39話 合同授業
待ちに待った魔術科との合同授業がようやく始まる。
何組かで一斉にスタートしてゴールするまでのタイムを計測し、順位が決められるというシンプルなルールだ。
私と陣君の番は比較的早く訪れた。まずは最初のチェックポイントまで走るのだが、それなりに距離がある為にこの時点で既に差が出始めている。毎日走らされている騎士科と比べてやはり足の速さでは魔術科は劣ることが多く、ましてやペアの子に置いて行かれている子さえいた。チェックポイントは二人で到着しなければ課題をこなすことが出来ないのに。
我が相棒はというとやはり男子というべきか、私と同じくらいのスピードで走っている。というよりも私を追い抜かそうとしているようで、私も負けじと足を動かしてどんどんスピードが上がっていく。
結果的に何故か私達だけお互いに競走することになってしまい、第一のチェックポイントに着いた頃には他の生徒を引き離していたものの、かなり疲れてしまった。
「……俺の方が早かったからな」
「いやどう考えても私の方が早かったですよね、先生」
「どちらでもいいから課題を始めなさい」
このチェックポイントに居たのはうちのクラス担任だったのだが、呆れた様子さえ見せずに冷静にスルーされてしまった。
さて、最初の課題はなんだろうと用意されていたプリントを貰う。一行読んだ瞬間に私はその紙を陣君へと即座にパスした。
「後は頼む」
「歴史か」
陣君はプリントを見ることなくそう言い当てると、黙って傍に置かれていた机へ向かい問題を解き始める。騎士科魔術科といえどこれが最初の合同授業なのでこう言った一般問題も出題されるのだろう。
普段であれば早々に投げ出した私に文句の一つも言う所だが、自分が解かなければ先に進めないと瞬時に判断したのだと思う。私に掛かればトップから一気に最下位に転落してしまう。
五問あった問題を全て埋める頃には、他の子達も追いついてきた。さっさと先生に合格を貰い、再び走り始める。
「陣君ナイス!」
「これで歴史のありがたみが分かっただろ。しっかり勉強しろよ」
「勉強してますー、ただ覚えられないだけで。いい国作ろう鎌倉幕府、とか!」
「何の暗号だ」
この世界は話が通じない物が多すぎる。
そうして辿り着いた次のチェックポイント。先ほどとは違い全力疾走はしていないのでまだまだ体力が有り余っている。課題が提示されているホワイトボードを見ると、どうやら次の出番は私のようだ。
課題 訓練用の魔物を一体倒すこと。
使用武器:槍
訓練用の魔物というのは人工的に作られた魔物の模型のようなものである。模型といえど、実際に魔力で作られており動かすこともできる。魔物の行動パターンや習性もプログラミングされているので、授業時に魔物を倒す練習に使われている。
「槍なんて使ったことあんのか?」
「授業で何回かってくらい」
大丈夫か? と少し不安そうに聞いてくる陣君に笑顔を返す。確かに槍はあまり使ったことはないけれど、授業で何回も訓練用の魔物は倒しているので心配はない。まして、今回の魔物は狼型のものだった。あの時は怪我をしてしまったけど、数年経った今の実力を陣君に見せてやろう。
私は槍を手に取ると、一気に魔物へと距離を詰めた。攻撃などさせない、一気に終わらせてやる。
魔物は唸り声を上げるように大きく口を開いて――訓練用だけあって実際に声は出ないが――私に牙を剥いてきた。私は魔物が来るタイミングに合わせて大きく跳躍して牙を躱すと、魔物の真上から重力と味方にして思い切り槍を突き出す。
魔物も上に向かって再び口を開けたものの、槍の方が圧倒的にリーチが長い。地面に魔物の頭を串刺しにして縫い止めると、ダメージが許容量を超えたのか跡形もなく消え去った。
一撃で仕留めたため、時間にしても一分と掛かっていない。上出来だろう。
「ほら、大丈夫だったでしょ」
「……そうだな」
陣君もきっとあの時のことを思い出して私を心配していたのだろう。私だって成長しているということを分かってもらえたらいい。
それからは数学の問題であったり、二人とも腕立て伏せ三十回させられたりと比較的問題なく進んだ。余談だが腕立て伏せの時に最後に陣君が潰れてしまって中々合格がもらえなかったりということもあった。
そして最後のチェックポイントに到着する。流石に走って止まって走ってと繰り返すとかなり疲れが出てくる。陣君は涼しい顔を装っているものの息遣いは荒いし機嫌も悪くなって来ていた。
しかし最後の課題を見た瞬間、陣君の機嫌は一気に上昇した。
課題は射撃で、数メートル先に設置されている的にどこでもいいから的中させればいいというものだ。
陣君は私が何か言う前に銃を手に取った。
「俺がやる」
「……頑張って」
やたらと張り切っている。とうとう得意分野が来たのが嬉しいんだろうな。
私がやりたいと言おうが陣君がやりたくないと言おうが、この課題は彼しかこなすことができない。なぜなら、私はその銃を撃つことが出来ないのである。
そもそもこの世界で銃器が流通し始めたのは本当にごく最近のことである。銃器よりもずっと前、それこそ平安時代に魔術が発見されて発達していった為に銃器が発展する土壌がなかったのである。魔術があれば銃器を使わなくても遠方の敵や様々な範囲を指定して攻撃することが出来るので、今まで必要とされていなかった。
しかし最近になって魔力を極限に凝縮して撃つ為の魔道具として銃が生まれた。陣君が今構えているのもそれで、主に魔術師の護身用として用いられている。
先生と私が見守る中、狙いを定めた陣君が魔力を込め始めると銃口がバチバチと音を立て始めた。そして次の瞬間、銃が光ったかと思うと、離れた的に向かって一直線に光が伸びてそして直撃したのだった。
「……外した」
光が止むのを待って的を見てみると、確かに中心からは外れているもののしっかりと的に焦げた後が残っていた。
すごい、と思うのだが彼の表情は冴えない。得意分野だからこそ、完璧を目指したかったのだろう。銃は慣れていないと反動もあり狙いを定めるのが難しいと聞くので一度で当てただけですごいことなのに。
「流石は不知火だな。合格だ」
感心したような先生にも陣君は黙りこくったままだった。そして再び不機嫌に逆戻りした陣君を連れて無事にゴールすると、私達は先にスタートした人達に紛れて石段に腰掛けた。
「一緒にスタートした中では一番だったね」
「……そうだな」
いつもよりも低い声で短くそれだけ返される。しばらく機嫌が直りそうにないので少しそっとしておいて、次々とゴールしてくる人達を眺めることした。
私が一番心配しているのは勿論みーちゃん達なのだが、彼女と藤原君の順番は最後の組みだったのでのんびりと待つことにする。
ゴールした生徒が増えていく度に向けられる視線の数が増えていく。鳴神というだけで普段からある程度見られることは慣れているものの、隣に陣君がいるだけでその数は倍以上に膨れ上がっている。
マイナスな感情を向けられるのは、慣れていても何も感じない訳ではない。小さくため息を吐いたところで、佐々木君と昴がゴールした。
「おつかれー」
「ひなた、こいつすげえよ。最後の銃、一発で当てたんだぜ」
佐々木君は大振りのリアクションでどれだけ昴がすごかったのかということを話始めた。佐々木君は魔術は実技よりも魔術式などの理論的な分野の方が得意なので、今回はあまり役に立てなかった、と特に悔しそうでもなく言う。
昴は逆に実技の方が得意なので課題の内、殆どは昴が引っ張る形でクリアしたのだそうだ。
「しかもこいつ、ど真ん中に直撃させてさー。お前らにも見せてやりたかったよ」
「まぐれだよまぐれ。ビギナーズラックってやつ」
意外にも昴は自慢することもなく謙遜していた。騎士科には銃を使う授業は無いので本当に初めてだったと思うのだが、それで中心に命中させるなど運か天性の才能が無ければありえないだろう。
そして昴の話を聞いて、隣の黒いオーラが増大したのを感じた。怖くて振り向けない。
「お前らはどうだったんだ?」
そしてそんな陣君の様子に全く気が付かない魔術馬鹿は酷く軽々しく地雷を踏みつけた。
頼むから空気を読んでくれ!
「……まあまあだったよ。それより昴、みーちゃん達はまだ見なかった?」
「ん? あいつらの順番なら、もうすぐゴールするんじゃないのか」
ほら、と示された方向に目をやると遠目にみーちゃんらしき人影が見えてくる。輝かしい金色の髪は見つけるのにとても分かりやすい。
無事にゴールしたみーちゃんと少し疲れた様子の藤原君は集まっていた私達に気付くとこちらにやってきた。みーちゃんが藤原君を引き摺るように引っ張っている。
「みーちゃんおかえり。どうだった?」
「こんな遊び、朝飯前ですわ!」
余裕でしたわ、と胸を張っているみーちゃんと、その後ろで疲れた顔をしている藤原君。彼らの後に何人もの生徒がゴールしている所から見ると、確かに課題は着実にこなしたのだろう。……つまりそれ以外が大変だったということだ。
藤原君にお願いしたのは私なので、少し申し訳なくなった。
「……大丈夫?」
色々な意味を込めて藤原君にこっそりと問いかけると、しかし彼は疲れた表情とは裏腹に大丈夫、と明るく笑った。
「確かに大変だったけど、嫌なやつじゃないって分かるからな。ミネルバは手のかかる妹みたいな……」
「大吾郎! 聞き捨てならないですわね、誰があなたの妹ですって!」
あなたがどうしてもというから組んであげたのに! と耳聡く私達の会話を聞いていたみーちゃんが割り込んで来た。
そして、それに続いてみーちゃんの言葉を耳に入れた昴が不思議そうに首を傾げる。
「大吾郎って、藤原の名前?」
「あああー! ミネルバ、言うなって言っただろうが!」
「名前を言うななんて、おかしいですわ」
せっかく昴には何とか誤魔化していたのに早々とばれたものである。ちなみにみーちゃんはスタート時に点呼を取った時に知ったと後で言っていた。
「おい」
「何?」
「……あいつと仲いいのか?」
藤原君とみーちゃんの口論に昴が混じって騒がしいことになっている。佐々木君は面白がって彼らを煽っているし、私達に向いていた視線も今は彼らが全て独占していた。
そんな時、煩い周囲の声に混じって小さな声が隣から聞こえてきた。
「あいつって?」
「……真ん中に当てたとかいうやつ」
昴のことか。どれだけ根に持ってるんだ。
陣君って意外に負けず嫌いだよな、と思いながら「それなりに」と私は頷いた。しかし陣君は自分で聞いたことなのに関わらず気のない返事を口にする。
「ふーん」
「何でそんなこと聞いたの?」
話している所を見れば、普通に友人だと言うことも分かるだろうに。何故昴のことを聞いたのだろう。
そう思っていると、無視されたのかなと思うくらい長い間を開けてから陣君は再び口を開いた。
「名前」
「ん、何だって?」
「あいつだけ呼び捨てだろ」
「ああ、そう言うこと」
確かに昴だけは呼び捨てだ。陣君は君付けだし、藤原君や佐々木君は名字。みーちゃんは女の子だし小さい時の名残なので置いておくとしても、昴だけ特別仲が良いと思っても可笑しくないのかもしれない。
ちなみに藤原君の場合、単純に名前で呼ぶのを嫌がられたから名字で呼んでいるだけだ。
「ただ最初に会った時にそう呼べって言われたからだけど」
親しい人の誰もが彼を名前で呼ぶため、むしろ昴の名字が時々思い出せなくなる。それだけ昴が周囲に溶け込むのが上手いということである。
「……」
陣君が黙るのはいつものことだけど、質問しておいてリアクション無しっていうのは止めてほしい所だ。
陣君はそれから何故か騒いでいる昴のことをしばらく観察していた。その表情は全く友好的ではなく、やっぱり銃で負けたというのが悔しかったんだな、と私は少し呆れながらその様子を眺めた。




