37話 魔術科へ行こう!
「みーちゃん、一緒にお昼ご飯食べようよ」
「い、嫌ですわ! なんであなたと一緒に食べなければならないの!」
午前中の授業が終わり、教室を出て行こうとしたみーちゃんに声を掛けたのだが見事に玉砕した。
いいじゃんいつも一人ぼっちで食べてるの知ってるんだから、なんて言えば火に油を注いでしまうので言いかけたが口を噤む。どうやら今日のお昼は一人になりそうだ。
よく一緒に食べる昴はというと、なんと恭子ちゃんにお昼に誘われていた。実を言うと私も一緒にと恭子ちゃんには言われていたのだが、流石にそこで頷くほど厚かましくはないつもりだ。「後は若い二人で」とふざけて言うと頬を膨らませていた。
昴は昴で割とまんざらでもない感じである。まあそのうちくっつくんだろうな。
さて、話す相手がいないとすぐに食べ終わってしまった。
残りの時間をどうしようかと考えたのだが、大分時間も残っているのだしここは魔術科に行ってみることにする。
陣君や藤原君とはずっと会っていないし、この機会に会いに行こう。
「だけど、やっぱり遠いなあ」
これくらいの距離普段の特訓に比べたらどうってこと無い気もするが、慣れない場所を歩くのは結構神経を使う。
そしてようやく魔術科の校舎に辿り着き、一年の教室を目指す。この間司お兄ちゃんに図書館で会った時に、最近陣君に会っていないというとクラスと教室の場所を教えてくれたのだ。
しかしながら、学科ごとで校舎の中はかなり異なっている。ちらりと覗いた教室には用途の分からない魔道具が沢山置かれていたし、生徒たちの雰囲気も騎士科とは随分違う。
そんなことを考えながら目的地にたどり着くと、私は開いていた扉から教室を見回そうとした。事前に伝えていないし、陣君達はいるだろうか。
「ひなたじゃねーか、久しぶりだな」
しかしその前に教室に入ろうとした男子生徒が私に話しかけてくる。初等部の時に同じクラスだった佐々木君だ。
「佐々木君久しぶり」
「陣ならいるぞ。呼んでやろうか」
……ちなみに、こいつは初等部一年の時に私に向かって「魔術使えないとかだせー」と馬鹿にしてきたやつである。馬鹿にするだけあって魔術は得意だったな。
それにしてもどうして陣君会いに来たと分かったのだろうか。
私がお願い、と頼むと佐々木君は、しかし教室には足を踏み入れずにその場で大声を上げた。
「おーい、陣! 嫁が来てるぞー」
はあ!? と佐々木君の発言に驚く。いきなり何を言っているんだ。
驚いたのは私だけではない。クラス中に響き渡った声にその場にいた誰もがびっくりしながらこちらを見たのだ。
一瞬何故か静まり返ってしまったクラスに、けほけほと一人の咽る声だけが取り残される。お茶を片手に苦しそうなのは陣君で、隣で彼の背中を擦っているのは藤原君だ。
ちょうど飲んでいる最中にあの発言を聞いたらしい。
……っていうかさっきの言葉、どういうことだ。
「ちょっと何、いまの」
「あ? 今のは風の魔術で空気を振動させて、小さな声でも拡声器を使ったみたいに聞こえる裏技で……」
「そんなこと聞いとらんわ!」
この魔術馬鹿め。本気で返したのかはぐらかされたのか判断がつかない。
クラス中の視線が向けられて居心地が悪い。するとようやく落ち着いたのか陣君と藤原君がこちらにやってくる。陣君が人を殺しそうな顔をしているので、きっとまだ苦しいんだろうな。
じゃーなー、とクラスに入って行った佐々木君を睨み付けながら待っていると、二人が私の前に立つ。
ん? 何かがおかしい。目線の高さが……。
「とりあえず移動するぞ」
「え、うん」
陣君はそれだけ言うと、すたすたと先導するように歩いて行ってしまう。藤原君が私を促すように声を掛ける。
「いつまでも注目されたくないだろ? 行こうぜ」
確かに、一体いつまで見ているんだとばかりの視線に、私は逃げるように陣君の後を追った。
「陣君、身長伸びたね」
中庭に着いた時、私は真っ先にそう言った。
卒業式の時は私と大して変わらなかったはずなのに、三か月経っただけで随分と成長していた。
「そうか? そんなに変わってないだろ」
「……そうだね」
陣君はなんてことないように振る舞っているつもりだろうけれど、実際には嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。私はそれ以上何も言わずに生暖かい目で同意してあげることにした。ちらりと藤原君を見ると同じ目をしていて笑いそうになった。
「それで、何の用だったんだ」
「いや時間が空いたし、二人に会いに行こうかなって思っただけだったんだけど」
「そういやあ久しぶりだよな。学科が分かれると本当に会えないし」
「魔術科と騎士科は特に遠いからな」
まったくである。だからせっかく会いに来ても話す時間はあまり残されていない。
「そういえば経営学科は騎士科の隣だろ? 恭子には会ってるのか?」
「う、うん……よく遊びに来るよ」
恭子ちゃんと会うのは嬉しいけど、昴のことがなあ。
流石にここで二人に勝手にそんな話をすることはないが、誰かに話してしまいたい。
「また皆で遊びたいって言ってたよ」
「そうだな、連絡とってみるわ」
そういえば携帯とかあったな、とぽつりと藤原君が呟く。あんまり使いこなしていないことは知っていたが、存在を忘れるほどだとは思わなかった。
「魔術科は知り合いいっぱいいて良いよね。騎士科は全然いないんだ」
「うちのクラスは魔術科希望が多かったからな。まあさっきみたいに悪乗りするやつもいるけど」
「佐々木……後で潰す」
陣君が凶悪な目付きで物騒な言葉を吐いている。先ほどは佐々木君め、と思ったものだが、一気に同情が押し寄せてきた。
佐々木君、頑張れ。
「そういえば騎士科って魔術科と合同授業あるって言ってたのに、全然ないね」
ずっと前に司お兄ちゃんからそう聞いたし、学科選択の時にもそう説明を受けたはずなのだが、三か月経っても一度もそんな授業は行われていなかった。
私がそう文句を零すと、二人はあれ、と首を傾げてしまう。
何か可笑しなことを言っただろうか。
「まだ聞いてないのか? 来週最初の合同授業があるって言われたけど」
「そうなの?」
「なんでも、二人一組になってオリエンテーリングのようなことをするらしい。詳しくはまだ聞いていないが」
「へー、面白そう」
わくわくしてきた。オリエンテーリングというのだからきっと野外授業になるだろうし楽しみだ。
まだまだ話したりないのに時間はあっという間に過ぎて行ってしまう。また来週、と手を振って私は騎士科に戻ることにした。
次の日に騎士科でも合同授業のことが発表され、クラス中が湧き立った。楽しみなのか密かにうずうずしているみーちゃんが可愛い。
「みーちゃん、楽しみだね」
「わたくしは楽しみになんかしてませんわ」
「またまたー、みーちゃん嬉しそうなのが顔に出て」
「あなたにみーちゃんと呼ばれる筋合いはありません!」
私達が話している途中で、割り込んで来た昴が調子に乗ってそう言いみーちゃんに殴り飛ばされた。
私は彼女のことをみーちゃんと言っても怒られることはない。認めないと言われたものの、なんだかんだで仲良くなってきているのだ。以前の関係とは違うけど、またみーちゃんと友達になれたようで嬉しい。
あー今度の授業、楽しみだな。




