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57話 嵐の前触れ

「ひな、陣、今まで隠しててごめんね! 私は二人のお姉ちゃんだよ!」



 話が全て終わると、姉様は感極まったように立ち上がり、そして私達二人に思い切り抱きついてきた。


 あまりの勢いのよさと寄り掛かってくる重さにちょっと苦しんだものの、なんだか幼少期の姉様を思い出して懐かしい気持ちになった。戸惑っている陣の姿に微笑ましさを感じながら、私はしっかりと姉様を抱き返す。



「黎名に先を越されちゃったな」



 姉様にぎゅうぎゅうされているのを見て、兄様が苦笑しながらこちらへやって来る。そうして兄様は優しく微笑むと私と陣の頭に片手を置き、ぽんぽんと撫でてきた。



「兄様」

「僕達だって二人のお兄ちゃんなんだから、仲間外れにしないでほしいな。そうですよね、不知火先輩」

「……」



 突然話題を振られた司お兄ちゃんは、兄様を見て微妙に複雑な顔をする。しかし兄様は笑顔のまま彼の元へ行くと、腕を掴んで無理やり私達の所へ連れて来た。



「っ、おい」

「せっかくもう堂々とひなたに兄だと言えるんですよ。いいじゃないですか」



 以前からあまり兄様のことを好んでいなかった司お兄ちゃんがここぞとばかりに睨み付けるのだが、兄様は笑顔で流している。兄様って強い。


 しかしそれでもこちらに来ることを躊躇っている様子のお兄ちゃんに、私はふと思い立って、姉様から体を放して立ち上がった。



「司お兄ちゃん!」

「な、」



 何だ、とでも言おうと思ったらしいその声は一音で途切れてしまう。私が先ほど姉様がしたように、司お兄ちゃんに思い切り抱きついたからだ。


 硬直して動かなくなってしまったお兄ちゃんに遠慮なく抱きつきつつ、私は後ろを振り返る。



「ほら、陣も」

「絶対に嫌だ」

「えー」



 思いのほかきっぱりと断られてしまった。「別にいい」くらいのやんわりさだったのなら無理やり連れて来ることも出来るが、ここまではっきり言われると本当に嫌なんだな、と分かってしまった。



「なんで?」

「兄貴だって成人した弟になんて抱きつかれたくないだろ」

「そんなもん?」

「もん」


 もん、って可愛いな。


 ようやく我に返ったらしい司お兄ちゃんは躊躇いながらも私の背中に手を回してくれた。

 なんだか嬉しくなってへらへら笑っていると、うわああん、とまるで子供のような泣き声が聞こえてきて思わずびく、と体が跳ねた。


 恐る恐る声のした方を見ると、おじさんと母様が共に号泣しながら私達の光景を撮影していた。……なんだかいつもの光景だった。


 母様は慰めている父様だが、泣いているおじさんに縋られて鬱陶しそうな顔をしている。










「当主様!」



 そんな風に先ほどまで張りつめていた空気が緩み、リビングが柔らかい雰囲気に満たされていた、その時だった。いつの間にかリビングから姿を消していた佐伯さんが血相を変えて駆け込んできたのだ。


 いつも取り乱した姿など殆ど見せない彼のそんな様子に部屋にいた誰もが佐伯さんに注目する。



「どうした」

「実は……」



 一瞬前まで泣いていたはずのおじさんが、佐伯さんの様子を見てあっという間に表情を一変させた。当主の顔というべきか、普段の優しそうな顔は一切思い出せないほど険しく全く隙のない姿に変貌している。


 佐伯さんは表情を曇らせながらおじさんに携帯電話を差し出した。どうやら会話中だったらしく、おじさんは電話を耳に当てるとすぐさま「状況は」と電波の向こう側の相手へと口を開く。



「まさか、いや……」

「その、まさかです」



 おじさんが通話している間、父様はどんどん表情を無くしていくおじさんを見ながらそう呟いた。二人の間では会話が通じているのか、佐伯さんに肯定されると父様は普段の数倍怖い顔になって黙り込んでしまう。


 本当に、何が起こっているのだろうか。聞きたくても聞けない雰囲気に、私達は互いに不安になりながら顔を見合わせることしかできなかった。




 そして、小声で話していたおじさんがようやく電話を切ったかと思うと、すぐさま部屋にある大きなテレビの電源を付けた。


 誰もが思わずテレビに目を向ける。いくつかチャンネルが切り替わったかと思うと、おじさんはある所でそれを止めた。

 そこに映し出されていた光景に、私は自然と声を出してしまっていた。



「昴……?」



 画面の向こうにいたのは、学校へ出掛けたと言っていた昴だった。そして彼の周りには沢山の大人が昴を取り囲むように立っている。


 まるで捕えられているように見える彼はいつもの元気はなく、項垂れるようにして俯いていた。



「護衛はどうした」

「強硬派ならどうにかなっただろうがこの人数だ、失敗したんだろう。だが、一体どこでばれた……」


『本日は全国民の皆さんに重大なご報告をいたします』



 父様とおじさんが話し合っていると、画面の中で昴の隣に立っていた中年男性――どこかで見た顔だ。議員の誰かだと思う――が喜色満面で話を始めた。




『こちらにいらっしゃるお方は前国王、明成様のご子息の昴様であらせられる』


「……は?」


『昴様は尊き血を引くお方でありながら、今まで不遇な暮らしをなされておりました。しかし我々は一度は亡くなられたとさえ思われていた昴様を保護することに成功したのです。そして彼の王族としての身分の復活、更に王位継承権の獲得を望みます』

「意味が、分からない」



 陣に助けを求めるように振り返るが、彼もそう言いながら首を振るばかりだ。


 昴が、王族?



 私達が、いやテレビを見ている沢山の人が混乱する中、男性は更に声を高らかに宣言する。




『そもそも、王位を継がれるのに最も正統な血は長男である明成様の血を引く者であるのは当然のこと。我々は真の次代の国王として、昴様を擁立いたします』



 今の政治に真っ向から牙を剥くようにその男は堂々とそう言い、そしてカメラが昴をしっかりと捉える。


 そこまでで、映像は終わった。



 元の番組はニュースだったのだろう、新たに映されたスタジオではキャスターやスタッフが大騒ぎになっており、すぐさまCMへと切り替わった。

 おじさんがテレビを消すと、リビングはただただ静寂に包まれてしまう。




 ……昴は、大丈夫だろうか。


 王位継承権だとか、前国王の子供だとかそんな訳が分からないことは置いて、それだけ考えた。テレビに映っていた彼はお世辞にも嬉しそうでも元気そうでもなかったのだから。




「……恐れていたことが、起きてしまった」



 おじさんはぽつりとそれだけ言うと、立ち上がって最初に話をしていたソファーに腰を下ろす。自然と皆も席に付き、そして彼が口を開くのを待っているようだった。


 おじさんは、全部知っているのだろうから。




「さっき、ひなたや陣が生まれた頃は国が混乱していた、と言ったな」

「はい」

「国内でもあまり知る人間はいないが、ちょうど明成様が暗殺される少し前に子供が生まれていたんだ。名前は明成様自身が付けたと聞いている。昴、と」

「昴が……」

「昴君って、テレビに映っていた子だよね。ひなの知り合いなの?」

「うん、同じクラスの友達だよ」



 そういえば、姉様と兄様は昴のことを知らなかったか。母様は父様から聞いているかもしれない。




「だが、どうして公表されなかったんだ。内紛が起こっていたと言ってもそんな重大なこと隠さないだろ。王子の誕生なら国民に大々的に報道した方が良かったんじゃないのか?」

「それが、正式な相手の子だったら、な」

「え?」


「そもそも明成様はご結婚すらまだだったんだ。先代の幸一様が早世なさらなければそのままでも良かったかもしれないが、幸一様の病死後に混乱の中王位に就き、更に弟の晴之様にはその頃もう千鶴姫も誕生されていた。明成様の地位を盤石なものにする為には結婚と後継ぎは早急に必要だった。

 しかし彼は正式な婚約者と対面する前に、一介の魔術師の女性と心を通わせてしまっていた。そして――昴が生まれた」


 だからこそ、昴の存在は公表されなかったのか。この上ないスキャンダルに発展してしまうから。

 ならば、昴の命が狙われていたのは。



「昴の存在が表に出ないようにする為に、昴は殺されそうになっていたの?」

「……そうだ」

「うちで昴を預かるという話になった時、私達二人は国王様に呼び出されたんだ。そして全ての事情を知った……国王様直々に、昴を守ってほしいと頼まれたんだ」


 国王様自身は、甥である昴を心配していたからな、とおじさんは言う。



 けれど、何より国王が一番昴の存在を危惧するべき立場にいるのではないのか? 姫様の地位を脅かす可能性のある人間である昴に追手を差し向けたのは、姫様に次期女王になってもらいたい人間のはずである。


 私がそう尋ねると、今度は父様が難しい顔をしながら答えた。




「今の政治も一枚岩ではない。国王率いる中枢は殆どが穏健派だが、強硬派も存在する。藍川昴を殺そうとしていたのはそいつらだ。忠誠心が行き過ぎたやつや、自分の利益の為だけに動く、過激派だ。ひなた、少し前に遊園地に行っただろう」

「え、うん」

「あの時はわざと事前に情報を流して強硬派の連中を一網打尽にする計画だった。不知火の家では手が出せなかったやつらが焦ってやって来るのは目に見えていたからな。万が一の時の対処は私がする予定だったが、滞りなく終わった」



 聞けばその数日後に更迭された大臣は、強硬派の人間だったのだという。その計画を指揮していたのがおじさんだというから、それで遊園地に来なかったのかと納得した。


 しかし、私達がはしゃいでいた裏でそんなことが起こっていたとは、あの時は欠片も知らなかった。




「……しかし、今になってどうしてあいつらに昴のことがばれたんだ」

「テレビに映っていた連中は明成様の派閥だった人間か」


 司お兄ちゃんの言葉におじさんは大きく頷く。



「あいつら……前国王派は昴が生きていると知らなかったはずだ。いや、私だって国王様が仰られなかったら知らなかった。やつらが知っていればまず確保に動いただろうし、危険を冒して姑息な手段に手を染めなかっただろう」

「……姑息な、手段とは」



 先ほどから顔色の悪い兄様が、しかし冷静におじさんに尋ねる。よく考えてみれば、この中で今一番王族に近いのは姫様と婚約している兄様なのだ。国の裏側ばかりを直視しなければならないのは、きっと想像以上に負担が掛かっているはずだ。



「……陣やひなた達の初等部の林間学校。あれもあいつらの仕業だ」

「あの、魔物が?」

「わざわざ危険承知で魔物を捕え、そしてお前達が居た山の中に放した。幸い大きな被害は出なかったが、魔物に襲われたのがお前達じゃなかったら大混乱に陥って、そして学園の……国の支持率は大きく低下していただろうな」



 うちの学園はただでさえ上流階級の子供達が集まっている。その大事な子供が魔物に襲われ大怪我、もしくは命を落としたとしたらただでは済まなかっただろう。


 実際は私が少し怪我をしただけでどうにかなったが、昴を捕えていたあの人達は今の政治を崩す為にそこまでやる連中だということだ。

 おじさんは苦しげな顔をして大きな窓の外を見やる。



 外は晴天で気持ちの良い晴れだ。だが、その空の下では今きっと多くの人が困惑しているのだろう。




「……また、あの時の悲劇が繰り返されるのかもしれない」





長い、複雑、重いの三重苦の回でした。


この為に登場人物まとめに王族の名前をきっちり入れときました。私が混乱しそうだったので。

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