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日本で騎士を目指します!  作者: とど
幼少期編
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5話 早すぎる進路変更

 鳴神家は、剣の名門である。しかしだからと言って魔術が全く使えないわけではない。



「そもそも魔力というものは、多かれ少なかれ誰しもが必ず持っているのです」

「みんな?」

「ええ、魔力がなければ体を維持することもできませんので」


 そう言っていた家庭教師の話を思い出す。



 魔力が全くない人間など存在しない。そもそも魔力が無い時点で人間を構成することはできないのだと、そう言っていた。


 だからこそ私にも魔術が使えるのだと、そう確信できていたのだ。






 しかし、現実はあまりにも残酷だった。


「ひなた、お前は魔術を使うことは出来ない」


 姫様の魔術師になると宣言したその夜。1人父の書斎に呼び出された私は、ソファーに座った直後そう宣告されたのだ。

 父様は、いつにも増して厳しい顔をしている。



「出来ない……?」

「お前は生まれつき、他の人よりもずっと魔力が少ないのだ。体を維持する最低限の魔力しか持たず、魔術を使うような余分な魔力はその身に流れていない」

「……」



 最低限の魔力しかない。父様の話によると、こんな特異体質の人間は殆どいないらしい。むしろこれだけごく僅かな魔力で生まれても、すぐに死んでしまう子供が大半なのだそうだ。


 そういう意味では、私はかなり運が良いのだろう。けれど……



「魔術……使ってみたかったな」


 小学校で覚えたのだ、と兄様と姉様が小さな魔術を見せてくれたことがある。それは氷の魔術で、彼らの小さな掌に綺麗な氷の結晶が作り出された時、私は心から感動した。


 そして、私の小学校に入学したらこんなに綺麗なものを作り出せるようになるのだと楽しみにしていたのだ。

 仕方がないとは分かっていても、落胆してしまう。




「……お前は、千鶴姫に仕えたいと言ったな」

「うん」

「どうして、そう思ったのだ?」



 父様からしたら、会ったばかりの姫様に仕えたいと思うのは不思議でしょうがないだろう。私だって良く分かっていない。だけど、姫様を一目見た時から彼女だ、と思ったのだから、そうとしか言えなかった。




「……この年で既に主を決めるとは」


 私が拙い言葉で一生懸命説明すると、父様はため息を吐いてそうぽつりと呟いた。


 そうして、僅かに開けられたカーテンの隙間から、夜空を眺める。今日は満月だ。




「実はな、私も昔仕えたいと思ったお方がいたのだ」

「父様も?」

「ああ。お前と同じように初めて会った時から、その方を主としたいと思った。だが……それは叶わなかった。専属騎士として任命される直前、父と兄が事故で同時に息を引き取ったのだ」


 父様は兄が継いでいた鳴神家を急に継がなければならなくなり、念願だった専属騎士の夢は潰えてしまった。


 そしてその仕えたかったお方というのが……現国王の桜宮晴之様だという。もっとも、その時はまだ第二王子だったらしいが。



「ひなた、お前は魔術師にはなれないが、騎士としては最適な体質を持っている」

「どういうこと?」

「お前はまだ習っていないか。……少し待っていろ」



 父様はそう言うと、書斎を出て行く。主のいない部屋に一人で取り残されるというのは、中々に緊張するものだ。手持無沙汰になって普段は入ることのない書斎をぐるりと見渡す。


 まず目を引くのは中央に鎮座している大きな仕事机だ。父様は鳴神家が所有するいくつかの事業の取り纏めをしており、騎士という仕事とは随分ほど遠い。夢を諦めることになった時はさぞかし無念であっただろう。


 そして私が一番疑問に思うのはしっかりとしたガラスの扉が付けられている本棚である。いや本棚であるものの、実際に入っている物に本は一冊も存在しない。最初は何か分からなかったが、少し近づいてみるとそれがディスクであることが分かった。


 CDであるのかDVDであるのかは手に取ってみないことには判別できない。仕事で使っているデータを保存しているのだろうと予想する。

 私がそおっとタイトルを覗き込もうとした時、背後でぎい、と重厚な扉が開いて思わず飛び跳ねた。




「何をしている」

「な、な、なんでもないです」

「……私物には触るんじゃない」

「ごめんなさい」


 私が悪いことをしている自覚があったからかもしれないが、父様が三割増しで怖く見えた。最近姉様の天然に振り回されている所をたまに見かけていた為、少し気持ちが緩んでいたのだが、やっぱり父様怖い。


 大人しくソファーに戻ると、父様は私に一冊の本を広げて差し出した。どうやら魔術の基礎教本らしく、多分兄様か姉様から借りてきたのだろう。


「ここを見ろ」

「ええと……魔術の大前提として、魔力は魔力を通して伝わる?」

「そうだ。よく漢字も読めたな」


 そりゃあこれでも、元高校生ですから。とは言えなかったのでへらっと笑ってごまかした。



 しかし読めても意味はよく分からない。そう思っていると、父様が言葉を続けた。


「例えば戦闘魔術というものは、自分の魔力を相手に伝えることで初めて傷を負わせることができる。そして攻撃する人間の魔力が強ければ強いほど威力が上がるのは当然だが、受ける人間の魔力も高ければ高いほど、相手の魔術から受ける影響が強いのだ」

「……えっと、つまり、自分の魔力が高いと魔術で受けるダメージも大きくなる、ってこと?」

「ああ、反対に魔力が少ないお前は、魔術に対する影響がごく小さい」



 私のイメージする魔法使いって、魔力が高くて魔法防御も高そうな感じがするのだが。どうやらこの世界ではそうじゃないらしい。



「魔物は体の殆どが魔力で構成されている。そしてその攻撃もその魔力に頼るものが多いのだ。だから、魔力の殆どないお前は魔物に対して非常に有利に戦えるという訳だ」


 なるほど。



 ……いや、私が魔術に対して強いことは分かったのだが、そもそも一体何の話でこうなったんだっけ?



「……あの、それで」

「お前は体質的に騎士に向いている」


 そう、そういえばそういう話でした。


「千鶴姫に本気で仕える気があるなら、お前が目指すべき道は魔術師ではなく騎士だ。……まあ、騎士になれた所で、姫の護衛に選ばれるかというのは別の話だが」

「姫様の、騎士」



 姉様が言っていた。ただの騎士は多くいるが、専属騎士に選ばれる人間はその中でも本当に実力を持つ者だけだと。


 転生しただけで何のチートも持たない私が、果たしてたどり着ける所なのだろうか。




 ……いや、やってみなければ分からない。

 私はまだ、剣すら握っていないのだ。叶うか叶わないか、など考えているだけ無駄だ。


 少なくとも魔術師とは違い、絶対になれないと決められたわけではないのだから。




「……父様、私に剣を教えて」

「剣に関しては言われずとも教える。だが、騎士を目指すとなれば生半可な練習では足りない。少なくとも、黎一や黎名に課したノルマの遥か上を行くものとなる。それでもやるか?」



 私の言葉に、父様は厳しい言葉を掛けながらもどこか嬉しそうだった。


 兄様と姉様が行っている剣の特訓を頭の中に思い浮かべる。姉様は楽しそうにしつつも、汗びっしょりになってぜえぜえと息を乱し、兄様に至っては今も毎回泣きそうになっている。そして私が騎士を目指すとなると、それらとは全く比べものにならないような練習になる。想像すらつかなかった。


 だけど、私は迷うことなく頷いた。悩むのは後でいい。やるだけやって、それから考えよう。前世より元々計算は苦手なのだ。




「ひなた」

「うん」

「私の夢を託すぞ」


 父様はそう言って、微笑んで私の頭を撫でた。恐らくそれが初めてのことだった。

















 待ちに待った五歳の誕生日。

 家族からの祝福とバースデーケーキ。

 

 そしてもう一つ与えられたのは、私専用のオーダーメイドされた木刀だった。




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