34話 決闘!?
中等部に入って一か月ほど経過した。
ようやく新しい生活にも慣れ、クラスも落ち着いてくる頃である。
当初は“鳴神”だということで遠巻きにされていたものの、昴が気軽に話しかけてくれることもあり何とかそれなりに話せる子も出来てきた。しかしながら未だに好奇の視線を向けられたり、敵視されたりすることもあるのだ。
そんなある日、登校すると下駄箱に白い封筒が入っていた。気付かずに靴を入れそうになって少し砂が付いてしまっているそれを手に取り、私は首を傾げる。
まず封筒に目を通して、それからしっかりと糊付けされている口を開けると、そこには一枚の白い紙が入っていた。
“本日十七時、第二演習場で貴殿を待つ”
紙にはそれだけ書かれている。
ものすごい達筆だった。
私はもう一度封筒に目を通してそこにある文字を確認する。筆で書かれたであろう迫力のある字は“果たし状”とこれまた達筆である。
……騎士科に入って早々、えらいものを貰ってしまった。どこの侍からだ。
しかしこんなにかっこいい果たし状を貰ったら受けない訳にはいかないだろう。どこの誰かは分からないが、無視したら鳴神の名に傷が付くかもしれない。
それに、戦うことは嫌いではないのだ。
私は丁寧に紙を封筒にしまうと、そのまま教室に向かった。
内心放課後を楽しみにしている自分がいた。
「ひなた、何か楽しそうだな」
「え、そう!?」
「楽しいことなら俺も混ぜろよ」
授業も終わり、約束の時間まであと三十分といったところだ。教科書を鞄にしまっていると、昴が声を掛けてきた。
私は彼に今朝の出来事を話そうとしたが、止めた。会話が長引いてしまいそうだし、何より話したら着いてきそうだったので。
「これから用事があるから、明日話すね」
不満そうだが、今は昴の相手をしている暇はない。一か月この男と一緒にいたが、多少雑に扱っても問題がないことは把握している。
私は昴を振り切って第二演習場まで急ぐ。教室から演習場までは結構距離があるのだ。急がなくては。
演習場は全部で五つあり、放課後はそれぞれ予約を取ることで自由に使うことができる。
防具を付け、練習用に刃を潰してある剣を持って演習場に入ると、先方はもう到着していた。
そこに立っていたのは、予想外の人物だった。
「臆せずによく来ましたわね、鳴神ひなた!」
長い金髪をポニーテールにし、背筋を真っ直ぐ伸ばした少女。彼女は私と同じクラスの数少ない女の子だ。日頃あまり好感を持たれていないのだろうな、ということは分かっていたがまさか彼女が呼び出した張本人だったとは。
何に驚いているって、この子があの果たし状を書いたという点だ。
「えと、ブラッドレイさん、だったよね」
彼女はイギリスからの留学生、ミネルバ・ブラッドレイ。日本人でもそうそう書けそうにない達筆を披露してくれたのが、まさか彼女だとは思いもしなかったのだ。
彼女は剣を真っ直ぐにこちらに向け、「わたくしと決闘しなさい!」と宣言する。
しかし、そんなに鳴神の名が気に食わないのだろうか。
「あの、どうして決闘するの?」
「鳴神であるあなたよりもわたくしが優れていると証明する為ですわ! 我が国だけでなく、この日本にブラッドレイの名を轟かせて差し上げます!」
聞けば彼女の家は、本国ではそこそこ剣術で名の知れた家なのだそうだ。とはいえここは遠く離れた島国で、ブラッドレイという家名は殆ど知られていない。本国で有名であるということだって、今彼女から聞かなければ知らなかったのだ。
正直、彼女は私以上にクラスで浮いている。留学生ということで中々話しかけ辛いということもあるが、それ以上に彼女の少々高飛車な性格が起因しているのだろう。
「さっさと構えなさい、すぐに終わらせてあげます」
「……まあ、いいけど」
相手が誰であろうと、どのみち剣を交える為にここに来たのだ。私はブラッドレイさんと改めて向き合うと、鞘から剣を抜いた。
どんな相手でも、負ける訳にはいかない。
開始の合図は何もなかったが、お互いにじりじりと間合いを測る。すると先手を取りに来たのは向こうの方だった。
彼女は長い髪を振り、真っ直ぐに剣を振り下ろしてきた。私は後退しながら剣を受け流し、一撃を入れようとする。けれど思ったよりも隙がなかった為、彼女は構え直した剣で私の攻撃を受け止めた。そしてしばし、鍔迫り合いとなる。
兄様のような力では勝てない相手ならば早々に剣を弾くなどしているが、相手は私と同い年の女の子である。条件が同じなら、今までの苦しい特訓が私に勝つ自信を与えてくれた。
ぐぐぐ、と剣を押し込むと、分が悪いと思ったのか一度大きく剣を弾くと間合いを取るように後退した。
それから何度も打ち合いになったものの、ひょいひょい動き回る私の戦い方にだんだんとブラッドレイさんは苛ついてきたようだった。
「もっと正々堂々騎士らしく戦いなさい!」
「そんなこと言われても、これが私なりの戦い方でねっ!」
大振りになった剣を躱すと、私はすかさず勢いをつけて剣を横に振り抜いた。躱されるか躱されないか微妙な所だったが、彼女は何とか剣を受け止めようと腕を振り――。
そして彼女の剣と合わせる寸前の所で、剣が何かに引っ掛かった感覚を覚えた。
「あ……」
ぷつん、という小さな音と共に彼女の動きが止まる。思わず私も剣を止めてしまった。
彼女が剣を振った時、手首にあった紐のようなものを私の剣が掠ったのだ。
紐は剣に引っ掛かって千切れ、音もなく地面に落ちる。私は勝負も忘れてその行方を目で追った。
これは……確か。
私が拾い上げる前に、ブラッドレイさんは素早く剣を放して紐を手に隠すように拾った。
「あの、それ……」
「……なんですの、あなたもこれを馬鹿にするの!?」
彼女はぼろぼろの紐を大事そうに持ち、私を思い切り睨む。
「違うよ……それ見せてくれない?」
「お断りです! これはわたくしが大事な人に貰った大切なものなのよ。……それなのに皆して『こんな物を付けて恥ずかしい』って馬鹿にして……」
彼女は「人の大切な物を貶めるなんて最低ですわ!」と言い残し、転がった剣を掴んで素早く走り去って行ってしまった。
残された私はしばらくの間彼女が走り去った方を見続け、動くことが出来なかった。
「は……え、まさか……」
ブラッドレイさんが拾い上げたあのぼろぼろの紐……いや、ミサンガが目に焼き付いて離れない。大分色が落ちていたものの、元は黄色だったことが窺えた。
私は昔、あれと似たものを見た。いや、作った。
気のせいかもしれない。黄色いミサンガなんてそれこそいくらでもあるのだから。
だけど、私は昔の記憶に思いを馳せた。
綺麗な金色の髪、人形のような整った日本人離れした容姿。だけどもう殆ど記憶は薄れていて、はっきりとした顔を思い出すことは出来なかった。
けれどあの不格好なミサンガを見て、自分の中で確信してしまった。
彼女、ミネルバ・ブラッドレイは恐らく。
「……みーちゃん?」




