56話 ありがとう
リビングに戻ってきた私達に皆は一斉にこちらを見た。それぞれの表情に違いはあれど、心配してくれていたのは同じようだ。私は大丈夫だとしっかりと背筋を伸ばして歩き出すと、先ほどと同じ場所に腰を下ろした。同じように陣も隣に座ったのを確認すると私は一度全員を見回し、そして父様の所でストップする。
「ねえ父様、私と陣の映ってるビデオを毎日見てるって本当?」
「っ!?」
私の言葉に、父様はあからさまに動揺を露わにした。口をぱくぱくと動かして何も言えなくなっている父様なんて初めて見る。
父様はしばらく目を泳がせた後、私達と一緒に部屋に戻ってきた佐伯さんをその凶悪な目で思い切り睨み付けた。ばらした犯人は分かっているらしい。とても怖い顔をしているのに今し方の動揺を見ていると全く恐れを感じない。
佐伯さんはというと、涼しい顔で視線を受け流している。
「ひなた、陣、その……」
「もう私達は大丈夫です。詳しい話を聞かせて下さい」
恐る恐ると言った様子で私に声を掛けたおじさん――まだすぐにはお父さんと呼ぶのは難しい。私の中で、まだおじさんはおじさんなのだ――に向かってにこりと笑う。気持ちの整理はついたし、今は話を聞きたい。
「そうか……分かった」
おじさんは一度陣の方を向き彼にも了承を得ると、難しい顔をしてとうとう口を開いた。
ごくり、と私は緊張で息を呑んだ。
「二人とも、一代前の国王が誰かは知っているか?」
「え?」
ようやく話が始まるかと思いきや、おじさんの口から発せられたのは問題だった。
一体どういう意味なんだろうかと首を傾げながら、私はずっと昔に恭子ちゃんに出題された同じ問題を答える。
「桜宮、明成様ですよね」
「そうだ。お前達がちょうど生まれた頃に即位され、そして病気で亡くなられた。……だが、真実は違う。明成様は殺されたんだ、弟の晴之様を王に担ぎ上げようとする強硬派に」
……え?
突然国の機密情報を聞かされた私は、どう反応していいのか分からずに視線をうろうろさせてしまう。どうしてこんな話になったんだ。
おじさんはその時を思い出しているのか遠くを見るように目を細めて、そして苦々しく眉を顰めた。
「国が出来るだけ箝口令を敷いているから今は大っぴらに話題にはされないが、当時は国内の多くの場所で内紛が起きていた。国王のご子息のどちらを次代の王にするかで国が割れ、その戦いに関わった人間や巻き込まれた多くの人が死んだ。誰も信用出来ない、そんな時代だったんだ。そしてそんな時、お前達は生まれた」
おじさんの目が宙から私達二人に移る。いやおじさんだけではない。この場にいる誰もが、真剣な表情で私達を見ているのだ。
「お前達は本当に正反対の子だった。片や不知火で魔力が殆ど存在せず、そして片や鳴神でありながら膨大な魔力を秘めていた」
陣よりも二か月先に生まれた私は、当初はただでさえ魔力が少ない上に自ら作り出すことも出来ずに絶えず命の危機だったのだという。病院で人工的に魔力を補給してなんとか命を繋いでいた。
そして、入院していた私を襲ったのはそれだけではなかったのだ。
「入院中、不知火の分家の人間がお前を殺しかけたことがあった。不知火に相応しくないと、そんなくだらないことを言って。……うちは中立を保っていたが、それでも多くの人間が争いに巻き込まれた。これ以上不知火に、しかも本家に弱みを作りたくなかったのだろう。ひなたの存在で一族内が分裂するのを恐れたんだ」
「……言い方に気を付けろ」
「ひなた、すまない。だが事実だ」
「いえ、気を遣わなくて大丈夫です。全部話してください」
父様に窘められても、しかしおじさんは私に謝りながらきっぱりとそう言った。ショックならば先ほど十分に味わった。事実を受け止める覚悟はもう出来ている。
そう告げると、父様はまだ不満げな態度であったがそれ以上言葉を重ねることはなかった。
「そしてひなたの容体が安定してきた頃、今度は鳴神家で陣が生まれた」
おじさんは父様に説明を促すように視線を送る。父様はただじっと自分を見る陣から目を離さずに眉を顰めていたが、「早くしろ」と急かされてようやく話し始めた。
「……生まれてきた陣の魔力は凄まじいものだった。いつ魔力暴走を起こして死んでしまうか分からない状況だったのに関わらず、鳴神の人間に魔力暴走を止めることが出来る人間などいなかった」
魔力暴走は他人だけでなく自身にも大きく負担が掛かる。ましてまだ小さな赤ん坊がそんな状況に陥って平気でいられるはずがないのだ。そして暴走を止めるには、その魔力と同等の魔力で相殺する必要がある。
鳴神だけではない。病院だってそこまでの魔力を持ったもの殆どいないし、居たとしても常時陣に着いていられる訳でも無い。国内でそれだけの魔力量を保有し、かつ信頼できる相手は不知火しかいなかった。
「だが、うちは現国王……晴之様の派閥であると周囲からは思われていた。父と兄はこの内紛で命を落とし、そして家を継いだ私は晴之様の騎士になりかけた人間だ。だからこそ中立の不知火の家に魔力暴走を起こす度に訪れるのは危険極まりなかった」
「不知火がそっちの派閥に加担しているって思われるから?」
「そうだ。実際にそう思った鳴神の人間が不知火を取り込もうとしたこともあった」
陣の命が掛かっていたというのに、そんな派閥争いの所為で大変なことになっていたのか。……いや、少し違うか。陣の命だけではない、もっと沢山の人の命がそんな戦いで無くなりそうになり、そして実際に亡くなってしまったのだろう。
私は思わず唇を噛み締めた。けれどそんな私を落ち着かせるように、隣に座る陣が私の片手を強く掴む。
「……それで、俺とひなたを入れ替えることにした、ということですか」
陣が不知火の人間になれば、魔力暴走はすぐに抑えることが出来る。そして不知火で厄介な存在になっていた私が鳴神に渡れば、不知火は安定を取り戻す。
どちらにも、損はない取引だったのだろう。
「ああ、ひなたと陣の存在がもっと多くの人間に知られる前に、そうするのが最善だった。
……私は、それが一番いい方法だったと今でも思っている」
「父様……」
「不知火ならば陣を大切に、立派に育ててくれると信じていた。そして実際にこんなにも立派に成長してくれた」
「……少なくとも不知火にいるよりは、別の場所で暮らした方がひなたにとってはずっと幸せだろうと考えた。鳴神の家へ様子を見に行く度に笑っているひなたを見て、剣の練習が楽しいと言っているのを聞いて、鳴神に任せて本当に良かったと思ったよ。
……二人とも、今回のことで沢山混乱しただろう。だが成人して、こんなに成長してくれて、本当にありがとう」
微笑んだおじさんの目から、一筋の涙が零れた。




