51話 真剣
あれだけ試験勉強で苦しんでいた私が総合二位。普段から予習復習を欠かさない優等生のみーちゃんが二組落ち。この現状に私は言葉も出なかった。
みーちゃんは剣術などの実技よりも座学の方が余程得意だ。ペーパーテストではいつも好成績で分からない所も「しょうがないですわね」と言いながらも根気よく教えてくれる。
だがこの騎士科では剣術などの実践教科が最も成績に影響してくる。まして成長期に突入している男子に囲まれた騎士科ではどんどん他の生徒が剣術の腕を伸ばしていってしまったのだろう。
「その中で二位のお前は何だ。本当に女子か?」
「一位のやつに言われたくない」
一組の女子は私だけだ。新しいクラスメイトで見知った顔は三分の一といったところで、成績順の席が余計に教室にピリピリした空気を作り出している。
「みーちゃんに会いに行きたいけど……」
「しばらくは止めた方がいいだろうな。クラス内でもこれだけ敵視されてるっていうのに、わざわざ下のクラスに行けばすげえ顰蹙買うと思うぞ」
「そうだよね……」
廊下ですれ違うだけで色んな人から睨まれるなんてやってられないよ。
クラスでも、鳴神といえど女子が上位にいることに不満を持っている人が多い。特に今までクラスが分かれていた人には大抵嫌われていると思う。
三年になってしばらく時間が経ったものの、私はそろそろ精神的にきつくなってきた頃だった。何より私をへこませたのは、演習場の傍で久しぶりにみーちゃんに会ったと思ったら何も言わずに逃げられたことだ。あの時はしばらくの間放心して動くことが出来なかった。
「まあ、そのうちどうにかなるだろ」
「そんなもん?」
昴はお気楽だなあ。
そう思っていた私に彼は「アホ」と頭を軽く小突き、そして笑った。
「あのミネルバが、このままで終わる訳がないだろうが」
「ひなた、出かけるぞ」
「何処に?」
ぴりぴりした空気から解放された日曜日、家で久しぶりにのんびりしていた私に父様からそんな声が掛かる。珍しいことだ。
父様は首を傾げた私に、いつものように表情を変えることなく淡々と行先を告げたのだった。
「武器屋だ」
「着いたぞ」
武器屋という言葉から連想していた場所とは全然違う、雑貨店のようなどこにでもありそうな店の前で車を下ろされる。武器屋に行くぞなんて言われたので、正直私の脳内ではRPGに出て来そうないかにも、という店構えを想像していたのだ。
カランカラン、と軽い音色と共に店の中へ入ると随分と広々としており、剣や槍などの武器は殆ど置かれていなかった。ちらりとマネキンが持っている剣を見ても“見本”とでかでかと表示されている。
父様はそのまままっすぐに店の奥のカウンターへ向かうと、呼び出しベルを鳴らした。すると数秒後に「はいはい今伺いますねー」とややしゃがれた女性の声が聞こえてくる。
そしてその声の主は、言葉通りすぐに現れた。
六、七十代くらいであろうか、その女性は父様の顔を見ても怯えることなく、むしろ親しげな笑顔を見せる。
「あら鳴神さん、いつもご贔屓に。今日はどうなされました?」
「……娘の剣を見に来た」
「ええっ!」
思わず父様の声を掻き消さんばかりに大声を出してしまった。
私の反応に店員の女性がくすくすと笑みをこぼす。は、恥ずかしい……。
赤面してしまったけど、父様に促されおずおずとカウンターへ向かった。
「こ、こんにちは、鳴神ひなたです」
「こんにちは……鳴神さん、ひなたちゃんはまだ中学生? みたいだけど、もう剣を選んでいいのかしら」
「問題ない」
「承りました。それじゃあちょっと待ってて下さいね」
女性がそう言って店の奥へと去ると、私は父様の袖を引っ張って呼びかけた。
「父様、中学生だと剣は早いの? 私騎士科だし、来年には成人するのに」
ちょっと不満げな声色になってしまったのは仕方がないことだ。自分がまだ未熟だということは分かっているものの、それを突きつけられても何とも思わない訳ではないのだ。
私の言葉に父様は無表情を一瞬だけ崩した。まるで「何を言っているんだこいつ」と言わんばかりの呆れた顔に見えたのは私の気の所為か。そうであってほしい。
「剣を選ぶ年齢は人それぞれだ。ただ長年付き合っていくものだから買うのに適した時期がある」
「つまり?」
「……お前の身長が止まったから買いに来た」
まだ未熟と言われるよりも若干ショックだった。ええ、そうですよ。全然身長が伸びなくなりました。念願の150㎝はなんとか超えたものの、それからは全く成長しなくなってしまった。
身長や腕の長さによって使いやすい剣は異なってくるので、このタイミングで剣を選ぶことにしたのだと、父様は落ち込む私をスルーしながら冷静に話す。
「おまたせいたしました」
そんな会話を交わしている間に店員さんが戻ってきた。彼女は何本かの剣が入った箱を台車で運び、そして右手にはメジャーを手にしている。
彼女はまず私の身長と腕の長さ、それから掌の大きさを測る。
「剣の種類はどうなさいますか?」
「そうだな……両手剣一本、片手剣一本、それから補助用の短刀を二、三本」
そんなに買うんだ。私が普段学園で使っているのはおもに片手剣が多い。が、私の立ち回りの性質上盾を持つことはあまりないので基本的に剣は両手で持っている。
「はい、まずはこれを持ってみてね」
そう言って渡されたのは普段私が扱うものよりも大きめの両手剣だ。見た目に反してそこまで重くはないものの、握り手が幅広く少々持ちにくい。
私がそう言うと、店員さんはメモを取ってからまた新たな剣を渡してきた。
先ほどの剣よりも細身だが、これも両手剣だ。重量はむしろ片手剣に近く、軽々と持ち上げることができるので非常に使いやすい。
空いたスペースに移動して素振りをしてみるが、その重量に反して驚くほどしっかりとした剣だ。振った時のブレも少ないし、軽いので重心が持って行かれることもない。
「父様、私これがいい!」
「まだ二本目だぞ、他の剣を見なくていいのか?」
「うん。なんかこれだって思った」
驚くほど手に馴染んでしっくり来たのだ。この剣しかないだろうと、私の中で確信が生まれていた。
だが父様は私と剣を見比べてなんだが複雑そうな表情を浮かべていた。今日は父様の表情が良く変わる日だ、珍しい。
そんなことを考えていると、店員の女性が私達を見比べて「あらあら」と柔らかく微笑んだ。
「そういえば昔学生時代に鳴神さんが剣を買いに来た時も同じようなことがあったわねえ」
「え?」
「ひなたちゃんのお父さんも殆ど剣を見ないうちからこれだ、って一つの剣を選んで買って行ったのよ」
「その話は……」
おお、父様が気まずそうな空気だ。さっきの顔は私を見て当時の自分を思い出して感慨に耽っていたのかな。
「……とにかくひなた、本当にこれでいいんだな」
「うん」
「お買い上げありがとうございます。では細かいデザインですが……」
私は勘違いしていたのだが、実際に今握っている剣が私のものになる訳ではなかった。
これは刃を潰してある模造刀で、これをベースにより精密にオーダーメイドの剣を作るのだという。そういえば五歳の誕生日に貰った木刀もオーダーメイドだったし、うちは剣に関しては費用を惜しまないのだろう。
それから今度は片手剣や短刀も同じように選び購入することになった。剣が完成するのはそれなりに時間が掛かるが、自分専用の剣が手に入ると思うと待ち遠しくて仕方がない。
ただ忘れてはいけない、と自分を戒める。
武器屋を出た後に父様にも言われたが、私が買ったのは凶器だ。これが物を、そしてなにより人を傷付けるものであると忘れてはいけない。
そして私は近い将来必ず、この剣で人を傷付けることになる。昴の命を狙うのは魔物ではなく血が通った人間なのだから。
前世の私だったら、絶対にこんなことは出来なかったであろう。剣を持ち歩くだけで銃刀法違反だと恐れていた昔とはもう随分と変わってしまった。
だけど変わってしまったことを嫌だとは思わなかった。もしもう一度生まれ変わったとしても、大事な人を守る為なら私は何度でも剣を取るのだから。




