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日本で騎士を目指します!  作者: とど
幼少期編
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6話 父様の鬼修行

「それでは、これから剣の修行を開始する」

「よろしくお願いします」



 私は短い体を折って、丁寧にお辞儀した。


 普段は敬語すらまともに使っていないけれど、この時ばかりは親子ではなく師弟である。普段色々と父様を困らせている姉様も、剣の練習が始まるとびし、と態度を改める。……終わった直後にすぐさまいつも通りになる変わり身の早さは恐るべしである。



 今日は平日で、兄様も姉様も今は学校に行っている。しかし父様がたまたま休みだった為、初日の今日はつきっきりで教えてもらえることになったのだ。



「まずは……」

「まずは?」


 わくわく、と待ちきれなくてうずうずしている私を見ながら、父様は至極冷静に口を開く。



「家の外周を三十周。それからだ」

「さ、さんじゅう!?」


 三周の聞き間違いではないのか。茫然と立ち尽くす私に父様が眉を顰めた。


「なんだ、さっさと行け」

「……はい」


 もらったばかりの木刀を置いてひたすら走る。だけど五歳児にいきなり外周三十周って、ちょっとありえない。自慢じゃないが、うちの敷地はかなり広いのだ。

 初めこそ、普段姉様の鬼ごっこに付き合わされた体力を思い知れ! と意気込んでいたのだが、五周を過ぎた所で早くも心が折れそうになってきた。


 思わず足を止めそうになる私に、父様の冷たい視線が突き刺さる。




「こんな有様で騎士になりたいと大口を叩いたのか? 一度でも諦めたら、騎士としての訓練は今後一切無しだ」



 そんな殺生な!


 止まりそうになっていた足が途端に動きを再開した。やってみるだけやってみて、駄目だったらその時だ、と思っていたものの、せっかくもらった木刀を振う前にリタイヤするなんて絶対に嫌だ。


 まだ大丈夫、まだ大丈夫、と言い聞かせながら走り続ける。私は姫様に仕えるんだ。こんなことで負けてどうする!



 そう思いながらも、自然と走るスピードは落ちていく。前世は運動嫌いで、持久走大会でしかこんなに走ったことなどなかった。苦しさと、辛さでだんだん涙腺が緩んでいく。





「……っ」


 目の前が滲んできそうになり、もう駄目だと思った。そんな時、視界の端に父様が映り、私の方を見た。




 ひい、と苦しいのも忘れて悲鳴を上げそうになった。


 怖い。どうして慣れたなんて思っていたのかと自分に疑問を投げかけたいくらい、父様が怖かった。訓練中の父様の表情は、それだけで人が殺せそうなくらいの迫力があったのだ。

 怒鳴られた訳でもないのに、その表情と威圧感だけで、足を止めれば永眠させられると確信してしまう。



 兄様の気持ちがとても良く分かった。これは泣きたくても泣けないし、どんなに辛くても練習を止めない訳だ。苦しい以上の危機感が我が身を襲っているのだから。



 私は恐怖に駆られたまま走った。追いかけられていたらどうしよう、と思うと足を止めることが出来ない。


「終了」




 気が付くと、本当に三十周走れていたようだった。よろよろと足を縺れさせながらようやく止まると、私は冷たい地面に倒れていた。


 ばくばくと弾けてしまいそうな心臓の音が聞こえる。あー地面の冷たさが気持ちいい。



 でも、いくら父様の殺気に晒されていたとはいえ、ちゃんと走り切れるとは思いもしなかった。苦しさ以上の解放感と達成感で体中が満たされるのを感じる。


 やばい。このままだと私マゾになるかも。死ぬほど辛かった後のこの満たされる感覚、癖になりそうだ。



 そんな馬鹿なことを考えているとも知らない父様は、倒れたままの私をそっと丁寧に抱き上げ、歩き出した。




「とう、さま」

「一旦休憩だ」


 今はさっきのように怖くない。父様は私を縁側へ下ろすと、隣へどかり、と腰掛けた。


 どっと疲れが出てくる。しばらくは無言のまま呼吸が整うのを待つばかりだ。



「……父様も、小さい時にこんなに走ったの?」

「そうだな。剣を習う時に父が最初に言ったのは「家の外周を五十周」だ」

「うわあ」

「そして走り終わった直後に素振りを千回。そこまでが毎回の準備運動だったな」




 さっき私が走った距離が、嘘のように短く感じる。


 父様、これでも手加減しててくれてたんだ……。

 というか、どう考えても準備運動の枠を大きく超えていると思うのだが。この世界の言葉の定義にまたしても疑問を抱きそうになった。


 それにしても、私の勝手な憶測なのだがこの世界の人間は、前世よりも遥かに丈夫に出来ているのではないだろうか。いくら切羽詰っていたからといって、五歳児がいきなりあんな距離を走れるなんて到底思えない。ましてや父の幼い頃など言うまでもない。


 そんなことを考えているうちにも、どんどん体は回復していった。

 父様は私の体調を手に取るように把握しているようで、もう動けるな、と思った瞬間にタイミングよく立ち上がった。





「さて、次は素振りだ……まずは五百回で様子を見ようか」


 やっぱり動けないかもしれません……。


















「……どうにも甘くなってしまうな」


 ほぼ死体である私の体を抱えながら、父様はぼそっと呟く。



 甘くていいですから。というか甘くないですから……。


 腕がずきずきと脈打つ度に痛む。五百回、やったよ。やったけどさ、もう色々と駄目だ。


 私用に作られた木刀は驚くほど手に馴染んだ。大きくて取り落す、という心配もなかった為息つく暇もなくひたすら同じ作業を繰り返した。

 ずっと同じことをしていると、段々何をしているのか訳が分からなくなってくる。そして、もう振り上げるのか振り下ろすのかも分からなくなってきた頃、ようやく終了の声が掛かったのだ。




「あらあら、かなり扱かれたわね」

「かあさまー」


 迎えてくれた母様の膝枕にぐったりと横たわる。優しく頭を撫でてくれるのが気持ちいい。父様はというと私を預けると、仕事がある、とリビングから出て行ってしまった。


 心地よさにそのまま寝てしまいそうになった時、急に玄関の方が騒がしくなった。双子が小学校から帰ってきたのである。



「ただいま! ……あれ、ひなどうしたの?」


 姉様が声を掛けてくるけど、答える気力もない。そんな私の様子に母様はくすくすと笑いながら彼らに説明した。



「今日から剣の練習が始まったんだけど、あの人が張り切っちゃってね」

「ひーちゃん、大丈夫?」


 兄様、大丈夫じゃないです。再び天に召されそうです。



「ひなたが姫様の騎士になるって言ったのが余程嬉しかったみたいなの」

「もう、最近ひなは姫様のことばっかり! 私の妹なのに……」



 そろそろ動けるようになってきた――我ながら恐ろしいなこの体――ので、しょんぼりとしている姉様の元へ向かう。確かに騎士になることは大切だけど、家族を蔑ろにはしたくない。



「姉様、おかえりなさい。大好き!」


 姉様がしゅんとしてるのはそれはそれで可愛いけど、やっぱり笑っているのが一番だ。

 脈絡も何もない発言だが、そこは幼児の専売特許である。


 そう言って抱きつくと、しぼんでいた姉様の表情がみるみるうちに明るくなっていく。



「もちろん私も大好きよ!」

「ひーちゃん、僕は僕は?」

「兄様も大好き!」


 姉様に抱きついていた私に兄様が抱きつき、そしていつものように団子になる。



 あー、癒される。


 母様も通常運転で、ノリノリでカメラを回す。



 勿論騎士になる為に頑張るけどさ、今はちょっと休憩ね。





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