33話 騎士科へ
今日から私は中等部騎士科に通うことになる。
自室で準備をし終えると、私は一度鏡の前に立った。初等部の時は男子と女子とで制服が分かれていただけだったが、中等部に入ると学科ごとに制服が変わる。勿論校章や基本的なデザインは一緒だが、それぞれどこの学科か分かりやすくする為か、細部が色々異なっているのだ。
さらに騎士科に関して言えば、通常の制服と式典などで着用する礼服と二種類の制服がある。今日は入学式なので式典用だ。こちらは普段の制服とは違いスカートではなく、まさに騎士服、といったかっちりした物である。けれども機能性を損なわない部分は流石である。高いだけあるな。
「ひなたー、準備は出来たの?」
「はーい、今行く!」
母様に呼ばれて、私は我に返った。時計を見るといつの間にか家を出る時間になっている。新しい鞄を持って、私はわくわくしながら部屋を飛び出した。
中等部と高等部の校舎は初等部とは結構離れた場所に建てられている。初等部とは違い専門的な授業が多い為、場所の確保が必要なのだろう。
手続きを済ませるという母様達から別れて騎士科の校舎への道を歩いていると、突然後ろから「待ってくれ!」と声を掛けられた。
母様が余裕を持って早く時間を設定したため、周りにはまだ人も殆どいない。私のことだろうと見当をつけて振り返ると、そこには同い年くらいの男の子がこちらに向かってきていた。
彼は大きな荷物を抱えており、まだ気温も高くないというのに汗をかきながら走ってくる。真新しい制服を見る限り、同じ騎士科の新入生のようだ。
「どうしましたか?」
「はあ……あの、中等部の寮って、どこにあるか教えてほしいんだけど……」
「寮?」
息を切らしながらそう告げる彼に私は目を瞬かせる。寮に入る生徒は殆どいないので珍しかったのだ。
しかしながら私も中等部の敷地など入ったことがないので場所など分からない。私は教室に行くために持っていた案内図を取り出して広げる。男の子も一緒に覗き込んできた。
「えっと、今がここだから……この道を真っ直ぐ行って、二番目の建物の前を曲がればいいと思うよ」
「二番目を……」
頭に叩き込むように案内図を見る男の子を前に、私は考える。
中等部の中はかなり複雑であり図面で見るよりも実際に歩くと更に混乱してしまうことは明白だ。色々な建物がひしめき合っているので、もしまた場所が分からなくなったら困るだろう。案内図を渡してあげたい所だが、そうすると私が教室に辿り着けなくなる。
「あの、もしよかったら寮まで一緒に行こうか? そこまで行ったら案内図もあるだろうし」
寧ろ、校内に入る時に貰わなかったのだろうかと思ったのだが、後で聞いてみた所「大体の場所は聞いてたし大丈夫だと思ってた」と恥じたような表情で言われた。
「いいのか!? サンキューな!」
私の提案に男の子は驚いた素振りを見せた後、にかっと気持ちの良い笑顔を見せた。
「俺は中等部一年、騎士科の藍川昴だ。同じ騎士科みたいだし、よろしく!」
随分明るくて人懐っこい人のようだ。差し出された手を握ると、ぶんぶんと上下に大きく振られた。
寮までの道を二人で歩く。彼は教室に行く前に寮に荷物を置きに行かなくてはいけないので早く来たのだが、道を聞く人が誰もいなくて困っていたらしい。
私が名前を名乗ると、昴君は「鳴神だって!?」と驚いた後、
「今度手合せしてくれよ!」
とせがむように頼んできた。兄様から騎士科だと鳴神の名前でやっかみを買うかもしれないと忠告されていたのでちょっと怖かったのだが、藍川君はそういうタイプではないようで本当に良かった。
「藍川君は……」
「昴でいいぜ。俺もひなたって呼ぶし」
「じゃあ昴君は」
「昴」
「……昴は、中等科からこっちに来たの?」
同学年の全ての子を覚えている訳ではないが初等部では見なかった顔だし、初等部には寮がない。
私がそう尋ねると、彼は笑顔で大きく頷いた。
「俺、今までかなり田舎に住んでたんだけど前に騎士の人に助けられたことがあってさ、それで俺も騎士になろうと思って中等部に編入してきたんだ。騎士になるならこの学校が一番の近道だろ?」
「まあそうとも言えるけど……」
近道と言えなくもないが、そもそもこの学校に中等部から入るという自体が難関である。
基本的に中等部や高等部からこの学校に来る子は、初等部から入学できるほどの家柄ではない子が大半で、特待生として籍を置くことになる。よって相当優秀な人でなければ受かることはないのだ。
つまり藍川君……昴はかなりすごい人だということになる。騎士科に受かったのだから、剣の腕もかなりのものであろう。
無事に寮まで到着すると「すぐに荷物置いてくるから一緒に行こうぜ」と言われた。別に断る理由はない為玄関で待っていると、本当にすぐに昴は戻ってきた。体感時間にして一分ほどだろうか、三階まで上がって降りてきたはずなのに恐ろしい脚力である。
余談だが、家に帰って父様にその話をしてしまったがために、階段登りのトレーニングが増えてしまったのは大変な誤算だった。
二人で騎士科のクラスに辿り着く頃には、もう教室にはかなりの人数が揃っていた。騎士科のクラスは何クラスかあるが、見たことがある子はいても仲が良い子は一人もいなかった。
初等部の頃のクラスは魔術が得意な子が多かった為、魔術科に進んだ子が多いようだったし、騎士科を選んだ子も他のクラスに振り分けられたのだろう。
知り合ったばかりではあるが昴と同じクラスで少し安心した。
「やっぱり男の子ばっかりだねー」
「そうだな。女子は……名簿を見る限りうちのクラスには三人しかいないぜ」
あーあ、可愛い女の子と知り合えると思ったのに。と昴は落胆するようにため息を吐く。
……目の前に女子がいるというのに、よくもそんなことを堂々と言えるものである。
私のもの言いたげな視線に気付いた彼は、私に向かって笑いながら言葉を付け足した。
「ひなたも可愛いぜ。俺の好みじゃないけどな!」
この野郎、はっきりと言うじゃないか。
「……私だって昴はタイプじゃない」
こんなデリカシーの無い男はお断りである。
もっと一緒にいて気が楽で、更にいえば私をよく分かってくれている人が理想だ。出会ったばかりだが、昴は好きになるには疲れそうな相手である。
初等部の時は先に式が行われたが、中等部はまず教室で顔合わせが先だ。初等部と中等部などどちらの式にも出なければならない保護者の為にずらしているのかもしれない。
担任の先生がやってきて今日の日程の説明を受けた後、一人ずつ簡単な自己紹介が始まった。
一番初めは昴からだった。元気よく始まった自己紹介はいい雰囲気で次の人に回される。うちのクラスには他にも特待生がいるようで、なんと海外から留学してきた人もいた。うちの学校、やっぱり王立だけあって相当有名なようだ。
そして半分ほどの人の自己紹介が終わり、私の番になった。
「鳴神ひなたです。よろしくお願いします」
無難な挨拶だったのだが、私が名前を告げるやいなや教室中がざわめき出した。「あの鳴神の……」とか「あの子が?」などとぼそぼそと話す声が耳に入ってくる。そしてその中には決して好意的ではない言葉も聞こえてきた。
初等部の時も恭子ちゃんを筆頭にやや驚かれたものだが、こんなに酷くはなかった。
改めて家の重みを感じて、私は緊張しながら椅子に座る。ぴりぴりした雰囲気に、先が思いやられると嘆息した。
中等部編開始です。
二日に一度更新予定。




