38話 パートナーを決めましょう
魔術科へ遊びに行った日から三日後。私達はもう来週に迫った騎士科と魔術科の合同授業の説明会へ行くべく、普段はあまり使わない校舎へと足を踏み入れていた。二つの学科の人間が集まる為大教室へ移動するのだ。
私が教室へと辿り着いた時には、もう沢山の生徒が集まっていた。教室内の席で右側に騎士科、左側が魔術科と分かれて座っているようだ。
「さっさと座りますわよ」
「はいはい」
ぼーっと教室内を眺めていた私にみーちゃんの声が掛かる。席順は特に指定されていなかったので、空いていた後ろの席へと腰を下ろした。右に昴、左にみーちゃんが座った。
なんとなく魔術科の席を眺めていると、一際騒がしい集団がいて目を引いた。よく見てみると元クラスメイト達であった。
中等部に入って更に騒がしさが増しているように見える彼らを見ていると、その中に陣君と藤原君を見つける。勿論彼らは騒いでいないし、陣君に至っては本に目を向けながらも酷く煩わしそうである。
その時、不意に藤原君と目が合った。彼は私を見ると陣君の肩を揺らしこちらを示す。
陣君も緩慢な動きでこちらを見たので、私は彼らに向かって手を振った。陣君は一度呆れたような表情を浮かべた後、なんと小さく手を上げた。
返してくれると思わなかったのでちょっと驚く。
「何だ、ひなたの彼氏か?」
「違う」
一連の流れを隣で見ていた昴がすっとぼけたことを言った。この男、わざわざ特待生としてこの学校に入った癖にやたらと色恋沙汰に興味津々である。まるで女子生徒のように恋愛トークになると余計に舌が回るタイプだ。成績もいいから文句も言えないが。
チャイムが鳴り担当の先生が入ってくると元クラスメイト達も即座に静かになる。そしてプリントが配られて説明が始まった。
合同授業の概要は、騎士科と魔術科でペアになって指定されたチェックポイントを回り、二人で協力して課題を遂行してゴールを目指すというシンプルな内容だ。今回は最初の合同授業なので二つの学科の交流も目的とされている。遊びのように思える課題もあれば、事前知識が必要なものもあるのだという。
その他注意事項や持ち物の確認が終わると、次は騎士科と魔術科で二人組のペアを作ることになる。まず全員が立ち上がり、決まった子は名簿に記入して席に座るのだ。
皆が皆動き回るので非常に大変である。お目当ての人の元へ向かう子や、とりあえずグループで固まっている集団など様々だ。みーちゃんは早々と人ごみの中へ消え去り、私はとりあえず人が空くのを待っていた。けれど、先ほど騒がしかった元クラスメイト達の塊に何故か騎士科の数少ない女の子達が群がっていたのを見て首を傾げた。
もっとよく見てみると、集団の中でも女の子達が囲んでいるのは一人、陣君だった。
なんで陣君?
「さっきのやつ、すごい人気だな」
「そうみたいだね。正直予想外」
昴が感心したように言葉を口にする。
離れた場所で驚いて彼らの様子を眺めていると、集団の中から一人こちらへやってきたのは藤原君だった。彼は私の元へ真っ直ぐに来ると、ぐったりした様子で「疲れた……」
と呟いた。
「流石騎士科だな、女子のパワーすごすぎるだろ。あそこから抜け出してくるだけでも大変だった」
「あれ、どうしたの?」
私が女の子達を示すと、藤原君はあれなぁ、と頭を掻く。
「いや実はさ、陣って結構モテるみたいなんだよ」
「……陣君が?」
初等部の時を思い出してもそんな様子は一切見られなかったと思うのだが。私が知らないだけなのか?
「まあ割と顔は良さそうだしな」
「っと、そっちは」
「俺は藍川昴。よろしくな!」
「藤原、だ。こちらこそ」
初対面でいきなり話に加わってきた昴にも藤原君は気を悪くした様子はない。昴が人懐っこい為か藤原君の心が広い為か、とにかくごく普通に話は進んでいった。
けど藤原君、名前を知られるのは時間の問題だと思うよ。
「陣ってさ、初等部の頃はずっと周りを睨み付けて孤立してただろ? でもそれもだんだん直ってきてるし。それに俺達はずっと一緒だったから気付かなかったけどあいつの目付き、よく考えるとかなり良くなって来てるんだよ」
「そういえば……そうかな?」
納得しようとしたが疑問が残り、語尾が怪しくなる。陣君って結構目付き悪いイメージが先行しすぎていて、変わったかと聞かれると自信がない。それこそ入学式の写真でも見なければ思い出せないだろう。
「それに中等部に入って身長も一気に伸びてきたし、ましてや不知火だろ。他の学科の女子達もたまにあいつのこと見に来るんだよ」
「へー、不知火ってあの?」
「あの」
やっぱり不知火は有名だよね。でも女子達の情報収集力はすごいものだ。自分が同じ生物か疑ってしまうくらいに。
あと関係ないのだが藤原君がちょっと羨ましげに見えるのは気のせいだろうか。
もう一度女子達を見る。陣君の表情がどんどん怖くなっていくというのに全く怯まない彼女達は強すぎる。
「で、ひなたは行かないのか?」
「あの場所から逃げてきた藤原君にそんなこと言われるとは思わなかったよ」
「それを言われると……。でもお前は陣と組むんだろ」
「そうしたいけどさ」
「なんだ、やっぱりひなたってあの囲まれてるやつのこと好きなのか」
うんうん、と何故かしたり顔で頷いている昴。
「……否定しても聞いてくれないなら、もう何でもいいよ」
昴といい佐々木君といい姉様といい、なんでそこまで私と陣君をくっつけたいと思うのだろうか。むしろそうやって言われると逆に意地でも好きになってたまるかと思ってしまう。
「ところで、のんびりしてるけど藤原君はもう決まってるの?」
「俺は別に誰でも構わないし、残ったやつと組めばいいかなって」
教師陣の回し者のようなことを言うやつだ。
「もう決まってるって言ってるだろ!」
そうこうしているうちに、とうとう陣君が切れて、女子達の輪から無理やり脱出する。むしろ今まで穏便にことを運ぼうとしていただけで感動する。昔は冗談でなく“俺に近付くと怪我するぜ”オーラまき散らしてたもんなあ。
……って、もう陣君決まってるの!?
「藤原君、陣君がもう決まってるならそう言ってよ」
せっかく待っていたのに。陣君と組めないと分かると自分でもびっくりするくらい落胆してしまった。
どうしよう、藤原君と組もうかなあ。
そう思い彼を見上げると、藤原君は非常に呆れた表情を全面に押し出していた。
「あのな、俺は直接聞いてないけど陣がそう言うんなら相手は決まって――」
「おい」
突然背後から声を掛けられてびっくりしてしまった。
振り返るとそこには心底機嫌の悪い陣君がいる。私にとってはまた怖い顔をして、と思うだけなのに、この表情も彼女達にはかっこいい! となるらしい。女の子って不思議だ。
彼は藤原君を一瞥すると「一人だけ抜け出しやがって」とぼそりと毒づき、私の腕を掴んだ。
「さっさと名簿に記入するぞ」
「ん?」
腕を引かれるがまま歩き出す。陣君は教卓の前まで来ると名簿の上に置かれていたペンを無言で私に差し出してきた。
さすがにここまで来て意味を理解しない訳がない。
「あの、いつの間に決まってたの?」
名前を記入しながらそう問いかけると、眉間の皺が余計に深くなる。
「嫌なのか?」
「いや全然。お願いしに行こうと思ってたから」
「ならいいだろ」
まあ、いいんですけどね。
陣君も名前を書き終えて一緒に藤原君達の元へ戻る。その間もずっと女の子達の視線を感じた。先ほど陣君を囲んでいた騎士科の子だけではなく、むしろ魔術科の女子の視線までも。
陣君って本当に人気なんだな。嬉しいような、寂しいような。
ペアが決まった私達は藤原君と昴が立つ傍らの席に座る。すると途端に昴が目を輝かせて陣君の机に手をついた。
「俺、ひなたの友達の藍川昴っていうんだ。よろしく!」
「……不知火、陣だ」
いきなりの自己紹介に陣君は先ほどの不機嫌さも相まって、殆ど睨むように昴を見上げた。しかしまったく怯まず笑顔を崩さない昴に折れ、十秒ほど間を置いてようやく名前を口にする。しかし差し出された手はちらりと見ただけで、握手をすることはなかった。
「昴も早く相手を探しに行きなよ」
「はいはい分かりましたよ。じゃあな藤原、お二人さん!」
そう言って昴は固まっている魔術科の生徒の元へと向かっていった。
しかしもう結構な人数が決まっているようである。立っている人は全体の半分もいないだろう。やはり初対面でいきなりペアを決めるのは難しい為、初等部で同じクラスだった子同士で組むことが多いようだ。
それなら中等部から編入してきた子はどうだろう。
私は教室中を見回して見慣れた金髪を探した。すると案の定といったところか、壁際にみーちゃんがぽつんと立ち尽くしているのが見えた。
昔はそうではなかったのに、今の彼女はプライドが高すぎる為に自分からペアをお願いすることができないのだろう。声を掛けてもらうのを待っているようだが、以前の陣君のように無意識に威圧感をたっぷりとまき散らしている所為で彼女に近付く人はいない。
ちょっと泣きそうになっているみーちゃんを見ていられなくて、私は傍にいた適任者に慌てて声を掛けた。
「藤原君、後生だから私の頼みを聞いてほしいんだけど!」
「改まってどうしたんだよ」
「みーちゃんと組んでみませんか」
「誰だよみーちゃんってのは」
「あの子」
金髪の、と壁際にいるみーちゃんを藤原君に教える。
藤原君なら誰とでもそれなりにやっていけるだろう。滅多に怒ることはないし気遣いに溢れた性格なので、みーちゃんとも大丈夫だと思う。
「留学生か?」
「イギリスから来たの。悪い子じゃないけどちょっとプライドが高くて人の輪に入るのが苦手なんだ」
「ふーん。まあ別に構わないが」
「ありがとう! あっ私がお願いしたって言わないでね。多分“余計なお世話ですわ!”って突っぱねちゃうから」
「了解了解。行って来る」
藤原君がみーちゃんの元へ向かうのをはらはらしながら見つめる。
「大丈夫かな……」
「大吾郎なら上手くやるだろ」
陣君はいつも聞いてないようで周りの話をちゃんと聞いている。例えその目が本から離れずともしっかりとどちらの内容も把握している所は本当にすごいと思う。
みーちゃんがいる場所はここから少し離れているし、周囲の声の所為もあって彼らの話す内容は聞き取れなかった。しかしみーちゃんの表情を見る限り大丈夫そうである。
みーちゃんは泣きそうだった表情を引っ込めてつんとした態度を崩さないようにしているが、指を組んでいる手は落ち着いていないし顔にでは出ていないがほっとしているようである。
あっ今絶対に「どうしてもと言うなら、組んであげないこともないですわ」って言った。
後で藤原君に答え合わせをしてみよう。
昴は要領がいいからすぐに相手なんて決まるだろと楽観視していたのだが、予想外に難航した。
特待生だからか、彼の魔術の成績が良いというのは意外に知られているらしい。私は知らなかったのだが、彼の魔術の実技はそれこそ魔術科の生徒を含めても上位レベルであるのだという。魔術科のプライドからか自分よりも魔術が優れた相手とは組みたくないようで、彼のパートナーが決まったのはかなり終盤になってからだった。
結局彼は何故か佐々木君と組んでいた。佐々木君は生粋の魔術馬鹿だし成績云々は気にもしていないのだろう。
「やっぱり女の子と組みたかったよなあ」
「全くだ。騎士科の女子もっと増えればいいのになあ」
余りもの同士とはいえ話が合っているようでなによりである。その内容については何も言わないが。
とりあえず昴、恭子ちゃんを弄んだら絶対に許さないからな。




