来たのが唯一他の人間と違う所だった。



 正確に言えば本来魔力に匂いなど存在しないが、恐らく鼻から吸い込んだ魔力を脳で分析し理解しているのだろう、というのが生物の授業も受け持つ私の見解だった。


 他の人間はこんなことは出来ないと言われたが、しかしながらこんな能力を持っても何の役に立ったこともなかった。私が判断できるのはその魔力が発生したものの種類――人か、魔道具か、はたまた動物か、など――や大方の属性くらいで、戦闘にも研究にもろくに使えるものではなかったのだ。



 更にこの話を聞いた人間はただ一人を除いて皆、私を馬鹿にしてきた。「犬の真似事だ」「くだらない能力だ」と、そんなことばかり言われてきた。


 そう、あの人だけが私のこの力を肯定してくれた。






「他の誰にも出来ないことが出来る、どんなことでも一つ他の人よりも優れた所がある。そんな人間、実は中々いない。君はとてもすごい人だと思うよ」


 そう言って、笑いかけてくれたあの方。



 あの方に知り合ったのは本当に偶然のことだった。高等部の頃に図書館で出会わなければ、私は一生ぐずぐずと情けなく生き恥を晒していたことだろう。



「僕はこれと言って平凡な男だからね」

「そんなことはありません! 殿下は何より国民を思う優しいお方です」

「……ありがとう、そうなりたいと思っているよ」



 桜宮明成様。国王直系の長男で次期国王と目されていたお方。殆ど話したことのない後輩の私にも優しく接して下さったあの方の言葉があったからこそ、私はこれまで頑張ることが出来た。



 そして今、明成様が褒めて下さった能力で準備室に漂う魔力の匂いの正体を理解する。




「……魔物」



 雑多な匂いに混じってはっきりと匂う魔力は間違いなく魔物の魔力だった。


 そんなはずはない、と一瞬だけ自分の鼻を疑ったが、けれど何度確かめてもそれは魔物の魔力に他ならなかった。練習用に作られた人工的な魔物なら学園内にいくつか存在するものの、あれは見た目とは違い実際には魔道具だ。この匂いとは程遠い。




 ならば実際に魔物が居たと仮定すると、どうしてこんな所に現れた?


 魔力の痕跡が消える前に考えるんだ。もし学園内に魔物がいるとすれば大変なことになる。しかし準備室に入る前にはこんな匂いはしなかった。

 最近ここに訪れていたのはあの三人組だ。あいつらが何かをしたのか? 彼らが魔物を連れて来たのだとしたら。いや、そんな馬鹿な――。



 不意に、筋の通った理論が一瞬頭を過ぎった。





「ま、さか」


 いやいやいや、そんなことあるはずがない。私の勝手な望みを思い浮かべているに過ぎない。

 だが彼がそうだったとすれば、全て納得が行くのだ。


 私は混乱する頭を押さえながらすぐに踵を返すと、慌てて職員室へと向かった。



 担当クラスを持っている訳ではない私だが、一応騎士科の教師として登録されている為、生徒の個人情報を得るのは困らなかった。


 私は騎士科の名簿の中から藍川の物を取り出すと、穴が開くほどしっかりと、一文字一文字読み始める。




 父親、不明。母親、死亡。祖母、死亡。そもそも名家でもない一般家庭の藍川がどうして特待生として通ったんだ。その答えはすぐに書かれていた。



「後見人……望月。やはり――間違いない」


 名字しか書かれていないその人物は一見どこにでもある家名だ。国内にも多くの同じ名前の人間がいることだろう。けれど、藍川の後見人があの望月であったとすれば、全てが一本に繋がる。

 そもそも苗字のみで後見人が審査に通っている時点でまたもやおかしい。それはつまり、あらかじめ学園の上の人間に話を通していたとしか思えない。田舎から出てきた特待生の後見人が、余程のパイプを持つ人間であるということだ。



 明成様が亡くなられてから、私は情報を求めて駆けずり回った。病死などあるはずがない、暗殺されたのだという確信があったからこそ、真実を知りたかったのだ。


 その中で耳にしたのは、明成様と同時期に隠し子――昴様が亡くなったことと、そしてその母親の情報だ。


 明成様とはこの学園で知り合ったものの身分の違いから周囲に反対されていた彼女。魔術科に所属していた彼女は、魔物を操ることが出来る特殊な能力を持った魔術師だったと噂されていた。


 所詮は噂かもしれない。けれど、もしそれが真実だとしたら。

 藍川が生まれた時期。昴という名前。そしてあの頃、明成様の次期桜将軍と殆ど確定されていた望月白夜もちづきびゃくやと同じ苗字を持つ後見人。そして何より――魔物の匂い。


 一つ一つは疑惑でしかない。けれどこれだけ集まれば、私の中では確定しているも同然だった。




 次の日から、私は全力で藍川昴を探りにかかった。思えば彼が去年学園内で襲われたという話も、今考えれば説明が付くのだ。明成様を殺した連中が、今度は彼を手に掛けようとしていたのだろう。


 藍川の周辺を探ってみれば、彼の周囲にはいつも微かに魔物の魔力が漂っていた。準備室で嗅ぎ取ったような強烈な匂いではなかったが、間違いなく同じ種類のものだと確信する。



 きっと彼は理科準備室で魔物を外に出していたのだろう。鍵を没収したので教室にいる時間が増え、魔物の決定的な証拠を得る機会を逃したのは少し誤算だった。



 だがしかし、それでも十分な証拠が集まった。彼が不知火に居候を始めたのも、確信を後押しする結果になる。


 ようやくこの能力が役に立った。魔物の痕跡を見つけなければ私は彼のことに全く気付きもしなかったのだろうから。

 これほどこの能力があって喜んだことはない。何しろ唯一私の力を認めてくれた明成様の為に役に立ったのだから。



 あの方が作る日本をみたいと思った。けれどそれが叶わないのなら、あの方の意志を彼に――。




 今でも明成様に忠誠を誓う仲間に連絡を取り、春休みに登校してきた彼に私は膝を着いて頭を下げる。




「昴様、お待ちしておりました」





自分で書いててこの人怖いと思いました、色々と。

不穏な終わりですが、次回から高等部編です。

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