44話 告白されていました。
「藤原君……」
「何だ? ひなたが落ち込んでるなんて珍しいな」
隣座るぞ、と一声掛けられて、私は少し間を開けてこくりと頷いた。
あまり人が通らない場所を選んだはずだ。藤原君こそどうしてここにいるのか、と尋ねると温室からの帰りだという。そういえば訪れたことは無かったが、温室はこの辺りだったか。彼は夢へと順調に進んでいるようだ。
「それで、どうしたっていうんだよ」
「別に……」
「陣みたいな返事だな。まあどうしても話したくないって言うなら聞かねえけどさ、ちょこっとでも話す元気があるなら言えよ。口に出すだけですっきりするもんだし」
軽い口調の中に思いやりが感じられる。周りに振り回されているイメージが強い彼だけど、本当はしっかり者なんだよね。昔からクラスでは兄貴分であったし。
言おうか言わないか少しだけ考えた後、黙っていてもぐるぐると思考に呑まれるだけだと、私は口を開いた。
「最近、ちょっと疲れちゃった」
姫様と兄様の婚約。その影響で私に取り入ろうとする人が増えたこと。そして、あの男子生徒のこと。自分でもびっくりするくらい、まるで堰を切ったかのように次々と話してしまった。
藤原君は時々相槌を打ち、私の話に頷いたり眉を顰めたりしながら最後まで真剣に聞いてくれた。
全て話を聞き終えた彼が最初に行ったことは、私の髪をぐちゃぐちゃにすることだった。
「わ、ちょっと」
「ひなた、お前なあ……ちょっと俺は今怒ってるぞ」
「え、ごめん……」
「何で怒ってるのか分かってないのに謝るな」
存分に私の髪を乱した藤原君は、腕を組んで大きく息を吐き出す。
私の話が暗くて苛々したのではないのか。……駄目だ、ネガティブ思考から抜け出せない。
沈黙した私に「しょうがない奴だな」とぼさぼさになった髪を適当に整える藤原君。
「あのな、お前本当に自分は鳴神の名前しか価値がないと思ってるのか? 普段のお前なら、そんなこと言われたら顔面に右ストレートでもお見舞いしてそうな言葉だぞ」
「流石に今はもうそんなことしないよ……」
初等部低学年の時はそんなこともあったかもしれないけど、今そんなことをやったら色々と問題になってしまう。私が騎士科であるから尚更だ。暴力に訴えることなんてしたら停学になるかもしれない。
「でも私、自分が誇れるものなんて、何にも思いつかなかったから」
「だからお前は家名しか取り柄がないって? 馬鹿なことを考えるのもいい加減にしろ。じゃあお前の周りにいるやつらは、その男みたいに皆お前の名前に釣られて寄ってきたやつらばっかりだと言いたいのか? 俺も恭子も陣も、昴もミネルバも皆」
「それは……」
「つまりお前は俺達のことをそんな風に見ていた訳だ。鳴神の名前の恩恵に縋ろうとする人間だって、そう言いたいんだろ?」
「違う!」
そんな訳ない。皆のことをそんな目で見たことなんて一度もない!
あんな男達と一緒なんて思うはずがない。
私がそう叫ぶと、藤原君は静かに頷いた。
「俺が怒った理由は分かったか。皆、お前だから友達になったんだ。能天気で無駄に体力有り余ってて、真っ直ぐな鳴神ひなたっていう人間と仲良くなりたいって思ったんだよ。鳴神っていう名前のお人形と友人になった覚えはないぞ」
藤原君の酷く真剣な言葉に、私は思わず目を見開いた。
私、皆に対してなんて酷いことを思ったのだろう。こんな私でも、好きになってくれる人達がいたのに。
「……そっか、そう……だよね。藤原君ごめんなさい」
「分かればよろしい」
落ち込んでるなんてお前らしくないぞ、とそう言って藤原君は笑みを浮かべた。さっきまですっかり気落ちしていたはずだったのに、彼の顔を見て私も釣られて笑ってしまっていた。
今まで見た中で一番かっこいい藤原君だった。
泥沼にはまっていた思考がみるみるうちに晴れていくのを感じた。そうだ、こんな風に単純なのが私なんだ。私で……いいのか。
私はなんだか可笑しくなって、くすくす笑いながら軽口を叩いた。
「告白してくれたのが藤原君だったらよかったのにー。そしたら好きになってたかも」
「俺と付き合うなんて想像も出来ない癖によく言うぜ」
確かに、想像したら爆笑しそうになった。そう言うと、軽く頭をこつんと叩かれる。
「昔の話なんだけどさー」
「うん?」
「俺、恭子のこと好きかもって思ってた時があったんだ」
「……ええ!?」
そんなこと全然知らないぞ! いつの間にそんなことがあったんだ!
思わず藤原君に詰め寄ってしまった。
「いつ?」
「初等部の三年、くらいだったかな。何となく好きかもしれないって思い始めてちょっと距離を取ってみたり、逆に話しかけてみたり、色々してみた」
「そ、それで……?」
「ああうん、勘違いだったって気が付いた」
「は?」
勘違い? 恭子ちゃんのこと、別に好きじゃなかったってこと?
「何か、思ってたのと違うんだよ。一緒にいると楽しいやつだけど、近くにいてもドキドキしたりしないし。あいつが告白されたって聞いても好奇心しか湧かなかった」
初等部の時に恭子ちゃんはもう何人かの男子に告白されていた。けれど、ぴんと来ないという理由で全てを断っていたのだ。どんな理由なんだと当時は思ったものだが、ぴんと来た瞬間を見てしまった今となっては納得がいっている。
確かにその時も、藤原君は私と同じようにわくわくしながら恭子ちゃんの話を聞いていたように思う。
「それでこの気持ちは恋愛的なものじゃないんだって気付いたんだ」
「へー」
藤原君も知らない間に葛藤していたんだなあ。私は詰め寄っていた姿勢を戻し、ベンチに座り直した。
そして、何となく流れる雲を目で追う。
「さっきは好きになるかもなんて言ったけどさ、私が誰かを好きになるなんて想像できないんだよね」
お昼休みに食堂に行けば、そこかしこで恋愛トークが繰り広げられている。誰々がかっこいい、あの人は将来有望だ、など女の子が集まって熱心に話している。
聞くのは楽しいけれど、自分のこととして考えることなど全くできなかった。
前世はどうだっただろう。女子高に通っていた私は、誰かに恋をしていただろうか。記憶が薄れてもう殆ど思い出すことなど出来ない。
「恋、してみたいなあ」
頬を染めて一生懸命昴のことを話す恭子ちゃんを見ていると思うのだ、私もそんな気持ちになってみたいと。誰かを好きになって、その人のことを一途に想いたいと。
「お子様のひなたにはまだ早いかもな」
「聞き捨てならないな」
これでも藤原君よりもずっと精神年齢は高いんだぞ。
今に見てろよ。私だって彼氏の一人や二人……。
「いや二人は駄目だろう」
「言葉の綾ですー」
藤原君と別れる頃には、落ち込んでいたことなどすっかりと頭から抜けてしまっていた。
もう少し温室を見てくると言う彼に手を振って、私は迎えの車が到着するまで演習場で素振りでもしようと歩き出した。もう下校している生徒も多く、演習場も空いているだろうと夕日を眺めながら最近見つけた近道を進んでいた。
そんな時だった。もう人気のない中庭の隅で、ある声を拾ったのは。
「好きです」
普段ならばそのまま通り過ぎてしまったかもしれないほど小さな声をはっきりと認識したのは、先ほどの会話の所為かもしれない。
思わず声の聞こえた方角に目をやる。そうして私の視界に飛び込んできた光景に思い切り目を見開いた。
「私と……付き合ってください!」
さっきの言葉よりもしっかりと聞こえたその声は、少し離れた木の下から発せられたものだった。この距離だとよく見なければ分からないが、大人しそうな女の子が真っ赤になりながら対面している男に告白している所だった。
私の位置からだと、男が背を向けているので顔を見ることは出叶わない。
だけれど、私は彼が誰なのか一瞬で理解した。遠目だろうが後姿だろうが関係ない、私が相棒を見間違えるはずなどないのだから。
「……陣」
告白されていた男は、陣だった。




