4話 オヒメサマがあらわれた!
とんでもない事実を知った。
「ですから、我が日本王国はこのように建国して……」
「王国!?」
「はい、それが何か」
歴史の家庭教師は突然立ち上がった私に不思議そうに首を傾けた。
日本って王政だったの!?
今さらなのだが、この世界の日本には王がいた。当たり前に東京に住んでいた癖にテレビで王城が映ると「あ、テーマパークにあるやつだ」くらいの認識しかしていなかった自分がおかしかったのだ。
しかしながら、全く実感が持てない。改めてニュースで王様と名乗る人物が話しているのを見ても、純日本人顔だからだろうか、王様という単語とイコールにならないのだ。
そんな私がやっぱりこの世界は異世界であると更に実感し、そして今後の私の運命を大きく左右する出来事が起こった。
「「ただいまー」」
「お帰り兄様、姉様!」
待ちに待った双子の帰還である。たまに公園でみーちゃん達と遊ぶこともあるが、基本的に家にいることの多い私は、毎日彼らの帰りを心待ちにしている。
玄関で靴を脱いだ所を見計らって二人に抱きつく。四歳児の小さな体で二人一遍に抱きつくのは大変なのだが如何せん、こうでもしないとどちらかが拗ねるのである。全く二人とも子供で可愛い。
一通りの流れを経てリビングにたどり着くと、兄様は荷物を片づけながら私の方を振り向いた。
「そうそう、今日うちに友達が来るからね」
「友達?」
「そうよ、驚くと思うから楽しみにしててね」
驚く?
見て驚く友達とは、一体どういうことだろうか。もしかして滅茶苦茶個性的な人だったりするのかも。例えばこう……頭がアフロだとか。
そうやって阿呆なことを考えていた私は、しばらく経ちインターホンが鳴るまでどんどん想像を広げ、終いには人間ですらない宇宙人なのかもしれないという結論にまで至っていた。
兄様が玄関へ向かうのに、私はこっそり着いて行く。別に隠れる必要はないのだけれど、なんとなくだ。
「どうぞ、お上がりください」
「うむ、良い家だな!」
んん?
鈴を転がしたような声という表現があるが、まさしくそんな声がうちの玄関から聞こえてくる。廊下から少しだけ顔を覗かせてみると、そこにいたのは女の子だった。
ただの女の子ではない、私が今まで見た中でも恐らく一番可愛い女の子である。
腰まで伸びた長い黒髪、透き通るような肌、まるで日本人形のような顔立ちなのにそこには愛嬌たっぷりの笑顔がある。
女の子を認識した瞬間、まるで鈍器で思い切り殴られたような衝撃が走り、私は思わず持っていたぬいぐるみを放してしまった。
転がっていくぬいぐるみに気付いたのか、兄様とその女の子の視線はぬいぐるみを経由して私に向いた。
「おお。黎一、この子が噂の妹だな!」
「そうですよ。ひなたって言います。ひーちゃん、こっちおいで」
「う、ん」
どうしたんだろう、鼓動がとても早く感じる。体も熱い。
私は緊張しながら、恐る恐る兄様達の元へ進む。まるで握手会に並ぶアイドルのファンのようにドキドキとわくわくが入り混じっていた。
傍まで来ると、余計に破壊力がすごい。
「ほらひーちゃん、ご挨拶して」
「こ、こんにちは、鳴神ひなたです」
「こんなに小さいのにちゃんと言えてすごいな。私は桜宮千鶴だ、以後よろしく」
桜宮……はて、どこかで聞いたことがあるような。
どこだっけ、と記憶をひっくり返していると、ずっと玄関で立ち止まっていた私達に痺れを切らした姉様がリビングから顔を出した。
「もう、姫様こっちに来てくださいよ! 早く遊びましょ!」
「そうだな、ではお邪魔する」
姉様の催促の声に、女の子はパタパタと家の中に入っていく。
「兄様?」
「ひーちゃん今来たのはね、この国の王女様なんだよ」
「なんと!」
王女様、だと!?
おうじょさまおうじょさま……と頭の中で何度も反芻し、それがようやく実感という形を得る。
そういえば、テレビに映っていた王様の名字は桜宮だった。家庭教師にも、小学校の入学試験に出ますからね、と言われたのを思い出す。
余談だが、兄様姉様の通っている小学校は受験しないと入れない、かなりいいところの学校なのだ。鳴神家は当たり前のようにそこに通うことになっている。
なるほど、凄い所だとは思っていたが、まさか王女様が通われるほどの学校だったとは。
兄様に連れられてリビングへ戻ると、既に姉様と姫様が楽しそうにしゃべっていた。
こうして見ると普通にただの小学生が話している所にしか見えないんだけどなー。まあどちらも、普通という枠には収められない容姿ではあるが。
ちょうどおやつの時間だったので、母様が用意してくれたケーキを皆で食べる。四人掛けのテーブルで隣には姉様。そして正面には姫様がおり、どこを向いても華やかになっている。
「しかし二人の妹は可愛いな、私の妹にしたいくらいだ!」
「駄目です、いくら姫様の頼みでもひなは渡しません!」
ケーキに夢中だった私を置き去りにして会話が進む。姫様の言葉に、姉様が隣から私に抱きついて牽制している。姉様食べ辛い。
「ならば黎名と黎一も一緒に兄妹になってくれ。私も兄妹というものが欲しいのだ!」
「姫様は一人っ子なんですか?」
「そうだよ。今は王子もいないし、姫様が次期女王になるんだ」
「へー」
この国は女性にも王位継承権があるとのこと。だが王子が居ればそちらが優先されるようだ、と兄様が教えてくれた。
「そうだ!」
がたん、と椅子を揺らして姫様が立ち上がる。そうして両の掌を合わせて「思いついた!」と大きな声で言った。
「鳴神家は剣の名門だろう、私の騎士になってくれたら一緒にいられるな!」
「騎士?」
「騎士っていうのは、国を守る為に戦う人のことだよ」
兄様が騎士の意味が分からなかったと思ったのかそう解説した。
この世界、騎士という職業もあるのか。剣が一般的に流通している以上、軍隊はあるんだろうな、という漠然とした想像はあったものの、騎士という単語は頭になかった。
「王族には、それぞれ専属の騎士と魔術師が1人ずつ就くことになっているの。騎士や魔術師は沢山いるけれど、これに選ばれる人は本当にすごい人がなるのよ」
「専属の騎士と魔術師……」
何それすごくかっこいい。幼心に素直にそう思った。
もし私がなることが出来たら……。そう考えるだけで気分が高揚してくる。
「私がなる!」
行儀悪くフォークを天井に向けて両手を上げた。
「私、姫様にお仕えしたいの!」
「ひな?」
自分でも、どうしてそんなことを言い出したのかよく分かっていなかった。
一言で言ってしまうと、一目惚れだ。最初に姫様を見た瞬間、まるで恋に落ちたような衝撃を受けたのだ。勿論それが実際に恋ではないことは承知だが。
だけれど、この方だ、と思った。
私はきっと、姫様に一生ついて行くのだ、と直感で分かってしまったのだ。
前世で、初対面なのに「この人と結婚する」と確信したと言っていた人がいたけれど、まさしくその通りだ。
私の勢いに兄様と姉様は首を傾げていたけれど、姫様だけは喜んでくれた。
「そなたの将来を考えると実に期待できるぞ! 私の目は確かだ」
「ちょ、姫様! あんまり煽てないで下さい」
「うん、私頑張って勉強して、姫様の魔術師になるね!」
『え?』
私の言葉に、何故か時が止まったかのように三人の動きが止まった。
兄様のフォークから、ケーキの欠片が零れ落ちる。
「……魔術師?」
「騎士の間違いではないのか?」
「違うもん。私、魔術師になりたいの!」
姫様の護衛になりたいというのが一番だが、騎士か魔術師かと言われれば、やっぱり前世の記憶からか、魔術というものに非常に憧れを抱いていた。
異世界に来たのなら、魔法や魔術を使えるようになりたいのは当然だと思うのだ。
よくあるではないか、魔法のある世界に転生する話。そういう場合、大抵の人はすごい魔力を持っていたりする。私もそうかもしれない。
この世界で記憶を取り戻してから、後悔しないように生きようと決めていたのだ。前世ではなんとなく無気力に生きていて、夢なんて全く持っていなかった。
一度だけだと思っていた人生が、まさかもう一度巡ってきたのだ。今度こそ、全力で人生をまっとうしたい。
「私大きくなったら姫様の魔術師になる!」
帰宅した父様と母様に言うと、何故か彼らもびしりと固まった。