49.5話 生きるために
昴視点です。
正直、参った。
また逃げようと思った。その先に絶望しかないのだとしても、ここに留まるよりはましなのだと言い聞かせていた。
だけどひなたはその逃げ道を塞いで、共に強くなろうと言い張ってくる。
もし俺がそれを諦めても、自分が守ってやるのだと。
……笑ってしまった。
だって俺には選択肢なんてないじゃないか。俺が逃げれば恭子が追いかけて来るという、何もしなければひなたが守るという……だったら俺が取れる選択肢なんてたったひとつ、強くなるしかないだろう。
守られるのが嫌になってここへ来たというのに、こいつに守られっぱなしでいられるはずがない。
確かにひなたは強い。剣術はその家名に恥じない腕前で、騎士科でも常にトップを走り続けている。だが俺だってこいつに頼ってばかりではいられないのだ。
強くなればどうにかなる問題なのかは分からない。けれどもこいつはやたらと自信満々にそう言ってくるのだから、根拠もないのに信じてしまいそうになる。
まあ、ひなたがそうやって堂々としていられるのは、こうやって色々と頭を捻らせてくれる相方がいるからなのだろうな。
「そもそも相手は複数、それも恐らく組織的な犯行だろう。そんなやつらに一人で対処しようとするのが間違ってる。……こいつは鳴神だし、俺は不知火だ。お前一人くらいどうにかなるだろ」
不知火は冷静にそう分析すると、次に病室内をぐるりと見回し少し考えるように眉を顰めた。
「……入院してからこれまで襲われなかったのを考慮すると病院にまで侵入してくることはないと思うが、問題は退院してからの方だな」
「寮じゃ危ないってこと?」
「うちの学校は寮生も少ないし、休日だと一人になることも多いだろ。学校がこの事件を隠蔽したがっている以上、はっきり言って警備が強化されようと信用は出来ない」
もうあの学園は、決して安全な場所だと言えなくなってしまった。
一年半何事もなく平凡に暮らしていた所為で、本当に油断していた。俺だって、普通の人と同じように生活が出来るのではないかと錯覚していたのだ。だから恭子の告白にも想いのままに頷くことが出来たし、ひなたやミネルバにりんのことがばれても然程動揺せずに打ち明けてしまったのだろう。
これまでの時間はきっと追手が俺を見つけ出すまでの猶予期間だったのだ。母さんの名字からばあちゃんの名字に変えて東京に来たため、中々見つからなかったのだろう。
物心ついた時から俺は母さんとばあちゃんと三人で暮らしていた。十歳の時に母さんが殺されると、続くようにしてばあちゃんが病気で後を追い俺は一人になった。父親がどこで何をしているのか、そもそも生きているのかさえ知らない。問い質そうとしたこともあったが、母さんは決して話そうとしなかったのだから。
……そういえば、俺が華桜学園へ受験するのに手助けしてくれた駐在騎士――望月さんはどうやって入学できるようにしてくれたのだろう、と今更になって不思議に思った。試験は実力で受かったと自負しているけれど、それでも王立のこの学園に入学するにはそれなりの身分の後見人が必要なはずである。でなければそもそも受験すらさせてもらえなかっただろう。
あの人はもしかしたらかなりの身分の人だったのかもしれない。
「良いこと思いついた。昴、うちに来なよ!」
「え?」
思考に耽っていた頭を現実に呼び覚ますように、ひなたが大きく声を上げた。一瞬意味が分からなかったが、寮生活は危険だから自分の家に来いとそう言ったのだと数秒後理解した。
……理解はしたが、ひなたさん。本気ですか?
「それは流石に」
「だってうちなら人もいっぱいいるし、それに襲撃を掛けてこようなんて思う人もいないと思うよ」
「駄目だ」
一言できっぱりと断ったのは俺じゃなく不知火だった。急にしかめっ面になったやつの顔にひなたはビビりながら理由を問う。
「何で?」
「……藍川がお前の家で暮らすとなると、恭子が気にするだろ」
本当に気にしてるのはお前じゃないのか、とは思ったものの口には出さなかった。
ひなたはといえば不知火の言葉にそっかー、と素直に納得している。
……自覚しているのかどうかは分からないがこいつ、どう考えてもひなたのこと好きだよなあ。ひなたも不知火が好きだって自覚して暴走していたが、いつの間にか落ち着いていたようだ。
やれやれ、両想いなんだからさっさとくっつけばいいのに。
「うちにすればいい」
「不知火の家に?」
不知火がこんなことを言い出すのはちょっと意外だった。ひなたのことを抜きにしても好かれているとは思っていなかったし、ほいほい他人に同情するような人間だとも思っていなかったのだ。
「うちは何重にも魔術結界を張っているし、侵入者がいればすぐに分かる。それに客間も多いからお前一人くらいなんでもない。藍川がそれでいいなら俺は構わない」
確かにそうしてくれるのなら学園のように不特定多数の人間が行き交う場所よりも、遥かの安全性は増すだろう。けれどそれは、不知火の人間をも巻き込むことになる。
「……本当にいいのか」
「うちを敵に回そうなんてやつは中々いないからな。父さんに事情を話すことだけがネックだが……」
「おじさんなら大丈夫だよ。きっと分かってくれると思う。私も一緒にお願いするから!」
不知火は国内でもかなり影響力を持った家だ。そんな家の人間に俺の事情を知られるのは大丈夫なのか、と一瞬逡巡する。
けれどこの二人が大丈夫というのなら、会ったこともない人物のことも何故か信じられると思ってしまった。
「頼む」
この選択を決して後悔するものにしたくない。俺は改めて強くなることを決意した。
(昴)
二人が去った病室で、ずっと手の中で大人しくしていたりんが俺を呼んだ。きゅう、と俺にしか分からない言葉で話しかけてくる。
「なんだ?」
(良かったね)
「……そうだな」
本当にこれで良かったのか、今ならまだ姿を消すことが出来るのではないか。そういう考えが少しもないという訳ではない。
だが自分に甘い俺は、結局この居心地の良い場所を、俺の存在を肯定してくれるこの場所を離れたくないとそう思ってしまった。
退院時に俺を迎えに来たのは、不機嫌そうな不知火とその父親らしき人物だった。一見どこにでもいそうなただ優しそうなおじさんに見えたが、不知火の当主である以上、見た目通りだけの人物ではないだろう。
「話は大体陣とひなたから聞いたよ。昴君だったね、うちで良ければゆっくりしていくといい」
朗らかに微笑んだおじさんに俺は深くお辞儀をして、若い運転手の車に乗り込んだ。
これから訪れる新しい生活に覚悟を決めながら。
昴は第二の主人公と言って差し支えないキャラクターです。
超有名学校の特待生で、昔から何故か命を狙われていて、魔物と話せる特殊能力があって、肩にマスコットキャラがいる。
……あれ、ひなたよりも主人公みたいじゃないか?




