31話 兄様とお兄ちゃんの関係
林間学校の後、病院に行き軽く検査をしてもらった後包帯を巻かれて家に帰った。
兄様と姉様には散々心配をかけてしまった。一年生の時の遠足時も病院に運ばれてしまっていたため「今度こんなことになったらひなは外出禁止だからね!」なんて本気か冗談か分からないことを言われた。
さて、それから私は休日の後ごく普通に学校に通っていると思いきや、林間学校から三日。私はベッドに寝込んでいた。
帰った当初は足の怪我以外は全く問題がなかったのだが、次の日になって突然高熱を出したのだ。傷口から細菌でも入ったのかと焦った母様が慌ててお医者様を呼んだのだが、結果は風邪だった。暖かいとは言っても夜風に当たりすぎた所為だろうか、ともかく変な病気ではなかったのでほっと胸を撫で下ろす。
しかし中々熱が下がらずに日が経ち、三日目の今日ようやく起き上がれるくらいには回復した。けれど実際にベッドから起きようとすると家族に総出で止められるので大人しくしている。
「……暇だなー」
元々家の中で大人しくしているのは苦手だ。ごろごろと寝返りを打ちながら呟いた。
携帯を没収されているのが一番痛い。メールが来たときなどは教えてくれるが、暇つぶしに遊ぼうとすると何故か感付かれてしまう。笑顔で携帯を私の手から奪う母様は、父様にも引けを取らないほど恐ろしい。
一日目は本当に熱が高くて苦しくて心配を掛けたので、安静にしてなさいと言われるのは仕方がないことなのだけれど。
大人しく目を閉じていると、眠くは無いと思っていたのにいつの間にか眠ってしまった。
「……ん?」
次に目を開けた時、最初に視界に入ってきたのは超絶美形だった。
「司、お兄ちゃん」
「起きたか」
ベッドサイドに目線だけを動かすと、不知火兄弟が揃っていた。
「お見舞いに来てくれたの?」
「陣が行きたいとごねたからな」
「そんなに言ってないだろ!」
何故か不機嫌そうな陣君がぶつぶつ文句を言いながら鞄を漁って、私のノートを突きつけた。
「休みの分のノートを届けに来ただけだ」
「ありがとう」
ここで「本当は心配してくれたくせにー」とか余計なことを言うと怒らせてしまうので無難な返答を返しておく。伊達に一年からクラスメイトやっていない。
「それで、どうなんだ体調は」
「うん大分良くなったよ。多分明日から学校に行けると思う」
「無理はするんじゃないぞ」
司お兄ちゃんがぽんぽんと頭に手を置く。弟の友達にもこんなに親切にしてくれるなんて、本当に出来た人だ。
三人で話していると、部屋の扉がノックされた。返事をして扉が開かれると、そこには兄様と姫様が立っていた。
「ひなた、ただいま。姫様がお見舞いに来てくれたよ」
「姫様!」
驚いて思わず大声を出してしまい、咳き込んでしまう。
「ひなた、大丈夫か?」
「けほ、大丈夫です」
「咳も酷いだろう。気にせず横になった方がいい」
姫様に促されて起こしていた体を倒す。大丈夫なのにな。
ちらりと陣君達を見上げると、二人とも姫様を見ながら固まっていた。そりゃあそうだよね、いきなり姫様が来るなんて思いもよらなかったと思う。
先に石化が解けた司お兄ちゃんが、姫様に頭を下げる。
「……姫様、ご無沙汰しております」
「司、元気だったか。それとそっちは、陣と言ったな」
突如名指しされた陣君はびく、と体を揺らして驚いた様子だ。
「俺を知ってるんですか?」
「黎名から聞いているぞ。ひなたととっても仲よしだと」
「はあ……」
一国の姫に対する返答ではないが、姫様は特に気にしていないようだった。
兄様はそんな陣君の頭をぐりぐりと撫でる。兄様、本当に陣君のこと気に入ってるよね。
「ひなたのお見舞いに来てくれたんだね、ありがとう」
「……いえ」
「不知火先輩、ですよね。先輩もありがとうございます」
「……」
にこにこと笑顔でお礼を言う兄様に対して、司お兄ちゃんは何故か非常に素っ気なく一瞥しただけだった。どうしたんだろう。
「それでは、俺達はこれで失礼させていただきます。陣、帰るぞ」
「え、う、うん。ひなた、明日な」
姫様が来たから遠慮したのだろうか、司お兄ちゃんはそう言うと陣君の手を掴んで立ち上がった。
もう帰っちゃうのかー。けれどせっかくわざわざ来てくれたのに我が儘を言うのは良くない。私は名残惜しげに二人を送り出す。
「今日はありがとう」
「早く治せよ」
不知火兄弟は姫様に一礼してから部屋を出ていった。……去り際に司お兄ちゃんが兄様を睨んだように見えたのだが、気のせいだろうか。
「兄様、司お兄ちゃんと何かあったの?」
「いや、殆ど話したこともないんだけど……何故か会う度にあんな感じなんだよ。僕が気付かないうちに何かしたのかもしれないけど」
「まったく、黎一の何が気に入らないのかは分からないが、司も言いたいことがあるならはっきりと言えばいいものを。黙っていては何も分からないままだ」
姫様も困ったように呟く。
兄様は基本的に人に好かれやすい性質を持っていると思う。他の人を引っ張るのは姉様の方が得意だが、人の間に立って皆をまとめるのは兄様の方が適任だ。多分、常に周りの人に目を向けているからこそ出来ることだと思う。
そんな兄様が理由もなく嫌われることなんてそうそうあるとも思えない。それに司お兄ちゃんの方こそ訳もなく人を嫌うこともなさそうである。
本当に何があったんだろう。
「ひなた、そういえばお見舞いにプリンを買ってきたんだ。私が一番おすすめのやつだ」
「わーい、姫様ありがとうございます!」
「早く元気になるんだぞ……しかしながら、今回の事件は学園、ひいては我が国の落ち度だ。ひなた、済まなかったな」
姫様に頭を下げながらそう言われて、私は大いに慌ててしまった。
「そ、そんな姫様、謝らないで下さいよ!」
「いや、謝らねばならない。万が一最悪の事態に陥っていた可能性だってあるのだ」
それは確かにそうかもしれないが、姫様に頭を下げられるとどうしていいのか分からない。
あわあわしている私に代わり、姫様の隣にいた兄様が彼女の肩に手を置く。
「姫様、ひなたが困ってるのでそろそろ顔を上げてください」
「……分かった」
顔を上げた姫様はいつもの活気に満ちた表情が消え去り、眉も下がっている。
どうにかいつもの姫様に戻ってもらいたくて、私は上半身を起こした。
大体、魔物にやられた傷はもう殆ど治ってきているのだ。姫様が気に病まないように殊更に大きく体を動かす。
「姫様、私はもう元気ですよ。だから心配しなくても大丈夫です!」
元気だけが私の取り柄ですから! と笑うと、姫様はふっと少しだけ微笑んだ。
やっぱり姫様は笑ってる時が一番綺麗だなあ。
「ひなた、気を遣わせて済まなかった。黎一、ひなたは優しい子だな」
「そりゃあ、自慢の妹ですから」
兄様が胸を張ってそう言う。少し嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになった。
その後、姫様が教えてくれたことによると、魔物が出現した周辺への調査が開始されたそうだが、結果的に魔物は一匹も見つからなかったのだそうだ。
ならば何故あの二匹だけが現れたというのか。絶対にありえないという訳ではないが、おかしいことには変わらない。それこそ私が噛まれでもしなかったら、魔物がいたという事実すら虚言だと思われたかもしれない。それほど魔物が生息していた痕跡がないのだ。
「そもそも周辺に普通の狼も生息していないみたいだ。どこか遠くで狼に擬態してからやってきたのかもしれないけど、変な話だね」
兄様も難しそうな顔をして考え込んでいる。
……もし偶然ではなく意図的に魔物が現れたのだとしたら。
私は一瞬そう考えたが、口には出さなかった。多分兄様も姫様も一度はそう考えただろう。だが実際に誰がどのような目的でそれを行ったのかも全く分からない。けれど、それが一番可能性としては高いのではないだろうと思った。
しかし今の状態では推測は出来ても答えは決して出ることはない。
私は引っ掛かりを覚えながらも、心の奥にしまうことにした。




