32話 初等部最後の思い出
時間が経つのって、本当に早い。
私は既に初等部の最終学年になっていた。
六年生といえばやはり修学旅行だとは思うのだが、去年の林間学校のこともあり厳戒態勢で行われた為、あまり自由時間もなくちょっと残念な旅行だった。
まあ学園の威信に掛けてでも、二度と魔物の襲撃など起こしてはならない為仕方がないことではあるが。
それでも、楽しい所は楽しかった。旅行先は定番の京都と奈良だったのだが、鹿にエサを上げたり、旅館で布団に潜りながら恋愛トークを聞くのも面白かった。地位だとか年収だとか、最近の小学生はヘビーだな、とは感じたが。
ちなみに私に話が振られた時はもう眠っている振りをしてやり過ごした。好きな人がいないと言っても勝手に盛り上がられるだけなので、大人しくしているのが一番だ。
さて、時は流れて秋の運動会シーズンである。全国の公立小学校では当たり前のように運動会が行われているのだろうが、今年の華桜学園は一味違う。通常の運動会に加えて、五年に一度のビックイベント、国王杯が行われるのである。
中等部と高等部の騎士科と魔術科の人間が競い合うトーナメント制の大会で、その名の通り、国王様もご覧になられる歴史あるものだ。
私達が一年生の時も行われていたらしいのだが、流石に小中高全員の生徒が会場に入るのは難しい為、初等部は進路の参考にする五、六年しか観戦できなかった。
優勝者のペアは後の桜将軍になるとも言われており、出場者の気合の入りようは凄まじいものがある。
私達は観客席に座ってじっと始まるのを待っていた。
「今年は兄貴が出場するって言ってた」
「そうなの?」
「なんか、騎士科の友達に無理やり参加させられたって」
司お兄ちゃんは私達と五つ離れているので、今年高等部の二年生だ。詳しくは知らないけど魔術師としての才能も素晴らしいと聞いているので、騎士科の友達とやらもこれは組まない手はないと思ったのかもしれない。
今日行われるのは事前に予選を勝ち進んできた八組による戦いだ。どれだけ参加者がいたのかは分からないが、きっと相当な人数だっただろう。それを勝ち続けて残っているのだから、やはり司お兄ちゃんは相当優秀な人なんだと実感できる。
「ひなたちゃんのお兄さんも騎士科の人だよね、出場しないの?」
「うん兄様はまだ中等部の二年だし。それにそんなに剣が好きな訳じゃないしね」
本人も、自分は騎士には向いていないと言っていた。それこそ司お兄ちゃんのように無理やり参加させられなければこの大会には出ないだろう。
「しかし、今年中等部二年の人は一番タイミングが悪いよな」
出場者が入場してきた歓声に紛れるように藤原君がそうぽつりと呟く。
あ、司お兄ちゃんがいる。
「タイミングが悪いって?」
「だって高等部も混じっての大会だろ。中一の生徒は高三でもチャンスがあるけど、中二はこれっきり。一番不利だろうなって」
「そういえばそうだね」
五年に一度という開催のタイミングではどうしてもどこかの学年がそうなってしまう。まあ国王様を招いての大会なんてそうほいほい開催できないからかもしれない。安全面でも、そして設備の資金面でもこの大会はかなり力が入っている。各国からの見物客も訪れる為、五年に一度くらいの頻度ではないと難しいのだろう。
そんなことを話しているうちに大会が始まってしまった。
この大会では特殊な結界が張られており、その中では魔術や剣での攻撃は八割方軽減されるように作られている。出場者は頭や胸にプロテクターを付けることが義務付けられており、通常時に致命傷になるほどの攻撃をプロテクターが受けると、ブザーが鳴り失格になる仕組みだ。
ちなみにこれは桜将軍をなぞって騎士と魔術師の二人組で行われる為、コンビネーションが重視される。という訳でどちらかが失格になるとその場で終了となってしまうのだ。
一回戦では選ばれた八組といえど実力差が大きくでており、大体の戦いはすぐに決着がついてしまっている。司お兄ちゃんとそのペアである騎士の生徒も同学年の相手をあっさりと下していた。
「俺達も陣の兄貴と一緒で高二が大会の年だな。お前らは参加するのか?」
「一応、したいけど」
「鳴神と不知火のペアなんて、嫌でも注目されそうだよね」
恭子ちゃん、痛い所を突かないで。
陣君と組むのは勿論大歓迎だけど、家の名前が付いて回るのはあまり好きではない。初等部に入学してからずっと、どんなに家で頑張って剣の特訓をしていても、剣術の授業ではいつも「鳴神だからな」で終わっていたのだ。努力してるんだ! と吹聴したい訳じゃないけど、なんだがいつも釈然としなかった。
「別に言いたいやつには勝手に言わせておけばいい。そんなやつらは所詮自分の力に自信がなくて言い訳したいやつだ」
「陣君……」
どうでも良さそうに陣君が言う。そして彼は不意に思い出したかのように藤原君に目を向けた。
「俺達はともかく、お前も魔術科に行くんだろ? 参加しないのか?」
そういえば藤原君はなんと魔術科へ進学するのだった。初めて聞いた時には驚いた。確かに魔力コントロールは上手いけど、学科に進みたいほど魔術が好きだとは思ってもみなかったのだ。
恭子ちゃんは、家の手伝いをするために姉様と同じ経営学科へ進むとのことだ。
「まあしないだろうなあ。俺は軍属になりたい訳じゃないし、魔術科に進むのだって、魔術で植物を育てる研究がしたいからだし」
「魔術で、植物を?」
「高等部の園芸部では土魔術とかで成長を促したりとかな、色んな分野の研究が出来るんだよ」
なるほど、それならば藤原君が行きたくなるはずだ。
「優勝、高等部二年、黒崎、不知火ペア!」
わっと会場が一気に歓声の渦に呑まれた。
決勝戦では両者とも接戦を繰り広げたものの、最後は司お兄ちゃんの魔術が決まり勝敗は決した。
「陣君やったね!」
「……そうだな」
素っ気ない返事に嬉しくないのかな、とも思ったのだが、そんな訳がない。顔に出ていないだけだろう。試合中にこっそり見た時ははらはらと落ち着きのない様子で兄を目で追っていたのだから。
優勝した二人は檀上に立ち、国王と姫様からお言葉を受け賜っている。
普段は私にも気軽に話しかけてくれる姫様だが、こういう公式の場で見る彼女は非常に凛としており、普段より三割増しで美しく見える。まあ、普段の方が可愛らしくはあるが。
「優勝した人は桜将軍になるっていうけど、司お兄ちゃんはどうなんだろう」
彼ほどの実力ならば本当になることが出来るかもしれないが、本人はなりたいのかは分からない。
「まあ、長男だし、それこそ陣が後を継がない限りはなるのは難しいんじゃないか?」
「あっ、そうだったっけ」
藤原君の言葉に、そういえばそうだと思い出す。うちを姉様が継ぐように、誰かが不知火の家を継がなければならない。
「司お兄ちゃんが家を継ぐの?」
「……俺は何も言われたことはないし、時々父さんが兄貴と仕事関係の話をしてるからそうなんじゃないか?」
「ふーん……」
それじゃあ優勝したとしても、司お兄ちゃんは桜将軍にはならないんだな。
姫様の前に跪いているお兄ちゃんを見る。優勝したのが嬉しいのか、いつものような冷たい相貌なのに何故か喜んでいるように映った。
陣君にそう言うと「そうか?」と首を傾げられたので勘違いかもしれないが、なんとなくそんな気がした。
「ひなたが……ぐす、こんなに、大きくなって……!」
そうして迎えた初等部の卒業式。
式が終わってすぐに私を迎えたのは周りを気にせずに号泣する母様と、泣いている為手が塞がった母様の代わりにカメラを持った父様だった。
卒業式といえど、うちの学校は一貫校なので学科は分かれど皆一緒に中等部に入る。だからあまり泣いている子はおらず、余計に母様が目立っている。
兄様達の時は後から合流したので知らなかったが、ある意味幸運だった。
「母様、そんなに泣かないでよ」
「でも……あんなに小さかったのに」
「結構前からこのくらいだよ」
そんなに一気に成長していない、というか私の成長期は既に終わっているのではないかと近頃戦々恐々としている日々である。
「ひなた、卒業おめでとう」
「ありがとう父様」
ぐわし、という効果音が付きそうな勢いで頭を掴まれた。多分撫でようとしているのだと思うけど、力加減が全く出来ていない。もしかして、父様も結構我慢しているのだろうか。
大人しく頭を潰されていると、不知火親子がやってきた。
「史郎、ひなたが縮むぞ」
「……」
おじさんの声に父様は大人しく私の頭から手を放す。本当に縮んでないかな。
「陣、卒業おめでとう」
「ありがとうございます、鳴神のおじさん」
父様が今度は陣君に身長を縮めようと手を伸ばしたので、思わず私とおじさんでガードしてしまった。ちなみに今の陣君は私と同じくらいである。入学式の時は私の方が大きかったのに、時の流れを感じる。
「ひなたも卒業おめでとう。それじゃあ二人とも並んで」
おじさんは私にお礼も言わせないまま陣君と二人、花壇の前に並ばせる。そういえばおじさんも写真撮るの好きだったっけ。
なんとか復活した母様も父様から引っ手繰るようにしてカメラを構えた。しかし完全に泣き止んでいないので、上下にカメラが揺れている。多分後で再生したらぶれているだろうな。
「はい、二人とも行くよ。笑って笑って」
陣君は絶対に笑わないだろうな、と思っていると案の定いつ通りのちょっとむすっとした顔だった。思わず彼の方を向いた所を撮られてしまったので、やり直しさせられる。
こうして撮られた数々の写真は、新しく買ったアルバムをまるまる一冊使って保存された。
将来、この写真を見て懐かしむ時が来るんだろうなと思いながら、私の初等部の日々は終わりを告げた。
初等部編、終了です。




